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最終章 第9話 情報を掴めた方が勝ち②

「どうしてあいつが俺の前世の名前を知ってる。どういうことだ一体」


 魔王城に侍従長コワシェが訪れていたちょうどその頃。


 レフォ王国の王太子であるワルケは、城の一室で勇者レザから問われた質問を頭の中で反芻する。


「ワルケ殿下。質問がございます。あなたは『ヒシウミアイスケ』をご存じですか?」


 レザのこの言葉は、ワルケの脳内でぐるぐると回るように蠢いていた。


「突然のことで頭が真っ白になった。まさかここで昔の名について聞かれるだなんて思わねえだろうが……」


 ワルケはこう言うと、机の上に置いてあった水の入った瓶を手に持ち、勢いよくその中身をグラスに注ぐ。


「冷静になれ、冷静になれワルケ。おめえはもう非志海間助なんかじゃねえ。今はレフォ王国の王太子、そして真の勇者なるんだ。おめえが魔王を殺して世界を平和にしないといけねえんだろうが……」


 小さな声で繰り返し呟き、彼は自身のことを落ち着かせるために水を飲む。そして大きく深呼吸をしながら柔らかなソファーに腰掛けた。


「何者だあの勇者。しかし考えられるとしたら俺と同じ転生した日本人。じゃねえとおかしい……」


 前髪を掴み、文字通り頭を抱えながらワルケは考える。この異世界で『ヒシウミアイスケ』という響きを口にするだなんて普通ではない。


「……前世の頃の俺と知り合いなのか……」


 このワルケは転生してから今に至るまで、自身の前世のことは一切口にしてこなかった。


 こちらの世界での子供の頃、彼は同年代と比べれば格段に大人っぽいところがあっただろう。それでも周囲の大人は「ワルケ殿下は聡明だ。天才だ」と騒ぎ立てるに過ぎない。まさか他の世界で死んだ人間が転生した存在だとは考えるわけないのだ。


「まあ、どうして俺の前世がバレたか分からないが邪魔される筋合いはない。異世界に転生した者は魔王を倒すことが定石。ここで俺がやるべきことはもう決まってんだよ」


 こう言って立ち上がると部屋の扉がノックされ、小柄な男性が姿を見せた。


「夜分失礼いたします、ワルケ殿下。お伝えしたいことがふたつございます」


「どうした?」


 彼はワルケからの指示を受け、魔王城に投石などを行っている民衆を統率している男性。本職はレフォ王国にあるこの城の門番をしているのだが、ワルケの主張に共鳴して協力者となり、今では彼から厚い信頼を受けている忠実な部下でもある。


「まずは王家侍従長であるコワシェの件について。どうも彼は地下牢を脱出し逃げ出したそうです」


「ちっ、あのジジイ。遂に逃げ出しやがったが」


「どうされますか?」


「道中で死んでたら儲けもん、帰ってきてもまた地下牢にぶち込むだけだ。無視しておけ」


 ワルケの指示を聞いて深くうなずく門番だが、彼が「そしてもう一件」と言うと部屋には見知らぬ女性が入ってきた。


「こちらは魔王城で暮らしている、唯一の人間。諸事情あり魔王妃の侍従を務めているそうですが、殿下の主張に心を動かされ、こちらを訪れたそうです」


 そして艶やかな長いピンク色の髪を翻し、女性は深々と頭を下げた。


「はじめまして。ワタシはカウィズと申します。魔法を使うことができ、ワルケ王太子殿下の力になれると思いこちらに伺いました。魔王一家、そして勇者の情報は知り得る限りのことをお教えいたします」


◇◇◇


「何!?勇者レザってのは本当に日本からの転生者なのか!?」


「ええ。そうです」


 カウィズはテーブルを挟んで正面に座るワルケに対して説明を続ける。


「そして何を隠そうワタシも勇者や殿下と同じ存在です。日本に住んでいたワタシは死後、こちらの世界に転生しました」


「……で。おめえはここまで魔王妃の侍従として働いてたんだろう?どうしてあっちを裏切る?」


 ここまで語られた内容を聞いて驚きの連続だったワルケだが、冷静さを取り戻して訝しげにこう問いかける。


 するとカウィズは表情を一切変えず淡々としたトーンでこう答えた。


「ワタシは魔王や勇者から説得を受けて一旦は魔王討伐を諦めました。しかし魔王城で時間を過ごすうちに、やはり魔王・魔族のことは滅ぼすべきだと感じるようになったのです。あいつらは・・・人間とは相いれない存在です」


 彼女の発したこの言葉をうなずきながら聞いていたワルケ。だが彼はここで、そもそもカウィズに聞かなければならないことに気づく。


「……そういやおめえ、どうして俺が転生した人間だと知っている!?どういうことだ!」


 ソファーから勢いよく立ち上がって近づき、カウィズの襟を掴んだワルケはこう叫ぶ。


「誰から俺のことを聞いた!もしかして俺の前世の名を勇者に話したのはおめえか!?おめえは……おめえは前世で俺と面識のある人間なのか!?」


 怒りと。焦りと。恐怖と。


 ワルケは様々な感情を抱きながら青筋を立て、唾を飛ばしながら大きな声でカウィズのことを問い詰める。


 しかしそれでも彼女は動じない。それどころかむしろ先ほどよりも一層落ち着いている様子を見せ、ワルケに向かって静かに反論した。


「ワタシは前世における殿下のことは全く存じ上げません。これは本当です。しかしどうしてアナタが転生者だと気づいたか?それについてお話しましょう」


 さらに彼女は続ける。


「勇者レザはアナタの前世を知っています。彼の前世は日本のしがない中年社会人。それもあってかレザはワルケ殿下の前世に気づき、その動向を探っているようです」


「何だと……。誰だ、誰なんだあいつは!?」


 ワルケはカウィズの襟から手を離し狼狽する。


 それは尋常ではないほどの慌てぶりであり、部屋の中に置いてある高級そうな家具などに体をぶつけると、そのままずるずると床に座り込んでしまった。


「どうしてよりにもよって前世の頃の俺を知ってる人間がこの世界にいるんだ!ここでは違う人生が歩めると思ってたのに……!」


 物凄い形相で嘆くワルケ。だがその姿を見たカウィズは彼のそばにまで歩み寄る。


「ワルケ殿下。そこまで焦るのであれば、いっそのこと早急に動きませんか?」


「……何?」


「魔王城を出る前、数時間効果が続く盗聴魔法を至る所に仕掛けておきました。実は今ワルケ殿下と話をしながらも、魔王城内部における魔王ゴヴァと勇者レザの会話も聞いていたのです。すると、どうもコワシェ侍従長という方が単独で魔王城に訪れたようですね」


 カウィズがこう言うとワルケは飛ぶようにその場に立ち上がり、彼女のことを強く睨みつける。


「……おい。あのジジイは何て言ってた。魔王と勇者に何を漏らした!」


「2日後の魔王城襲撃計画のことをリークしたようです」


 それを聞いたワルケは頭をかきむしってソファーのことを蹴り上げ、さらに言葉にならないような咆哮を上げると大声でこう嘆く。


「あのジジイ!逃げ出したかと思ったら裏切りやがったのか!ここまで準備してきた情報をリークしやがって!」


「落ち着いてください、ワルケ殿下」


「何だこのアマ!」


 息を荒げるワルケだが、カウィズはそれにも動じずある提案をした。


「大事な情報が漏れたというのであれば、むしろそれを凌駕するほど早く動けば相手にダメージを与えられます。魔王と勇者は1日猶予があると思い込んでいますから」


 そして彼女はニヤリと口角を上げて続ける。


「明日、前倒しで魔王城を襲撃しましょう。油断しているゴヴァのことを殺せば、殿下は晴れて『真の勇者』として歴史に名を刻むことができるに違いありません」

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