第19話 使い魔契約の儀②
10時を告げる鐘が鳴る。セネシア、ミルヴァス、アズキの3人は、一旦教室を出て日の差す廊下で話をしていた。
「あの子、魔法を使ったことは本当になかったのですよね? 」
セネシアの問いに頷いたミルヴァスは、腕組みをして言う。
「ええ。それは医療部の方で確認済です。」
アズキは、アルデアから預かった糸玉を手の上でつつき回す。
「あー……魔力測定で暴発してから1日も経たず、ここまで力を制御できているのは異常ですよ……。」
「本当に、面食らったな……。」
その動きに目を落とし、ミルヴァスはため息をついた。
「あの子の対応については都度話し合おうと言いましたが……こうも立て続けに色々起こるとは思いませんでした。」
ペンの頭を唇に押し当てたセネシアが、悩まし気に目を閉じる。
「指導計画を変更した方がいいでしょうか……。」
「……いえ、あの子の生活に支障がないうちはこのままでいきましょう。各部署には報告書を出すに留めておくとして。」
「承知しました。では、報告書が作成でき次第……。」
ミルヴァスの言葉を、アズキが食い気味に遮る。
「それは私がやります。あなたはあの子の指導と観察に集中してください。」
「しかし、彼女の担当教官である私がやるべきではないか? 」
「いいえ。ここは師長殿にお任せしましょう。いえ、しなさい。」
セネシアの突っぱねるような口調にミルヴァスは少し戸惑ったような表情を浮かべるが、2人の真剣な目つきに「……分かりました」と静かに言った。
「取り急ぎ、魔力行使の危険性についてはしっかり指導しておく必要があるかと。」
そう言ったアズキは、手のひらの上で転がしていた糸玉をミルヴァスの胸に押し付ける。
セネシアが頷く。
「そうですね。そこに関してだけは私も同意見です。」
ーーー
大人たちが出て行って静かになった教室で、アルデアは所在なく下を向いていた。
「……ごめんねルキオラ。糸があんなに動くと思わなくて……。」
彼女は、ルキオラの額のガーゼに目をやる。
アルデアが魔法紋から引き出した縄は、蛇のように蠢いてルキオラの足に絡みついていた。
それを見た彼は驚いて逃げ出そうとしたが、縄が思った以上に強く絡みついていたらしく、バランスを崩してしまったのだ。
「死ぬかと思ったっつの。」
「本当にごめん! 」
受け身をとる間もなかった。彼は机の角に額をしたたかにぶつけてしまい、傷口から血がにじんでいた。
ルキオラの悲鳴を聞きつけて駆け込んできたアズキに即叱り飛ばされたアルデアは、半泣きでただひたすら謝るしかできなかった。
「アルデア、少し来てくれ。」
不意に、扉が開く。顔を出したのはミルヴァス一人だけだ。彼に呼ばれたアルデアは、弾かれたように立ち上がる。
「少し外す。ルキオラは今度の任務同行の予習をしておくように。」
ミルヴァスの言葉に、ルキオラは「うす……。」と言って机の上にノートを広げた。
「あの、アズキさんとセネシアさんは……? 」
「所用があって戻った。君にはこれから使い魔を選んでもらう。」
突拍子もない言葉に、喉がグッと詰まる。
「つ、使い魔!? 私にももらえるんですか!? 」
「新入生は皆使い魔と契約することになっているんだ。本来であればもう少し先の予定だが、君の魔力量は他の子供たちよりも多いようでな。先に契約をして魔力を分散させるのがいいだろうという結論に至った。」
「……つまり、どういうことですか? 」
「君の多すぎる魔力を使い魔に分け与えて、ちょうどよい加減に整えようということだ。」
ミルヴァスはアルデアを教室の隣にある空き部屋に案内した。中には、布のかかった3つのケージが置いてある。
「現在、使い魔として契約可能なのはこの3匹だ。」
彼が布を外した瞬間、アルデアの表情が凍り付いた。
「あの……ミルヴァス教官……? 」
「どうかしたのか? 」
「この子達は……? 」
恐る恐るケージを指さす。
「トカゲモドキ、ヌートリア、蛇だが……。」
「いや……そういうことじゃなくて……。」
――本当に、この人はどうしてこう……。
「あの、え? 使い魔って、こういう感じ……なんですか? 」
「何か問題か? 」
「初等部の子達が連れてたのと違うなって……。」
魔法学校に入学した初日。初等部のフロアを案内されたアルデアが見たのは、可愛らしい猫や小鳥、角の生えたウサギといったメルヘンチックな動物を傍らに従えた子供たちの姿であった。
こんな爬虫類や、ボサボサの針金のような毛並みのヌートリアなど、連れている子はいなかった。
「使い魔の支給は入学順に行われることになっている。懐きやすく躾の入りやすい人気種はすぐ選び取られてしまうんだ。」
言いながらケージをつつくミルヴァスに、ヌートリアが威嚇のうなりを上げる。
「君は初等部の中でも遅い入学だったからな。もう少し待てば新しい動物が補充される予定だが、今はこの3匹しか残っていない。」
「はぁ……そう、ですか……。」
「それで、どの動物にするんだ? 」
「え、えぇ……。」
正直、どれも選びたくはない。3つのケージを前にしたアルデアのこめかみに、冷や汗が伝う。
(トカゲもヘビも怖いよ……ヌートリアならいけるかな。動物っぽいし……。)
恐らくからかっているのだろう。ケージの隙間から指を出し入れするミルヴァスをヌートリアが鋭い目で睨んでいて、決して穏やかな性格ではないのが嫌でも分かってしまう。
「ちなみに、ヌートリアはあらゆるものを齧る癖があるので、壊されたくないものがあるならやめておいた方がいい。」
アルデアの脳裏に、機織り機をかじるヌートリアのイメージが浮かび上がった。
「だ、だめです! 」
(トカゲか蛇……どうしよう……どっちも嫌だ……。)
「……もしかして、その子たちも毒があったり? 」
「どちらも毒はない。しかし、蛇は体長が2mほどに成長する。」
「に、2m!? 大きいですね……。」
「大きいが、蛇は体を自分で小さくまとめられるのでそこまで邪魔にはならないだろう。契約したての時にうまく制御ができず飲まれかけた者がいたが、この個体は大人しいので……。」
「む、無理無理無理! 」
ミルヴァスの話を遮って首を振る。
「トカゲモドキは……どうなんですか……? 」
「トカゲモドキは成体でも50cmほどだが、主の魔力次第では更に大きくなることもある。性格は大人しいが人に対して中々心を開かない。つまり、内気だ。」
「内気……? 」
アルデアの不安に答えるように、ミルヴァスはゆっくりと頷いてみせる。
「内気。」
しん、と沈黙が下りる。
「えっと……それだけですか……? 」
「それだけだ。」
ヌートリアや蛇に比べて少ない情報量に、アルデアは拍子抜けしてしまう。
(壊されたり食べられたりするよりは……いいのかな……? )
アルデアはちらりとトカゲモドキを見る。薄く桃色がかった白い体に、透き通った灰色の目、ふくふくとした立派な尻尾のトカゲモドキは、ケージの中からアルデアをじっと見つめている……気がする。
ケージの床についた5本指の前足が、心なしか赤ん坊の手のように……見えないこともない。
(よく見ると……可愛い……かも……? )
「決められそうか? 」
ミルヴァスは悩むアルデアに声をかける。キュッと唇を噛んだアルデアは、意を決してトカゲモドキのケージを指さした。
「……この子にします。トカゲモドキ。」
彼女の様子を見たミルヴァスは、眉間にしわを寄せて言う。
「……内気だぞ。」
「大丈夫です! この子で! 」
彼にとって内気というのはそんなに重大なことなのか――アルデアは一旦考えるのをやめた。
「分かった。では、まず名前を決めてくれ。」
「名前? ええと……。どうしよう……。」
急に言われてもしっくりくる名前が思い浮かばない。
「ゆっくり考えて構わない。使い魔に名を与えるということは、命を与えることと同義だからな。」
『命』という言葉がアルデアに重くのしかかる。
(私が……この子に命を……? )
アルデアはしばし逡巡した後、一つ言葉を呟いた。
「……ピコット。」
思い浮かんだのは、ルーナがタティングレースで結ったドイリーだ。細く白い糸で結われた、幾重にも連なる雫型のリング。そのふちに規則的に波打つ、繊細で美しい装飾――。
トカゲモドキの薄桃色の肌に散った小さな白い斑点は、いつか見たその装飾を連想させた。
「その名前でいいか? 」
「はい、ピコットにします。」
「分かった。では、使い魔契約のやり方について説明しよう――。」
ミルヴァスは淡々と儀式の内容を説明した。
「ここまで、いいか? 」
「は、はい。がんばって、みます! 」
「では、手順通りやってみるように。」
トカゲモドキのケージにそっと手を差し伸べたアルデアは、意を決してスピンドラの名を呼んだ。
手のひらの上に、緑色に輝く魔法紋が展開される。
「……主たるアルデア・ヘロディアスが、汝に『ピコット』の名を与える。」
アルデアの言葉が終わると同時に、魔法紋の中心から糸が出現した。糸は光の粉をまき散らしながらトカゲモドキの胴とアルデアの手首をつなぐように、蝶結びのかたちをとる。
「主に従い、その命を捧げよ。」
トカゲモドキの瞳が、アルデアと同じエメラルドの輝きを帯びた。
両者を結びつけた糸が光となって弾け、トカゲモドキの背、アルデアの手首にそれぞれ同じ魔法紋が浮かび上がる。
光が消えるのを見届けたミルヴァスが、静かに口を開いた。
「契約成立だ。今日からピコットは君の使い魔だ。おめでとう。」
ケージの扉が開かれ、緑色の瞳のピコットがアルデアに向かってぺろりと舌を出した。
「よろしくね。ピコット。」
恐る恐る触れたその体は少しだけひんやりとしていた。




