最終章 第5話 勇者・レザ
勇者レザの前世は不動産営業マン。名は真留村富士夫という。
彼は大学を卒業後、地元にある小規模の不動産会社に就職した。そこは血縁者によって経営されており、業績も決して高いところではない。
おまけにブラック企業と呼べるほどの酷い労働環境であり、退職者も当然多く、不景気の中でも絶えず求人情報を出しているような会社だった。
もちろん富士夫は好き好んでそのような会社に入ったわけではない。
彼は学業成績こそ良かったものの、就職活動というものが苦手で選考は落ちてばかり。それに当時は景気も悪く、有名大学の人間でさえ簡単に就職することもできない時期。
それでも必死になって働き口を探していた富士夫は、件の不動産会社の求人を見かけると、福利厚生なんてものは無いに等しかったものの背に腹は代えられぬと早急に履歴書を送付してようやく採用された。
しかし新入社員の頃の富士夫は今の勇者レザの姿とは大きく異なりとても弱気で、ろくに営業もできなかった。顧客からの信頼は薄く、上司からは叱責され、毎日毎日泣きながら出勤をするような始末。
今のようなワークライフバランスなどという概念などなかった時代、彼は夜中まで残業し早くも身体はボロボロになる。
それでも彼は仕事に食らいついた。
もちろんここで辞めたら再就職はさらに困難という時代背景もあるのだが、唯一の同期である男性社員の存在が大きかったからだ。
その男の名は非志海間助。優秀な大学を卒業したという彼は非常に社交的で営業向きの性格をしており、入社してすぐ優秀な売上を残したことで会社のホープと言えた。
味気ない地方の住宅街で生まれ育った真留村富士夫にとって、煌びやかな都会で生まれ育ったと話す非志海間助は自身とは真逆にいる憧れの的。
それに仕事を終えれば富士夫は間助から手を引かれて共に居酒屋を回り、酒を飲み交わしながらお互いの生い立ちから気になる異性についてなども話す仲になっていた。
気づけば富士夫と間助は同期の社員同士という垣根を超え、心を許せる親友と言える間柄になったのだ。
ところが。
入社して2年ほどが経過したある日。突然、間助は会社から去ってしまった。
その原因は周囲との金銭トラブル。何と間助は会社中の人間から借金を重ね、いわゆる闇金と呼ばれるようなところにも手を出した結果、逃げるように会社を去ったという。
会社の中で唯一、間助に金を貸していなかった富士夫にとってそれはまさに寝耳に水。富士夫が何気なく朝オフィスに来たら会社は騒然とし、間助のデスクはもぬけの殻になっていた。
つまり富士夫はその時になって初めて社内における金の貸し借りを把握したのだが、それから会社はさらに大騒ぎになる。
逃げ出したことはもう仕方がない。そこで同期である富士夫が中心となり間助が担当していた案件の後処理をしようとした際、そこで彼はさらに大変なことを知った。
何と間助は顧客に嘘をつき、あるいは強引な手法で契約を積み重ねていた。彼の後継として富士夫が色々と連絡をした際にこれが明るみになったのだ。
それを知った富士夫は早急に動いて社長に報告してさらに調査した結果、そもそも彼は自身の経歴を詐称してこの会社に就職していたことまで判明。
確かに間助は「嘘は得意。だから営業は天職」だと前々から話していたのだが、しかしそれはしょせん方便だと富士夫は高を括っていた。
言葉にできない恐怖を感じた富士夫は、仕事の合間を縫って、間助が自身のゆかりの地だと話していた場所に赴き彼のことを調べた。
必死になった富士夫は地域の人々が暮らす家や学校などを巡り、間助に関する質問をぶつける。
自分と一緒にいたあの時間だけは本当であってくれ。
自分にだけは本当のことを話していたと判明してくれ。
自分に金を借りなかったのは親友だと思っていたからのはず。
しかし富士夫の願いも叶わず。その土地に『非志海間助』という人物がいたという痕跡は皆無。つまり間助が富士夫に語っていた過去の話も全部嘘だったのだ。
帰りの車の中。富士夫は大粒の涙を流しながら運転席でハンドルを握る。
そして、それから真留村富士夫は変わった。
周囲が見間違えるほど仕事の動きはスムーズになり、考えも洗練されて営業成績は右肩上がりになっていく。間助が残した案件も無事に処理していくと、徐々に会社の人々からの見る目も変貌していく。
しかし真留村富士夫は変わってしまったのだ。
彼はそれ以降、たとえ同じ目標に向かっている者であっても、必要以上に身の上話をすることは控えるようにした。
これは異世界に転生し勇者レザとなっても変わらない姿勢。
既に真留村富士夫は死んでいても。異世界で多くの困難を乗り越えていようと。
菱海間助の一件は、彼にとって忘れることのできない出来事となっているのである。
◇◇◇
「これが私と彼に関することです。もしワルケ王太子が本当に非志海間助だとしたら。私はもう彼とは会いたくないんです。あの時、どれだけ裏切られてしまったか」
勇者レザは肩を落としてカウィズにこぼす。そしてこれには彼女の方もさすがに口を閉ざしてしまう。
カウィズは、レザも魔王ゴヴァや自身と同じような転生者であることを察していた。しかし「どうして自分も転生者であると頑なに認めないのだろう?」という疑問はずっと抱いていたのだ。
初めてレザの事情を知ったカウィズ。だが今では魔王城で魔王妃シルヴェの侍従として働いている彼女は意を決し、勇者である彼にこう声をかける。
「だけどワルケ王太子さんを止めないと。魔族のみなさん、本当に困ってるの。もうすぐ魔王城で人間の国王達と大事な会談があるのにそれを潰されてしまうかもしれないし、悪いことなんてしてない魔族が人間に襲われるようなことになったら」
彼女は不安気な表情を浮かべ、切実に心境を訴える。
「やっぱり勇者は人間にとって大きな存在。それに王太子さんの前世が本当にその非志海間助っていう方だったら……だからこそレザさんが動ないといけない案件じゃない?」
必死に声を絞り出すカウィズの姿を見てレザだって胸が痛む。確かにこれ以上被害が甚大になることを防ぐため、自分は魔王ゴヴァから依頼をされている。
それに女神に対してあれほどの大見得を切ったことを考えると、ワルケのことは自分が何とか説得しなければならない。
しかし……。
「もう彼と話したくはありません。顔も見たくありません。私にも仲間にもお客様にも、とてつもないほどの嘘を重ねていた人間ですから」
「レザさん……」
勇者レザは、今回ばかりはもう業務を遂行できない精神状態になってしまっていた。




