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Lumina Linea~エメラルドの糸使い~  作者: 彩︎華じゅん
第2.5章 差し出して、ガーベラ
18/24

第17話 糸巻きの少女


「全く、魔力測定で怪我人が出るなんて……。」



 アズキの不機嫌そうな声で目が覚めた。



(怪我人……? )

 


 カーテンに囲まれたベッドの上で、アルデアはそっと身を起こした。ブラウスの襟元がゆるめられていて、タイとジャケットがサイドボードの上に畳んで置かれている。



(何が……起きたんだろ……。)



 ぼんやりする頭で考える。


 肌の上に何かが這っているような、かすかな痒みに似た感覚を覚えて、体をさすった。


 ミルヴァスに言われて魔力管に触れ、スピンドラの名を呼んだ。


 そうしたら、何かが爆発するような音がして――



「起きましたか? 」



 カーテンが開いてアズキが顔を出す。そちらに顔を向けると、また何かが肌にチリチリと動く感触があった。



「アズキさん……。私、どうして……。」



 二の腕をさする。顔に何かが触れている気がして、思わず手で払う。糸くずか、髪の毛か――それにしては妙に絡みつくような感触だった。


 それを払おうと手を動かすアルデアを見たアズキは何も言わず走り去り、次いで顔を出したミルヴァスが眉をひそめる。



「……おかしい。」


「どうしたん? 急変? 」



 そこに現れたのは、アズキに引っ張られるように連れてこられたラルスであった。


 アルデアの姿を見たラルスは驚いたように息を飲み、「マジか……」と言葉を失った。



「あの……何が、あったんですか? 」


「君、自分の状態に気付いていないのか? 」



 ミルヴァスが静かに言う。


 アルデアは初めて自分の体を見た。白いブラウスに、淡い色のアンダースカート。その上に、おびただしい糸が絡まり合っていた。

 


ーーー



「何とか取りきれましたね……。」



 ナイフを鞘に納めたアズキが息をつく。ベッドサイドに置かれた大きな袋の中に詰め込まれているのは、アルデアに絡みついていた糸の残骸だ。



「ありがとうございます……。」



 服を整えたアルデアは、さっきまで体に巻き付いていた糸を手に取って観察する。その糸は中太のレース糸のような太さで、ほんのりと緑色の光を放っていた。コットンやウールのようなざらつきはなく、シルクに近いなめらかな触り心地だ。


 アズキは最初、医療用のハサミでこの糸を切ろうとしていた。しかし糸はかなり頑丈と見えて、どんなに力を入れても、刃をのこぎりのように動かしても、切れることはなかった。


 最終的にミルヴァスがタルシアから取り出したナイフを使ったところ、糸はやけにあっさりと切れた。それまでの四苦八苦がまるで嘘のように。



「このナイフ、魔力生成のものですか? 」



 アズキはミルヴァスの瞳と同じ紫金をしたナイフを見て問う。

 


「ああ。この糸は普通の刃物では切れないはずだからな。」


「知っているなら最初から出してください! 」



 不機嫌そうな声が更に不機嫌になった。しかしミルヴァスは全く気にする様子はなく、「すまん。」とだけ言って話を終わらせた。アズキの方から微かな舌打ちの音が聞こえたような気がしたが、気のせいだったかもしれない。

 


(この人、いつも怒られてるなぁ……。)



「君、体調はどうだ? もし歩けるようなら先に教室に戻っているように。」


「は、はい。分かりました。」

 

「待ちなさい。歩くどころか立つことも……。」



 言いかけたアズキは、ベッドから降り立ったアルデアを見て絶句した。

 

 

「教室は、どっちに行けばいいですか? 」




 数分後、アズキに付き添われたアルデアは教室の扉の前に立っていた。


 

「本当に大丈夫なのですか? ふらついたり、具合が悪くなったりはしていませんか? 」



 アズキはアルデアの腕を掴み、背中に手を添えたまま問う。まるでこれから倒れることが確定しているとでもいうような過保護だ。



(こんなにしてくれなくてもいいんだけどな……。)

 


 着ているスクラブから、かすかに消毒液の匂いがする。

 


「大丈夫ですよ。元気です。ほら! 」



 アルデアはアズキから体を離し、その場でジャンプしたり、くるりと回って見せたりする。

 

 彼女の様子に心底不思議そうな顔をしたアズキは、「分かりました」と言って医療部の方へと踵を返す。



「体調に変化があったら、すぐにいらしてくださいね。」


「分かりました……。」



 アズキの後姿を見送るアルデアはふとさっきのことを思い出す。



(そういえば、怪我人って誰だったんだろう? )



 少なくとも、自分でないことは確かだ。ミルヴァスも見たところ怪我をしている様子はなかった。だとしたら、まさか、ルキオラだろうか――。

 


 考えながら教室に入った瞬間、当の本人が詰め寄ってくる。

 


「お前、どういうことだよ。あんな魔法使うなんて聞いてないぞ。」



 眉間に皺を寄せたその姿を観察するが、特に怪我をしていそうな様子はなかった。

 


「どういうことって……? 」


「教官から聞いてないのか? 」


「だから、何を……。」


「君たち、教室に入るんだ。」

 


 聞きかけた言葉が遮られる。2人の後ろに立っていたのは、ミルヴァスだ。

 

 

「教官、さっきのはどういうことなんすか? 」



 彼は間髪入れずに問いかけるルキオラを手で制する。

 

 

「それについては後で説明する。ひとまず、君のおかげで教室の現状復帰ができた。ありがとう。」



 ルキオラはその言葉に調子を狂わされたのか、「うす……」とだけ言って黙り込んだ。

 

 

「急遽会議が開かれることになったので、今日の授業はこれで終わりだ。各自食堂で昼食をとって寄宿舎に帰るように。」

 

 

 アルデアは手を上げて質問する。

 

 

「食堂ってどこにあるんですか? 」

 

「ルキオラ、案内してやってくれ。」

 

「え……イヤっすよ……。」

 

「そうか、嫌か……。」


 

 彼の視線がわずかに下を向く。ルキオラはぐしゃぐしゃと頭をかき、観念したように目を閉じる。

 

 

「……分かりましたよ……。」



 それを聞いたミルヴァスは「では頼んだ。」と言うと早足で教室を出て行った。


 ルキオラは小さく息をついて、アルデアの方を見もせずに話し出す。



「……1回しか言わないからな。ちゃんと覚えろよ。食堂は……。」


「え? 一緒に行くんじゃないの? 」


「何でそうなるんだよ! 」


 

 ルキオラに案内されたのは、広い空間にイスやテーブルが何脚も配置された広い食堂だ。


 ガヤガヤとした賑わいと美味しそうな匂いが満ちる室内。子供から大人までがそれぞれ固まってテーブルを囲み、話に興じながら食事をしている。


 機関全体に漂う緊張感が、ここだけは薄い気がした。



「魔法機関って、こんなに人がいるんだね……。」



 感嘆の声を漏らすアルデアをおいて、ルキオラは注文口のカウンターへと一人歩きだす。

 

 

「ちょっと待ってよ。」 

 

「ここまで案内したんだからもういいだろ? 」

 

「何で? 一緒にご飯食べようよ。」


「昼飯くらい一人で食えねえのかよ……。」



 ルキオラが言ったその時、2人の背後から明るい声が響いた。

 

 

「あー! アルデア、久しぶりだね! ルキオラもいらっしゃい! 」



 振り向いた先にいたのは、ミリカだ。腕まくりした白いシャツに黒いエプロンを着けた彼女は、カウンターの向こうからこちらに手を振っている。


 

「ミリカさん! こんにちは! 」



 フロースやアズキに続き、知っている顔がまた一つ現れたことに安心したアルデアは満面の笑みで挨拶をした。ルキオラも彼女に続くように「うす……。」と会釈する。


 

「2人とも早速友達になったんだね! 安心したよ! 」

 

「べ、別に友達じゃないっすから! 」

 

「えー? 友達同士にしか見えないけどなぁ。」

 

「違いますって! 」


「見てアルデア。この人照れちゃってるよ! 」



 ルキオラのぶっきらぼうな物言いをものともしないミリカは、アルデアに舌を出しておどけて見せる。その様子がおかしくて、彼の物言いに少しむっとしていたアルデアの心がふっとほぐれた。

 

 

「……それより、今日の日替わり何すか? 」

 

「今日はね、チキンのクリーム煮と野菜スープ、バジルの丸パンだよ! ち・な・み・にぃ……」


 

 そこまで言ったミリカはカウンター越しに2人に手招きし、顔を寄せる。そして、周りに聞こえないよう口元に手を添えて言った。


 

「……デザートは、なんと梨のプチタルト! 」

 

「何でそこ小声にすんすか……。」 


「ただのタルトじゃないよ。」



 2人を更に近くに招き寄せたミリカは、ゆっくりと、やたらねっとりした口調で告げる。

 

 

「フレッシュバターのサクサクなタルト生地に、採れたて卵のカスタードクリーム、キャラメリゼした梨がとろーり……。」



 そこまで聞いたアルデアは目を輝かせ、「私、それがいいです! 」と身を乗り出した。

 

 

「はーい! 日替わりいっちょう! ルキオラはどうする? 」

 

「……オレも、それで。」



 心做しか、彼の目は少し泳いでいた――。



 注文を終えた2人は、カウンターから少し離れたテーブルに腰掛けて食事が出てくるのを待っていた。



「ご飯、楽しみだね! 」


「別に。てか、何で普通にそこ座ってんだよ。」


「いいでしょ別に! メニューって他にもあるの? 他の子たちはどんなの食べてるのかなぁ。」


「あんまりジロジロ見んなよ……。」



 他のテーブルにいる人々の食べている物を観察していたアルデアは、しばらくしてその異様さに気が付いた。

 


「……なんだかさ。みんなご飯の量、多くない? 」


「ここじゃ普通だよ。」


「そ、そうなの? 」



 戸惑うアルデアの前に、ミリカが食事の乗ったトレイを差し出してくる。

 


「はい! 日替わり召し上がれ! 」


「わ……え、ミリカさん。これ、普通の量なんですか? 」


「そうだよ! 最初の1週間は辛いかもしれないけど、大丈夫! 慣れる! 」


「慣れ……る? 」

 


 トレイに載っていたのは、先ほどミリカが言っていた通りのメニューだ。ただ、食器の大きさが尋常ではない。チキンが乗っている皿はアルデアの顔ほどあり、プチタルトですら彼女の手の平を覆いつくすサイズ感だ。



(全部、食べられるかなぁ……。)

 


 アルデアは、トレイを前に戸惑っていた。

 しかし、勢いよく食事を始めたルキオラの姿を見て、意を決してフォークを握る。そして、ひと口、ふた口と運ぶうちに、体の奥から突き上げるような空腹感が湧き上がってくる。

 


(……あれ? お腹空いてたのかな……。)


 

 気付けば、フォークを動かす手が止まらなくなっていた。そして数分後、完食を危うんでいたことすら嘘のように全ての食器が空になっていた。



「全部、食べちゃった……。」



  満腹になった腹をさする。



「ちゃんと全部食べられたね。偉い偉い。」



 不意に、すぐそばで声がした。

 パンを口に入れていたルキオラが驚いてむせ込む。


 

「おっとおっとぉ、慌てて食べたら詰まっちゃうよぉ? 」


「いきなり現れないでください! 」


 

 ルキオラの隣にいたのは、飲み物のカップを手にしたミリカだ。


 

「ミリカさん! い、いつの間に……!? 」

 

「さっきからずっといたよ? 」

 


 アルデアの向かい側でストローに口をつけたミリカは、カップの中の氷をカラカラいわせる。



「 全然気付きませんでした……! 」



 そういえば、病室で初めて会った時もこの人はいきなり現れた。気配を消すのが得意なのだろうか。



「あ、ご飯、すごく美味しかったです! ごちそうさまでした! 」


「お粗末様! 作ったかいがあるよ! 」


「ここのご飯、いつもこんなに量が多いんですか? 」


「そうそう、ジェムの共鳴者はね、使った魔力の分だけちゃんと栄養とらないと、身体がもたないんだよ! 」



 そう言ったミリカは、はてと首をかしげる。


 

「あれ? でも、アルデアは今日入学したばかりだよね? 魔法の授業はまだのはずだけど……。」


「いや……えっと……。」



 言いよどむアルデアの言葉尻をルキオラが奪う。

 


「こいつ、魔力測定で魔力管爆発させたんすよ。」


「爆発!? もしかしてあの音ってそうだったの!? 」


「ここまで聞こえてたんですか!? 」



  驚いた表情を浮かべるミリカにアルデアもまた驚く。ルキオラはその様子に呆れたようにため息をついた。

 


「あんなデカい爆発だったらそりゃ聞こえるだろ……。」


「そんなに大きかったの? 」


「覚えてないのかよ。魔力管だけじゃねえ。教室中変な糸だらけになって、片付けんの大変だったんだぞ! 」


「え、糸だらけって? どういうこと? 」


「知らないのかよ。寝てたやつはいいよな! 」


「ご、ごめん! でも、そんな風になるなんて思わなかったんだもん! 」


「なるほどね。そういうことだったかぁ。」

 

 

 ズズズ……と飲み物の残りを吸い込んだミリカの目が、わずかに細められる。



「お前、魔法向いてないんじゃねえの? 」

 

「そんなこと言わないでよ。私、ちゃんとミルヴァス教官の言う通りやったもん……。」


「こらこら、魔力の暴走はよくあることだよ! あんまり責めたらダーメ。」



 ミリカは子犬でもしつけるような調子でルキオラの前に人差し指を立てる。



「だってこいつが……! 」


「だからごめんって! わざとじゃないって言ってるでしょ! 」



 売り言葉に買い言葉。口論し始める2人を見ながらミリカが何か言った気がするが、アルデアの耳には届いていなかった。



「はーいはいはい! 喧嘩しない! ご飯は美味しく楽しくだよ! 」



 にらみ合う2人の間にひらひらと手を差し込んだミリカは、空になったカップをテーブルの上に置く。そしてハンカチで口元を拭って、緩められていたブラウスのボタンをきっちりとかけ直した。



「そういえば、ミリカさんはお昼食べないんですか? 」


「あー、うん。今日はこれだけだよ。ちょっとお呼ばれしちゃって。」



 そう言った彼女は、あたりをキョロキョロと見渡し始める。

 


(どこか出かけるのかな? 栄養士さんも忙しいんだ……。)



 そんな風に思った矢先だ――。

 


「うおぉ! 」



 食事を終えてお茶を飲んでいたルキオラがびくりと体を震わせる。

 


「わ! びっくりした! もう、急に大声出さないでよ……! 」


 

 アルデアがルキオラの方に目をやると、その肩にもぞもぞと何か動くものが乗っていた。

 


「な、なんだ! なんだよ! 」


「あ、いたいた! どこ行ったかと思ったよ。」

 


 白い毛並みに茶色や黒の散った丸っこいフォルム。アルデアの知らない生き物だ。

 嫌がるルキオラの髪や耳元の匂いをふんふんと嗅いでいたその生き物は、ミリカの姿を見るとキュイ……と鳴き声を上げる。

 


「こっちおいで、ゼラ。」

 


 ルキオラの肩に手を差し伸べるミリカ。その手を伝ってきた生き物を抱き上げた彼女は、愛おしそうにその腹に顔をうずめる。


 

「あ、あの。それは……? 」


 

 生き物は短い手足をばたつかせてミリカの手から逃れ、肩へ上る。

 


「この子は私の使い魔。モルモットのゼラチンだよ。ゼラって呼んでね! 」


「ゼ、ゼラチン……? 」


「特大キューティーでしょぉ? 」


 

 ミリカの得意げな笑顔が遠く感じる。いったい何をもってその名前にしたのか――アルデアには分からなかった。


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