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最終章 第6話 動けない勇者

 それから。


 勇者レザは魔王城への嫌がらせを扇動しているワルケのところに行くことができず、2日が経過してしまった。


 そしてその間も魔王城への投石などは続く。夜通し人間達の怒号が轟くようにもなる。


 おまけに城の周辺では人間の手によるボヤ騒ぎも見られ、魔王城内における魔族達はすっかりノイローゼ状態に。


 この動きは魔王城の外で暮らしている魔族に対しても波及してしまい、街中には魔王の悪口が書かれたビラが貼られ……。


 とうとう無防備な魔族が人間に襲われてしまうという事件も起きてしまった。


 魔王ゴヴァはこの事態に際して緊急事態を宣言。


 近々行われる会談は予定通り行う方針だと明言した一方で、魔族には①外出するときには複数で固まって動くこと②人間への反撃は決して行わないことの2点を徹底しろと通告を行った。


 しかしこの状況でも、やはり勇者レザは動かなかった。


◇◇◇


「今回はどのようなご用ですか?カウィズ様」


 勇者レザは、いつもと同じようにいつの間にか自宅に侵入したカウィズに向かってこう言い放つ。


「今は誰とも会いたくありません。ここから出てください」


 そしてこちらもいつもと同じようにこう口にしながら追い出すために近づくレザだが、カウィズの様子が異なることをすぐに察知する。


「……どうかされましたか?」


 普段の柔らかな雰囲気とは違い、どこか張り詰めた様相。それにその顔には疲労感が見え隠れしている。


 するとそんな顔つきの彼女はぐいとレザに近づくと、その瞳をじっと見つめながらこう口にした。


「どうしてワルケ王太子さんを説得してくれないの?どうして魔王城を助けてくれないの?今……大変なことになってのよ!もしかしたらせっかくの会談が破談になってしまうかもしれないのに!」


 カウィズが叫ぶ内容。それは勇者レザも分かっている。今朝の新聞の紙面に躍っている文章というのは確実に平時ではないことを示しているからだ。


 だがレザはこんな大変な事態でも収束に動こうとしない。いや、むしろ動けない。


「今は日中。人間達が嫌がらせをするのはいつも夜中だから、今のうちと思って急いで来たの!いつまでここに引きこもってるつもり?勇者が動かないとダメでしょう!?」


 カウィズはピンク色の髪を揺らしながら、心からの訴えをレザにぶつける。


「とうとう何の罪もない魔族まで人間に襲われちゃったのよ!このままだと殺されちゃう魔族だって出てくる!そしたら……そしたら……また戦争が始まっちゃうじゃない!」


 そして彼女は「そんなことになったらワルケ王太子さんの思う壺!この前、魔王太后ジェリサさんと一緒に魔王さんの暗殺を止めたのも水の泡よ!」とぶつける。


 だがレザはそんな彼女の姿を見ても、声を聞いても変わらない。


「やめましょうカウィズ様。じきに事態は落ち着きます。わざわざ私が動かなくてもよろしいでしょう」


 勇者レザは落ち着いた声でたしなめるようにこう話すが、しかしそれは火に油を注ぐような形になってしまった。


「……アナタは勇者でしょ!?こんなこと……こんなこと言いたくなかったけど……!いつまでも前世の過去を引きずるのはやめてよ!魔王さんがワタシにかけくれた言葉を忘れたの!?」


 そしてカウィズは大きく息を吸い、そしてこの言葉を勇者に放った。


『それでもこの世界で生きていかねばならぬのだ。時に前世での経験を活かし、時に前世とは決別して前を向くことが大事だと吾輩は感じているぞ』


「魔王さんの言葉でワタシは変わったのよ!なのに……勇者レザはここで何をしてるのよ!」


 感情を露わにし、見たこともないほど凄い剣幕をしているカウィズの姿を見て、レザは思わず後ずさりしてしまう。


「アナタと違ってワタシは過去、魔族と戦って倒した……いや殺したこともある!だからこそ今の平和を崩したくないの!平和を保つことがワタシにとっての罪滅ぼしでもあるんだから!」


 さらに彼女は続ける。


「アナタはもう『不動作営業マン・真留村富士夫』じゃないの!この世界の平和を守る『勇者・レザ』なのよ!アナタが動かないのならワタシがワルケ王太子のところにいくわ!」


 最後にカウィズは大声でこう宣言した後、部屋を飛び出して行った。そして部屋にポツンと残されたレザの脳内には。


 これまで考えないようにしていたことがよぎってしまう。


「……私はもう真留村富士夫ではない……。それでは私は……レザ……?いや違う、私は……私は一体……?」


 彼は自身のアイデンティティがどちらなのか、分からなくなってしまったのだ。


◇◇◇


 自分は『40歳手前の不動産営業マン・真留村富士夫』なのか、それとも『まだ19歳の勇者・レザ』なのか。


 彼は女神の手によって転生されてから前世で培ったスキルを活かして活躍をしてきた。


 魔族を全く手にかけることなく魔王城にたどり着き。

 魔王ゴヴァと魔王妃シルヴェの夫婦仲を取り持ち。

 人間と魔族との和平を成し遂げ。

 ゴヴァの命を狙っていた魔法使いカウィズを説得し。


 さらには魔王太后ジェリサとゴヴァを和解させるきっかけを作るだけでなく、魔王暗殺を目論んでいた魔族を止めることもできた。


 それのお陰で彼は異世界における多くの人と魔族から信頼を勝ち取った。しかしその一方でレザはずっと心に引っ掛かりがあったのだ。


 私は、本当は真留村富士夫?いや違う。

 私は、本当に勇者レザ?いやそうとも言い切れない。


 じゃあ私は誰?


 この男は誰なんだ?


◇◇◇


「魔王様……」


 気づけば勇者レザは家を出て魔王城の主がいる部屋の前にいた。しかし体が思うように動かず、そこで立ち尽くしていると。


「おお勇者か。ワルケへの説得はやはり難しいか?ちょっと大変な状況になってるんだ」


 そこにはこの言葉とは裏腹に大量のぬいぐるみを抱えた魔王ゴヴァが、彼と同じく多くのぬいぐるみを持った数人の侍従魔族と共に近づいてきた。


「あ、あの……」


「ああこれか?実は今、妻であるシルヴェと娘であるギフィルは母がいる城に避難してるんだがな。そこに娘のお気に入りぬいぐるみ集団を送らなければならないんだよ」


 そして「しかし母もシルヴェも今の魔王城の状況が分かっておらぬのか?まったく」と漏らしながら部屋に入ろうとすると、いつもとは違うレザの雰囲気に気づく。


「侍従達はぬいぐるみを部屋の入口付近に置いて席を外してくれ。少し勇者と話をしなければいけないようだからな」

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