第5話 不殺の勇者には気をつけろ
「ところで魔王サイドはどうなっているのか?」と言うと、こうなってます。
漆黒に塗られた魔王城は、今日も最早言葉では言い表せられないほどの存在感を醸し出しながら荒野の真ん中にそびえ立っている。
その城内において最も格式の高い部屋であるのは、もちろん主である魔王がいる場所。
そしてこの日。
玉座に鎮座している魔王の目の前には、人間との争いの状況を伝える担当となっている魔族であるオークが1匹立っていた。彼は手元にある巻物のようなものを開いたのだが、どうもその様子はいつもと異なる。
「魔王様。オデからの定期報告ですが、まずは由々しき事態であることから言及しなければなりません。・・・何と勇者がこちらに向かって来ております」
その言葉を聞いた魔王は眉間にしわを寄せる。
同時に魔王が見せたこんな反応にオークは少したじろいでしまったが、それでも話を続ける。
「そしてその勇者と対峙した魔族ともオデは接触でき、どのような戦いを繰り広げたのか話を伺うことができました。今回はこの報告に時間を割きたいのですがよろしいでしょうか?」
終盤、恐る恐るといった感じで言葉を紡ぐオーガだが、魔王の方は表情を変えずに静かに首を縦に振る。
「・・・かしこまりました。ありがとうございます。それでは以下、戦闘の調査に長けたこのオークであるオデが取材した、勇者と出会った魔族達の話となります」
◇
ケース1:ずる賢い、あるゴブリン
「確かにオイラは勇者と出会った。いやね、最初は『よし!オイラがコイツをぶっ倒してやる!』と思ったんだよ。でも・・・」
でも?
「あの野郎、オイラを見かけた途端、目を輝かせながら駆け寄ってきたんだよ。『ほ、本物のゴブリン!もしかして投資などにご関心はありませんか?知っている限りの知識を教えてください!』とか聞いてきたから・・・」
聞いてきたから?
「お、思わず色々と教えちまった・・・」
何を笑いながら話しているんですか?あなたは。
「で、でもよ!しょうがないんだよ!だってアイツ、めちゃくちゃ丁寧に頭下げてきてオイラのことを『ゴブリン先生』とか呼んできたんだぜ!そんなことされたらこっちだって悪い気はしないしよ・・・」
はあ・・・まったく・・・。で、怪我は無いということは戦闘はしなかったんですか?
「あ、ああそうだよ。戦いなんてまったくしてない。なんか勇者は『どうも投資は不得意分野でして・・・。これまで投資用不動産は避けてきたんですよ』とか意味が分からねえことを苦笑いしながら言ってたなあ。・・・もしかしてあの勇者って悪い奴じゃないのか?」
変なことを言わないでください。魔族軍の士気にかかわりますよ?
ケース2:勇敢な、あるケンタウロス
「確かに我は勇者と出会った。我は魔王様に忠誠を誓う身。今ここで倒して大きな戦果を挙げようと、もちろん思ったさ」
でも結果としては倒せなかったんですよね?
「・・・あの者は勇者なんかではない、むしろ悪魔と言うべきだ。我の下半身を見た途端、口元をぬぐいながら・・・」
ふむ。ケンタウロスの特徴とも言える馬の部分である下半身を見て、口元をぬぐいながら?
「『そう言えば昔、社長に連れられて高級馬刺しを食べたことがありましたね・・・』とか言って近づいてきたんだ!しかも虚ろな目をして!我は、我は・・・!」
・・・ああ。その様子だと一目散に逃げたんですね?
「・・・名誉ある撤退だと言って欲しい。我は魔族軍の中でも最高峰の戦闘力の持ち主。普通に戦えれば勝てるはずだった。し、しかしあの時の勇者の目、言葉。『もう一度だけあの馬刺しの味を・・・』とか呟かれた日には我はもう・・・!」
完全に戦意が削がれてるなこのケンタウロスは・・・。
ケース3.獰猛な、あるドラゴン
「左様。ワシは勇者と対峙した。当然火を噴き、翼を翻し、地が揺れるほどの咆哮をして威嚇をした」
なるほど。それは勇者に対して効果はありましたか?
「・・・それが・・・無かったんだ・・・。そもそも会った当初から『ドラゴンですか・・・。うーん、何だか日本の怪獣とは造形が異なりますね。特に背中から生えているこの翼の部分が・・・』とか何とか言ってきてな」
か、怪獣?
「あ、ああそうだ。ワシもどういう意味の言葉かよく分からぬのだが、すると勇者は目を子供のように輝かせながらワシの肉体をジロジロと見てきたのだ。当然、それに対して攻撃はした。しかしそれはことごとく避けられてしまってだな」
・・・そしてあなたも勇者を倒せなかった、と。
「だって・・・。途中から地面によく分からぬ獣の絵を描きだして『これが日本の様々な怪獣です。ほら!そちらとは少し異なるでしょう!?ね!?ね!?ね!!??』とか凄い形相で言われて、ワシ、ワシ・・・。何だか怖くなっちゃって・・・」
あなたほどのドラゴンがなんて言葉を・・・。
「いやだって本当に怖かったんだもん・・・」
誇り高きドラゴンがそんな乙女みたいな反応するなんて、勇者とは一体・・・。
◇
「・・・というのが勇者に関するご報告となります。魔王様、いかがでしょうか?」
こう話したオークは魔王の反応を窺う。すると魔王はゆっくりと口を開き、彼に向かってある問いかけをした。
「え?ああ、それは確かに魔王様のご指摘通りでございます。どうもあの勇者はこれまで魔族を殺していないようでして」
さらにオークは「オデは先ほどの3名以外の魔族にも話を聞きましたが、殺すどころか怪我も負っていません。普通、人間は魔族と会うとまずは先制攻撃を仕掛けるものですが」と続ける。
この話を聞いた魔王は腕を組み、何か思考を巡らせる。そしてしばしの静寂がこの部屋を包んだ後、魔王は勇者についてこう言及した。
「・・・かしこまりました。彼の名前である『レザ』と組み合わせ、魔王様の談話として魔族にはこう周知しておきます。『不殺の勇者・レザには気をつけろ。我々を散々油断させた後に殺しにくるかもしれない』と・・・。こちらも勇者に関する調査は引き続き行っていく次第であります」
◇
「ところで魔王様。魔王妃様はどちらにいらっしゃるのでしょうか?ここ最近、どうもオデは姿をお見かけしないのですが・・・。え?だ、黙ってろ?も、申し訳ございません!かしこまりました、この件は深入りしないようにいたします!」