最終章 第8話 情報を掴めた方が勝ち①
「お前がレフォ王国王家の侍従長であるというコワシェか」
「さ、左様でごさいます……」
ここは客人や要人が魔王と謁見するための部屋。魔王ゴヴァにとってのプライベート用のものではなく公的な場所となる。
そして今。
自身のことを『レフォ王国王家の侍従長コワシェ』だと自称する、しわくちゃの燕尾服を着用した老人がそこにいた。
侍従長という役職、本来は一国の王家に仕える者だ。しかし単独で魔王城に易々と足を運べるわけはない。だがここに彼を連れて来たイーファによれば、コワシェはあることを魔王ゴヴァへと伝えるためここにやって来たというのだ。
「わざわざこの魔王城までよく来たな。要件は何だ?服もかなりボロボロだが大丈夫か?」
「は、はい……」
煌びやかな玉座に腰を下ろすゴヴァは老人であるコワシェのことを見下ろす。このコワシェ、着ている燕尾服がしわだらけというだけでなく、顔などにも切り傷を負っているのだ。
そしてその様子を見たゴヴァは立ち上がると、ゆっくりとコワシェへと近づく。
「……っ!」
やはり普通の人間はゴヴァに対して恐怖心を抱いているのか。自身のところに近づいてきた魔王を見ると思うように言葉が出ず、隣にいる勇者レザには何か助けを求めるような視線を送る。
しかしそれも当然だろう。
魔王というのは数多いる魔族を率いている巨大な存在。つい最近まで人間との戦争の指揮も執っていたとされ、事実この争いでは多くの人間が命を落としている。
過去幾度となく魔王を討伐しに立ち向かった者達もその道中で倒れ。
和平が成立するまでは滅多に人前には出てこなかったということもあり。
市中では人間と魔族との共存が始まっている時代になったとしても、魔王ゴヴァに未だ恐怖心を抱いている者も少なくない。
コワシェもそんな人間のひとり。事情があって自らの意思で魔王城の門をくぐったといっても、実際に魔王を目の前にすると体の震えが止まらないのだ。
「うーむ……」
そんなコワシェの目前にまで来たゴヴァ。彼が近づいたことでさらに怯えるコワシェの肩に手をポンっと置き。
「まあそんなに震えるな。そうだ、話の前に菓子でも食おう。吾輩の部下であるオークが趣味で焼いたものなんだが、最近腕が上がり過ぎて大変なことになってる。持ってこさせるからちょっと待っていろ」
「……へ?」
そして「人間のお前が美味いと言えば商品化でもするか。魔王城としても臨時収入は有難い」とも告げ、ポカンとしているコワシェを尻目にゴヴァはお茶の準備を始めた。
この魔王、もう普通の人間がイメージするような恐怖の対象ではない。対話を重視し、今の平和を維持したいと願う善良な男なのだ。
◇◇◇
「どうだ。そろそろ落ち着いたか?」
「は、はい。どうもありがとうございます……」
テーブルの上には部下の魔族に持って来させた菓子類の山。それらの製作者であるオークはエプロンを付けた状態で笑顔を浮かべている。
「こ、このお菓子も美味しかったです……」
「だ、そうだ。良かったな。今から込み入った話があるからお前はここを出てくれ」
恐る恐る口にされたコワシェの感想を聞いたオークは、足取り軽く部屋を出て行った。
「あいつ菓子だけじゃなくて普通の料理も上手いんだよ。魔族も人間もどんな才能を持っているか分からんもんだな。まあ大変な状況だがこれで一旦落ち着けただろう」
すると神妙な面持ちをしばし見せた後、座っていたソファーから飛ぶように立ち上がったコワシェは「今回、この魔王城に来たのは他でもありません!ワルケ王太子殿下を……あの子のことをどうか止めてください!」と叫びながらその場で土下座をする。
「殿下は本格的に魔王城を襲撃するつもりなのです!も、もしそんなことになったら多くの人間が命を落とすことはもちろん、他の国にも顔が立ちません!ど、どうかわたくしめに力を貸してください!」
「なるほど。それを伝えに来たのか。まあ顔を上げろ、年寄りのそんな姿を見るとさすがに心が痛む」
ゴヴァの発言によりコワシェは顔を上げ、ポツリポツリと言葉を絞り出した。
「殿下は幼い頃から『俺が必ず魔王を倒す』とよく言っていました。しかしガズランテ陛下は魔族と融和的な思考をお持ちでして。『金は出すが、兵はできるだけ出さない』というのが国の方針」
コワシェはさらに続ける。
ワルケは賢い子だった。同世代の他の子よりも言葉を覚えるのが早く、思考も子供顔負け。10歳になるかならないかのところで国の会議に同席したがるほどで、レフォ王国が世界一の経済規模を誇ることにも早いうちから関心を示していたという。
それゆえに後継者として国民からの期待も大きかったというのだが……。
「ガズランテ女王陛下が何者かに毒を盛られて以降、国としては王位継承順位第一位のワルケ王太子殿下を代理とするようになりました。しかしそれが裏目に出たんです」
彼は周囲の助言に耳を貸さず。すぐに独裁的な政治をするようになった。
しかも母である女王ガズランテの代わりとして魔王ゴヴァとの会談に出るどころか、レフォ王国としての出席そのものをキャンセルし、突然民衆を刺激するような言説を述べて魔王城への嫌がらせを始めたというのだ。
そしてこの話を聞きレザとゴヴァはアイコンタクトを取る。
「コワシェ侍従長。吾輩達としても勇気を持って情報を提供してくれたことに感謝を申し上げる。もう少し話を聞きたいがよろしいか?そちらの安全はこちらが担保する。今日はここに泊まって欲しい」
「コワシェ様。私としても魔王様と同じように思います。他の情報をぜひともお教えください」
勇者と魔王から迫られたコワシェ。彼はここまできたら全面的に協力するしかないと決心し答えた。
「え、ええ。わたくしめが知っている情報は全て開示いたします。その代わり……どうか殿下のことを止めていただきたい!」
◇◇◇
「魔王様。コワシェ様の話を伺ってどうお考えですか?」
「そうだな。その全部を鵜呑みにするかどうかは微妙だ。しかし命からがらここに来たという話を信じるしかないだろうな」
深夜。勇者レザと魔王ゴヴァは膝を突き合わせて話をしていた。
「いつもは魔王城に投石などがされる時間帯だが今日は静か。コワシェ侍従長の話す通り、襲撃に備えて色々と準備を進めているのだろう」
腕組みをして遠くを見るような目をするゴヴァ。
侍従長であるコワシェは、勇者と魔王に向かってさらに以下のようなことを話した。
ワルケがレフォ王国の民衆を刺激した言説というのは、彼の婚約者に関する『ある主張』が核になっている。大々的に発表されたその内容に国民は衝撃を受け、魔族に対して不信感を抱くようになったという。
そしてそれには魔王が関わっているとされ、義憤にかられた人々は魔王城への嫌がらせに加担しているらしい。
さらにコワシェはこう語った。
「ワルケ殿下は2日後の明朝、大規模な襲撃を魔王城へと行う計画を立てている。だから今日の夜は静かなはず」
これを思い出しレザは呟く。
「それではこの静けさはコワシェ様のリーク通り、ということになりますね」
「そうだな。しかしこうなると吾輩と勇者でワルケのところに行けるチャンスは明日だけ。どうにかして止めなければならないな」
ゴヴァは窓から見える月を眺めながら顔をしかめた。




