あなたに見とれていますの花
絵筆を握る真剣な顔。
対象物を観察する冷徹な瞳。
それを真っ正面から見られるのはモデルをしている特権だろう。
うっとりと彼を見ていても咎められることはない。
絵を描かれている間は動けないのだから思う存分見ていられる。
ふと悪戯な心が囁きを落とす。
『あなたに見とれています』
そう告げたらどんな顔をするだろう?
「うん?」
何か察知したのか彼が顔を上げたので緩く首を振る。
「疲れたなら言ってね」
「うん、ありがとう。でもまだ大丈夫」
「うん」
彼は再び絵筆を持つ。
だけどすぐに下ろした。
「ごめん。ちょっと待っていて。あ、楽にしてくれていいから。今のうちに水分とか取っておいて」
「わかった」
彼が足早に部屋を出ていく。
私は立ち上がって伸びをしたりして軽く身体をほぐした。
少しして彼は花束を持って戻ってきた。
赤やピンク、白や紫色の華やかな色彩の花束だ。よく見ると同じ花のようだ。一本の茎にいくつもの花を咲かせているものが何本かラシャ紙に包まれている。
「この花束を抱えてくれる?」
「いいけど。この花は?」
「ペンステモン。君の姿を見ていたらこの花束を抱えていてほしくなった。いくつか花は用意してあったんだけど、もうこれしかないかなって」
「そう」
彼から花束を受け取って椅子に座る。
彼はキャンバスを替えた。
新しく描き直すようだ。
彼からいろいろと注文を受けてポーズを変える。
なかなかしっくり来るポーズがないようだ。
どうしようと悩み始めた彼を待つことに。
ふと花束を見下ろして微笑む。
「あ、それがいい。そのままで」
「うん」
彼のほうから鉛筆がキャンバスの上を走る音が聞こえる。
彼の真剣な姿を見ることができないのは残念だけど、彼に真剣に見られるのも悪くない。
そう思いながら彼から「休憩」の言葉をかけられるまでそのままの体勢でいた。
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