第18話 ファイリスの導き
昼下がりの会議室。大きなテーブルを、5人の人影が囲んでいた。
「緊急会議ち言うから授業切り上げて来たけど、何があったん? 」
訛りの強い口調で問うたのは金髪の女。髪をサイドで一つに結び、ずり下がったメガネを上げた彼女は、テーブルを囲む面々をぐるりと見回す。
「ほら、例のあの子がさ……。」
答えるのはラルスだ。いつもゆるく整えてある髪が、何故だか少しボサついている。
「何ね、暴走でも起こした? 」
女はタルシアから取り出したキューブ状の栄養食を口に放り込み、水筒を傾ける。
「もはやそのレベルではありません。暴発ですよ、暴発。」
自らの爪を見ながら、アズキがボソリと言う。
「暴発ぅ? どういうことなん? 」
「これからミルヴァス教官から説明があるはずですよ。」
答えたのはフロースだ。どこか緊張した様子の彼女は、白衣の袖のボタンを爪の先でカチカチと弾く。
「ちらっと聞いたけど、大変だったみたいだね。」
ミリカが、膝の上で寝息を立てるゼラチンを撫でながら言った。
ノックの音がして、一同が姿勢を正す。扉から入ってきたのは、木箱を抱えたミルヴァス、そして、セネシアだ。
「私たちが最後でしたか。」
席に着いたセネシアはテーブルの上に手帳を広げる。
「急遽の会議となってしまって恐縮だ。授業、中断させて悪かったな。ルスキニア教官。」
ミルヴァスがテーブルに木箱を置くと、ガチャリと無機質な音が響く。
「いーえ。実際に指導する人が直接話聞いといた方がよかやろうって、教育部長がヘルプ入ってくれたでね。」
場にそぐわないほど、飄々とした口調である。
「それより、入学早々やらかしたみたいやない。」
ニヤリと笑った金髪の女――ルスキニアは、体の前に流した髪を指に巻き付けた。
「……そうだな。詳しい経緯については資料を参照していただきたい。」
そう言ってミルヴァスは、持参した資料を配布し始めた。しかし、その内容を見た面々は一様に顔をしかめ、会議室に微妙な空気が満ちる。
(読めない……。)
(相変わらずひっでえ字。)
(これはいかんわ……。)
(……もう少し、どうにかならないもンかねぇ。)
(これも、らしさ……と言っていいのでしょうか……。)
「魔力生成物の暴発、それに伴う魔力管の破壊ですか……。」
そんな中、資料の内容をすらすらと読み上げるフロースを、ラルスが信じられない目で見つめる。
「あー……詳しい状況を知りたいので、念のため口頭での説明をお願いしても? 念のため、ね……。」
何か言いたげな顔をしたアズキが、珍しく語尾を濁した。
「承知した。」
それぞれの思惑など、ミルヴァスは当然知る由もない。彼は、アルデアの魔力測定で起こった爆発のことや、先ほど病室であった緑色の糸が彼女の体に巻き付いていたことについて淡々と説明した。
そして、傍らに置いていた木箱の蓋を開けると、中身を面々に見せる。
「破損した魔力管と、彼女が生成したと思われる糸です。」
箱の中には緑色の糸の残骸と、厚手の袋にまとめた魔力管の破片が納められていた。
「これは、『魔糸』……ですね。」
眉をひそめるセネシアに、彼は一つ頷く。
「ええ。彼女がスピンドラの名を詠唱すると同時に爆発が起き、この糸が教室中を埋め尽くしたのです。」
「本来であれば結晶化すべき感知水が結晶化せず、緑色に光っていたとありますが、これはどういう状態を表しているんですか? 」
資料を読んでいたフロースが口を開く。セネシアは手帳に書きこむ手を止め、ペンを教鞭のように掲げて言葉を続けた。
「触れたものの魔力量が大きすぎる場合にそうなると考えられていますね。もっとも、私も同様のケースは過去に一度しか見たことがないので、確かなことは言えませんが……。」
その言葉に何か言おうとしたミルヴァスを、アズキが遮る。
「状況は理解しました。あなたのその負傷は、魔力管の破裂に巻き込まれてのもの、と考えていいということですね? 」
その言葉に、ミルヴァスは右手を隠すように後ろへ引いた。
「これは……別にいい。大した傷じゃない。」
「縫合が必要な傷が大したことないとおっしゃる? 数センチずれていたら動脈が切れていたのですよ。」
苛立ちを隠そうともしないアズキを「おやめなさいな師長殿。」と制したセネシアは、ひとつ咳払いをした。
「負傷の件はおいおい対応するとして、まずは今後、彼女をどう教育していくかというところを考えなければなりません。」
セネシアの言葉に、アズキは腕組みをして息をつく。
「……ひとまず、再度同じようなことが起こらないよう、魔力の使用については慎重に指導していきたいと思います。」
資料をテーブルに置いたミルヴァスは、静かにそう告げた。手癖なのだろうか、資料の端の方がよれて丸まっている。
「魔力測定は? 」
「それも様子を見ながら……ですね。」
「分かりました。ちなみに、その暴発による彼女の体への影響は? 」
セネシアはラルスに視線を向ける。
「いや、それが……検査しても至って健康なんですよね……。普通の子供がこのレベルの暴発を起こしたら、魔力が枯渇して寝込んでもおかしくないんですけど……。」
頭をかきながらそう言うラルスに、アズキが続く。
「枯渇どころかピンピンしていましたね。一応教室まで付き添いましたが、ふらつきもなくジャンプまでして見せてくれました。」
次に口を開いたのはミリカだ。
「ご飯もしっかり完食してました。普通来たばっかりの子は半分以上残しちゃうんですけどね。」
「タハッ、よかやない。将来有望じゃ。」
水筒を傾けながらルスキニアが笑う。
「まあしかし、今が大丈夫でも今後不調が出ないとは限りません。医療部の方でも継続して観察していただけたらと思います。」
「ちなみになんですけど……。」
ミリカが、おずおずと手を上げる。
「さっき食堂でその時の話をしてたけど、あの子、自分が何したかあんまり分かってないみたいでした。」
彼女の脳裏によぎるのは、食堂でのアルデアの様子だ。
「それってつまり、力の大きさを自覚してないってこと。」
ルキオラから暴発について指摘された時、彼女はただぽかんとするばかりだった。自分事としての実感がまるでないように、ミリカには見えたのだ。
「ご飯で魔力回復! 一件落着! って、今ならそれでいいけど、それじゃ治まらなくなる時がきっと来ると思うんです。現に今、『そう』なりかけた。」
ミリカは下を向いたまま、ミルヴァスの右手に視線を送る。
「これから、もし、本当に『そう』なってしまった時、私たちはどうしてあげるべきなんでしょうか……? 」
沈黙が降りる。
「……考えたくないことだね。」
沈黙を破ったのは、ラルスだった。
「しかし、考えねばならないことです。」
続くのは、アズキ。
「そうですね……。」
黙って話を聞いていたフロースが、口を開く。
「そんなん、そけ時になってみんと分からんじゃろ。」
「……だな。今はなんとも……。」
ミルヴァスとルスキニアが顔を見合わせる。
「『そう』させないための、この会議でしょう? 」
重苦しい空気を払うように、セネシアが笑みを浮かべて言った。
「都度、話し合おうではありませんか。今回のことが始まりでないとも、限らないのですから――。」
会議は続く。
ーーー
翌日。一つあくびをしたアルデアは、教室の扉をがらりと開けた。
「おはよう。」
教室には既にルキオラが来ていて、机に突っ伏していた。
「ねえ、おはよう。」
昨日に引き続き、彼はアルデアを無視するつもりらしい。むっとしたアルデアはルキオラの耳元に口を寄せ――
「おはよう!! 早いね!! 」
「うわぁ! うるせぇ! 」
驚いて顔を上げる彼に、ぷっと笑いが漏れた。もう一方の机に座っていた人形がカタ、とルキオラを指さす。その仕草がなんだか笑っているように見えて、それも少し、面白かった。
「無視するからだよ! 」
「腹立つ奴だな! 」
「それより聞いて! 昨日帰ってからね……」
言いかけた言葉は扉の音で遮られる。アルデアが振り向くと、そこにはテキストを抱えたミルヴァスがいた。「おはようございます!」と声をかけるアルデアに、彼は右手を上げる。
「おはよう。体の調子はどうだ? 」
「いつも通り元気です! 」
「それは何より。」
ミルヴァスの黒い手袋に、自然と目が留まる。いつも着けている手袋の、その手首部分に少し厚みが増しているように見えたのだ。
首をかしげる彼女の視線に気づいたミルヴァスは、さりげなく右手を後ろへ引いた。
「授業を始めるので、席につくように。」
そして教卓に立つと、テキストを開く。
「昨日アルデアが入学したばかりなので、今日は魔法史についての復習を行う。2人も分からないところがあれば質問するように。」
(2人……?)
ミルヴァスの言葉に違和感を覚えたアルデアは教室を見渡す。しかし、昨日と変わらず室内には自分とルキオラの2人しかいない。
(まさかこのお人形……なわけないよね。)
人形は無表情のまま、教卓の方を見つめている。
「まず、ウィザードにとって必要不可欠なジェム、魔法についてだ。」
ミルヴァスはテキストを片手に話を進める。
「アルデアは光の魔法使いオルロについての話は知っているか? 」
「はい。絵本で読んだことあります。シプレっていう悪い魔法使いを封印して、国の平和を守ったんですよね? 」
「概ねそうだ。詳しい話はルキオラ、説明してみてくれ。」
思いがけず当てられてしまったルキオラが「何でオレが……! 」と不満を漏らす。ミルヴァスは表情を変えずに続けた。
「知識というのは、持っているだけでは意味がない。他人のレベルに合わせて説明出来るようになって初めて自分のものとなる。」
「でもオレ……歴史は苦手で……。」
「分かる範囲で構わない。復習と思って、やってみろ。」
「……分かりましたよ……。」
観念したように立ち上がったルキオラは、つっかえつっかえ、言葉を紡ぎ出した。
「約200年前……1730年ごろっすね。
光の魔法使いオルロは、色んな生産魔法を使って、国中の人から尊敬されてました。
逆に、オルロの双子の妹で闇の魔法使いのシプレは、呪いとか……死に関係する魔法ばっか使って、怖がられてました。
ある時、オルロばっかり尊敬されることに怒ったシプレは、闇の魔力を暴走させて国を滅ぼそうとしました。
オルロはシプレを封印することでそれを止めたんすけど、シプレは封印される寸前に自分の闇の魔力を『種』に変えて国中にばら撒きました。
それが今『厄災の種』って呼ばれてて、怪異が生まれる原因になってるっす……。
オルロはシプレを封印した後に怪異と闘って人々を守ったんすけど……闇の魔力の破片がオルロにも入ったことで、魔法を使う度に体が弱っていって、ちょっとずつ闘えなくなりました。
この闇の魔力の破片っていうのが、今でいう魔力代償の原因で……。
魔法を使いすぎたウィザードは、オルロみたいに体が弱っていくことが多い。ってのは確かそういうことっすよね……。
最終的にオルロは、自分の光の魔法を一つずつ宝石に変えて国中の子供たちのとこに飛ばしました。
それが『ジェム』で、ジェムの祝福を受けた子供は魔法が使えるようになって、それが「共鳴者」、つまり、ウィザードの始まり……ってので合ってますか? 」
「よく勉強しているな。及第点だ。」
ミルヴァスに褒められたルキオラは、ホッとしたように息をついた。
「ここまでで分からない点はあったか? 」
「すごく分かりやすかったです! 」
アルデアに続いて人形がカタ、カタと手を叩くような仕草をする。
「だそうだ。良かったな。」
「うす……。」
2人から褒められたルキオラは、困ったような表情で頭をかき、着席した。
「ルキオラの説明を踏まえて補足させてもらう。」
ミルヴァスはテキストを閉じると、教卓に両手を置いて話し始めた。
「オルロがその光の魔法を封じた宝石、『ジェム』についてだ。ジェムにはそれぞれ名前があり、共鳴した者はそのジェムが持つ固有魔法が使えるようになる。例えば――」
左手の手袋が外される。彼は、アルデアの右手に手をかざして「ファイリス」と低く囁いた。
その伏し気味の瞳が夜空のように輝くと、アルデアの手首に群青の文様が浮かび上がる。そして、文様から紫金の水のようなものが湧き出て、アルデアの手首を包みこんだ。
「わぁ……。」
言葉が出てこなかった。ひんやりとした紫金の水はゆっくりと形を変え、その手首に寄り添っていく。
「私のジェムは『ファイリス』。このように石を生成したり、任意の形に変えたりすることが出来る。」
ミルヴァスの瞳から光が消えると、アルデアの手首には、彼の瞳と同じ色をしたバングルがキラリと光っていた。
「これは防護魔法を練り込んだ腕輪だ。ルクスの生徒には皆渡している。有事の時、役に立つだろう。」
「ありがとうございます! 」
そのつるりとした表面を撫でるアルデアに頷くと、ミルヴァスは話を続ける。
「共鳴というのは、ジェムがその者の体内に入り込んで、体を魔力行使に耐えうるように作り変えることだ。大方、オルロが魔法に目覚めたとされる9歳前後の子供が選ばれることが多い。」
アルデアが手を上げる。
「選ばれるって、誰が選んでいるんですか? 」
「いい質問だ。共鳴者を選んでいるのは、ジェム自身だ。」
「ジェム自身……? 」
また、あの少女の姿が思い浮かぶ。
「君はここに来た時、緑色の髪をした少女の話をしていただろう? それは、ジェム『スピンドラ』に宿る意思だ。」
ミルヴァスは淡々と説明する。
「それらはなぜか皆、少女の姿をしていてな。魔法機関では便宜上『精霊』と呼んでいるが、その正体はジェムの魔力が人格を持った存在……と考えられている。」
彼がそこまで言った時、授業終了の鐘が鳴った。
「少し長くなってしまったな。魔法史の授業はこれで終わりだ。次の用意をしておくように。」
テキストを抱えたミルヴァスが教室を出て行くと、アルデアは大きく背伸びをする。
「魔法史って難しいね……! 頭がこんがらがりそうだよ! ルキオラはあんなにスラスラ説明できてすごいね、あとでまた教えてよ。」
「う、うるせえな。話しかけんなっつってんだろ。」
ルキオラは苛立たしげに頭をかいて、ぷいと窓の方を向いてしまった。
「もう、またそんなこと言って……。」
「そういや、何だったんだよ。さっきの話。」
「え? 」
「昨日帰ってからって話だよ。何か言いかけただろ……。」
「ああ! そうだった! 」
昨日のことを思い出したアルデアは、顔をパッと輝かせる。
「あのね、昨日寄宿舎に帰ってから色々試してみたの! そしたらね、ほら、見て! 」
「なんだよ……。」
アルデアの勢いに押されたルキオラがちらりとこちらを振り返る。
「面白いんだよ! 」
アルデアは両手を前に掲げると、「スピンドラ」と言って自らの体ほどある巨大な魔方陣を展開する。ぼんやりと緑色の光を放つその魔方陣の中心に手を突っ込んだ彼女は、そこから手首ほどもありそうな太い糸――というより、もはや縄である――をずるりと引き出してみせた。
「え……。」
ルキオラの顔が引きつる。
「これね、すごいの! どんどん出てくるんだ! 」
アルデアは魔方陣からずるずると縄を引き出す。縄は床の上でうねうねと蠢き、まるで蛇のようにルキオラの足に絡みついていた。
「ね、すごいでしょ! まだまだ出るよ! 」
ルキオラの悲鳴が響き渡った。




