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リラ・ヴェルノアの選択  作者: 夜の現在地
名を失った均衡世界
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知の先を望む

セレスト・アインヴァル。

王立大学・高等魔法技術研究所所属。

研究者であり、記録管理責任者補佐でもあります。


時は、世界異変直後まで遡ります。

 手に持った本を、分類別に積み上げる。


 積み上げても積み上げても、終わりが見えなかった。


 王立大学の図書館は広い。

 中でも、禁止書庫は本の数が桁違いに多かった。


 ──あの異変が起きてから、もう数日が経過したはずだった。


 早く、本たちを元の場所に戻してあげたい。


 その思いだけを抱えて、動き続けている。


「──セレスト!!」


 顔を上げる。

 

 息を切らした同僚が、倒れた本棚の隙間から顔を覗かせていた。


「ランストゥード卿から至急の呼び出しだ。すぐに向かってくれ」


「はい」


 手に持っていた本を、優しく積み上げた。

 (ほこり)のついた服を、軽く手で払う。


「あ、それと……図書館の私物をまとめろってさ」


「……なぜ?」


「知らないよ。そう伝えろって、館長に言われただけだ」


 ……魔法技術研究所に戻るわけではない。


 どこへ向かわされるかなど、今考えても分からない。


 図書館を出る間際、伝達をしてくれた同僚の姿が目に入った。

 片付けをしながら、別の仲間と大声で何かを言い合っている。


 あの人、あまり得意じゃない。


 私の空間に、雑音が入る気がして。


 *


 分厚い白木の扉の前に立つ。


 取っ手に触れると、それがかすかに温度を返した。


 そのまま、数歩だけ部屋へと足を踏み入れる。


「……セレスト・アインヴァル。

 国立研究所へ配属が決まった。すぐに向かえ」


 突如(とつじょ)、扉が閉まるのも待たずにランストゥード卿が言った。


 言葉の後、ゆっくりと卿が振り返る。


 目があった。

 しばらく、無言で向かい合う。


 卿の背後の窓からは、崩壊の跡が色濃く残る街が見えた。

 復興は、未だに進んでいない。


「それはあなたの……命令ですか」


 卿は、返さない。

 ただ、私の後ろの空間を見ていた。


「……承知しました」


 断る理由は無い。それに、そんなことができるはずもなかった。


 気付かれないように、軽くため息を吐く。


 図書館の本たちが元いた場所に戻ることができるのか。

 それだけが、心残りだった。


 ──国立研究所。


 それは、ごく限られた人物だけが出入りを許される、

 魔法技術国家における最高峰の機密機関だった。


 知を扱うものの到達点の一つ。


 名誉なこと、のはずだ。


 だが。


 不安が、拭えない。


 下層出身の私が、国の中枢深部に?


 ……しかも、この状況で。


 何か、起こる。


 それでも逆らう(すべ)はない。

 この国において逃げることなど不可能なことを、私はよく知っている。


 歩きながら、街の様子を視界に入れる。

 瓦礫(がれき)が積み上がり、人々は声を掛け合っている。


 歩き続ける。場所は、さっき教えてもらった。


 ……ここが、国立研究所。


 思っていたより、近い。

 

 想像していたより明るい場所にあって。

 それがさらに、警戒心を(つの)らせた。


 扉の前には、王族の護衛につけられるような兵士が二人。


 私を上から下までじっとりと見渡した。


 目を合わせないようにする。


 身分は(すで)に証明した。

 私にできることはない。ただ、待つだけ。


 やがて、重厚な扉が奥に向かって開く。


 内部へと、足を進める。


 中央に、大きな白く光を反射する石でできた机が配備され。

 奥には、階段が二つ見える。

 部屋もいくつあるのかわからないほど広く、扉も多かった。


 何よりも。


 圧巻。


 ただ、その一言だった。


 本で、埋め尽くされている。

 というより、本でできている。──壁が。


 天井も高い。


 その壁にずらりと本が並べられ、天井まで例外なく詰まっていた。


 ──天井近くの本、どうやって読めば良いんだろう。


 何気なく、近くの壁から、一冊を手に取った。


 ……これ。


 王立大学の図書館なら、間違いなく禁止書庫にあるレベルの本だ。


 ここが──


 ふいに、背後に気配を感じた。


 ……え?


 全く気が付かなかった。


 瞬間、背筋に冷たいものが走る。


 セレストを冷たく見据える、鍛え上げられているであろういくつかの目。


 その、中央にいる男。


 周りの視線が優しく感じるほど、冷たい目をしていた。


 目を思わず、見開いて固まった。


 一瞬遅れて、思考が回る。


 (ひざまず)いた。

 勢いを付けすぎて、床に少し手をつく。


 その手が、少しだけ震えていた。


 彼は、恐らく。


「──本が好きか?」


 声を、かけられた。


 真意が読めない。

 だが、返事を待たせるわけにはいかない。


「はい。知は、私の全てです」


 男は、何も言わなかった。


 (うつむ)いた目に、汗が入った。

 痛みを誤魔化(ごまか)すために、ほんの少しだけ目を(つむ)る。


 いつの間に距離を詰めたのか。


 耳元で、吐息を感じた。


 全身の毛が逆立つような感じがした。


 嫌悪ではない。


 純粋な、恐怖だった。


 男は、耳元で(ささや)く。


「……時の回廊(かいろう)という言葉を、聞いたことがあるか?」


 時の、回廊?


 その行動が不敬(ふけい)に当たることすら忘れ、反射的に顔を上げる。


 目が合った。


 闇の、ような。


 冷たく、どこまでも底が見えない目。


「……存じ上げません」


 男の口元が(ゆが)んだ。


「セレスト・アインヴァル。

 知の権威(けんい)が認めた研究者。私と共に、来い」


 底知れない闇へ続く、扉が開いたような気がした。


 この人は恐らく。


 ジェスヴァイン・マグナレオールだろう。


 一度、王国のセレモニーで顔を見かけたことがある。


 たった一度見ただけで。

 危険な人物だと、直感が告げていた。


 ──私は、何に……見つかってしまったのか。


 どこへ連れて行かれるのかも分からないまま、頷いた。


 *


 懐かしい。


 そう感じる余裕すらなかった。


 男は、想像よりずっとおしゃべりだった。


 下層へと至る、大穴を落下する前。


 下層の街を豪華な馬車で横断している時。


 ずっと話しかけてきた。


 その度に、背筋に緊張が走る。


 正直、うんざりだった。


 研究対象は何かとか。

 この国の監視についてどう感じるかとか。


 魔法の、可能性とか。


 最後の話題には少し興味があった。


 だから少し、反応してしまった。


 その反応を見て、男は口元をまた歪めた。


 街の外れで、馬車が止まった。


「──殿下。到着いたしました」


「良い。道中、退屈しなかったからな」


 続いて下されると、男の後ろを追いかけるように短く命令をされた。


 海が見える教会。


 小さい頃。

 時々ここへ来て、夕暮れで字が判別できなくなるまで過ごしたことがある。


 ”何もない教会”


 私たち下層の人間は、ここをそう呼んでいた。


 ここに、何があると?


 少し、足が止まっていた。


 慌てて男の後を追って入口をくぐると。


 衝撃が走った。


 ──なに?あれ。


 壁に、見たこともない模様が浮かんでいた。


 線が絡み合って複雑な模様を形成している。


 紋章?図式?


 いや──


 現在に存在するものではない。


 もっと古い、何か。


「これ……」


 男が、顔をこちらへ向けた。


 答えない。ただ、笑っていた。


 男が、壁に手をかざす。


 突如。


 耳が痛くなるような静寂が生まれた。


 波の音すら、聞こえない。


 次の瞬間、目を瞬いた。


 警戒は、嫌というほどしていた。


 それなのに。


 いつの間にか、壁が消えていた。


 そして、見えたもの。


 ──綺麗。


 素直に、そう思ってしまった。


 (あお)の空間。


 周辺にもやがかかったような(きら)めくなにかが存在し、

 目の前に水晶でできた道のようなものがある。


 巨大な空間。


 男は数名の護衛だけをつけて、先の空間へと足を踏み入れる。


 後ろから軽く、背中をこずかれる。


 あそこは、美しい。


 同時に。


 明らかに、危険すぎる。


 物理的な危険ではなく。

 世界の、禁忌(きんき)に触れてしまうような。


 また、背中を押される。

 今度はさっきよりも強く。


 今更、逃げられない。


 進む以外の選択肢はなかった。


 蒼の空間に足を踏み入れると、

 それ自体が”これ以上の侵入は許さない”と言ったみたいに閉じた。


 後ろを振り返る。


 私は、もう……戻れない。

 

 この先で、何かを知ってしまったら。


 男の後を若干(じゃっかん)離れた距離から追いかける。


 少し歩いて、気付いた。


 今歩いているこの道。


 これは、橋だ。


 足元は薄く透き通っていて、かすかに下の空間が認識できる。


 底は、見えなかった。


 同様に、上も、左右も。


 どこまでも空間が続き、もやがかかっている。


 身体の感覚もどこかおかしい。


 夜にも、朝にも昼にも夕暮れにも感じる。


 おかしくなりそうだった。


 空間はどこまでも美しいのに、恐怖が付き(まと)う。


 両腕を胸の前で抱えながら歩いた。


 先に、円形になっている足場があった。


 そこに、ジェスヴァインとその護衛がいる。


 男は中央にぽつんと置かれた台座のようなものに手をかざしていた。


「──ここへ来い」


 逆らうことは許されない。


 震える体を前へと進めた。


「どうだ、アインヴァル。

 ここが──時の回廊だ」


 返す言葉が、見つからない。


 疑問はとめどなく出てくる。


 時の回廊?

 なぜ知ってる?

 何のための場所?

 何をしに来た?


 現実は、口を薄く動かしただけだった。


「お前は魔法の可能性という言葉に反応したな」


 その先の言葉は、悪夢のように感じた。


 ──見たくないか。お前の知が、世界を変える瞬間を。


 目を、強く瞑った。


 聞きたくない。


 知は、積み上げるものだ。


 使うということは、積み上げた知に対する冒涜(ぼうとく)だ。


 だが、男は止まらない。


「ここには、古代魔法の残響がある。

 それを解析しろ。現代魔法の体系に取り込め」


「──それがお前の価値になる」


 もう、戻れない。


 私はここで、知を……使うことを強要される。


「手をかざせ、ここに。

 記憶を”見る”ことができる。もっとも、記憶というより……残響だがな」


 命令された通り、手をかざす。


 手は、震えている。


 最初は何も感じなかった。


 何度もかざすと、徐々にそれは輪郭を持ち始めた。


 頭の中に直接、無理やり何かが浮かんでくるような感覚。


 これは──図式?


 現代魔法とは違う。


 上手く言えない。けど、何かが違う。


 見たこともない図式。


 ここ……こんな構造があったんだ。


 今の図式と比較すると、かなり洗練されているようにすら感じる。


 無数に浮かんでくる。


 ほとんどが、何かも分からない。


 それでも、止められなかった。


 気付かぬうちに、没頭(ぼっとう)してしまっていた。


 それを見るジェスヴァインの目線にも、気付かないくらいに。


 *


 蒼の空間に穴が空いた。


 外の世界と、接続する。


「殿下。いかがでしたか」


「研究を続けさせろ。目的から()れぬように見張りも残せ」


 腹心であるストラーシュが軽く頷き、すぐに指示を飛ばす。


「首尾は、どのように」


「分かっているだろう。あの空間は、時間が歪んでいる。

 死なない程度に世話をしておけ」


「優先すべきは、魔法の可能性だ」


 ジェスヴァインは、口元を歪めて笑った。


「承知致しました、殿下。

 して──先へは、進めたのですか」


 笑いが、止まる。


 顔が塗り変わったかのように変化した。


「変わらずだ。管理者の許可がない、とな」


「……愚問(ぐもん)を、お許しください。

 引き続き、管理者とやらを探します」


 ジェスヴァインは何も言わず、教会の外へ出た。


「世界を──」


 その目は、空へ。ではなく。

 

「マグナレオールが。このジェスヴァインが、変えてやろう」


 世界へと、向けられていた。


参考

22話 ”空”の下

24話 比較と観測

26話 セレストの独白


上記の話の伏線回収も、多くありました。

その他にもあります。ぜひ探してみてください。

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