あなたに夢中と至福のときの花
市内のあちこちに藤が植えられており、市外からも藤を見に訪れるくらい有名だ。
藤の名所と呼ばれるところは他にあって藤棚の下にベンチが置いてあるだけのここの藤はあまり知られていない。
でも私はここの藤が好きだった。
藤の下に置かれたベンチに座って本を開いた。
まだ待ち合わせには時間がある。
少しここで時間調整をしてから待ち合わせ場所に向かうことにしたのだ。
気づけば本に没頭していた。
だからつい時間が経つのを忘れた。
ぽんと軽く肩を叩かれると同時に声をかけられて顔を上げる。
そこには待ち合わせをしていた彼がいた。
「あら?」
目を瞬く。
何でここに?
時計を見る。
約束の時間を過ぎていた。
「ごめんなさい。読書に夢中になっていたわ」
「だと思って迎えに来たよ」
彼は苦笑しているだけで怒っている様子はなかった。
「ごめんなさい。ありがとう」
「どういたしまして」
澄まして応じた彼が微笑をこぼす。
「至福のとき、って感じだったね」
あら、そんな感じだったのね。
夢中になっていたから気づかなかった。
「この本が面白くてつい夢中になってしまったの」
「僕にもそんなふうに夢中になってもらいたいものだ」
目を瞬かせた後で、ふわりと微笑う。
「あら知らなかった? 私はもうとっくにあなたに夢中よ?」
「なんて説得力のない言葉だ」
「本当よ?」
「そういうことにしておくよ。ありがとう」
信じてもらえていない。
これは普段の行いのせい、かもしれない。
仕方ない。
後で挽回できるように頑張ることにしよう。
本を仕舞う。
「ほら行こう?」
差し出された手に手を重ねれば優しく握って軽く引っ張られた。
立ち上がる。
そのまま手を繋いで歩き出した。
読んでいただき、ありがとうございました。




