最終章 第4話 同期社員
「おい真留村!あの案件、上手くいきそうなのか!?」
「え、えっと。一応大川様からはマンションの購入申込書はいただいておりますので、あとは先方の売主様がその金額で納得されるかどうかでして……」
「そんなあやふやなこと言ってんじゃねえよ!今月のノルマ分かってんのかてめえ!新入社員だからって関係ねえからな!」
「は、はいすみません!」
真留村富士夫が勇者レザとして転生する、はるか昔。
大学を卒業後、ブラックな不動産会社に入社してすぐの若き富士夫。彼は上司に叱責された後、他の社員から白い目で見られながら向かった資料ルームで肩を落とす。
「まあまあ元気出せよ、真留村。あの部長、いつもあんなんだから気にしたら負けだろ?」
そしてその隣にいるのは富士夫と同期の青年。彼は缶コーヒーを片手に笑いながら富士夫と話をしていた。
「そ、そうですね。でもあれだけ怒られるとさすがに……」
「ただおめえも受け答えへったくそだよなあ。ああいう時は大げさに胸張って『はい!必ず上手くいきます!』って言っておけば済むだろうが」
「それがそういうのはめっきり苦手でして……。どうも嘘つくのは……」
「ダメだなあホント。営業なんて嘘ついてナンボの商売なんだから、これからはガンガン嘘ついてしこたま家を売ろうぜ!」
「そ、そんなことしちゃいけませんよ!お客様にとっては一生に一度あるかないかの大きな買い物なんですから!丁寧に接客をしないと!」
その言葉を聞いて思わず慌てる富士夫だが、同期の青年は彼に顔を近づけて呆れたような視線を送る。
「あのさあ。そんなんだから一緒のタイミングで入社した俺と早々に営業成績で差がついてんだろ?お前とは違うんだっつーの。アドバイスは聞いとけ?」
「そ、そうですよね。小さい会社ですし、大手に負けないよう一緒に頑張らないといけないですよね!」
気を取り直し、隣にいる同期社員に目を向ける富士夫。
いつも厳しい指摘をしてくる同期の彼だが、自分とは真逆とも言えるその姿勢は、富士夫にとって憧れでもあった。
◇◇◇
勇者レザは自室で昔の出来事を思い出し、物思いにふける。
「『お前とは違うんだっつーの』ですか……。いや、そんなはずは……」
時刻は夜。普段、彼はこの時間にはもうベッドの中に入っている。しかし今日はどうも寝られない。
レザの頭の中は、この日出会ったワルケのことでいっぱいだった。しかもそれは彼の不遜な態度への怒りなどではない。最後に放った言葉が原因。
「おまけに彼は『ヒシウミアイスケ』という音の並びを人間、しかも男性の名だと認識していた。そうなるともうこれは……いやまさか……」
勇者レザは困ったような表情を浮かべながら、ベッドの上に腰掛けて腕を組み天井を見上げる。
「ワルケ殿下は転生者。そしてその正体は……。はあ……。魔王城への嫌がらせを止めるための説得も骨が折れますねこれは。どうしましょうか」
「そんなにため息をつかないで、レザさん。早く寝ないと体に毒よ?」
「しかし彼がこの世界にいるってことは。私とほぼ同じ時期にどこかで命を……」
「人生悩むぐらいあるわよ。でも仕方ないわね、レザさんがワタシに触れて誘惑してきた責任を取ってくれたら一緒に悩み事を解決しても……」
「……」
「ちょ、ちょっと待ってレザさん。その睨む顔はやめて、本当に怖いから!」
そしてなぜか彼の隣には魔法使いのカウィズが座っていた。
彼女もレザやゴヴァと同じように日本から転生した女性であり、今では魔王妃シルヴェの侍従として魔王城で働いている。
「どうしていつもいつも気づいたら勝手に家にいるのですかカウィズ様は……!」
ちなみにこのカウィズ、前世も含めて生まれて初めて触れた男性がレザ。
そんな彼に興味を抱いているのだが、いかんせん恋愛沙汰が疎すぎて考えても不審な行動ばかり取っている。
「ご、ごめんなさい!でも来週は人間の国王達との会談も行われるし、ちょっと忙しくなるし、会えるうちに会っておこうかなと!」
カウィズはいつも彼のことをストーキングしたり自宅に不法侵入しているが、仕事はできるタイプ。
そもそも前世では医学部を目指して受験勉強に励んでいた浪人生。物覚えはよく気は効くし頭も回る。来週開催される予定の魔王ゴヴァと人間の国王達との会談でも、裏方として色々と動く予定らしい。
「確かにカウィズ様が頑張ってるのは認めますが。そもそもどうやっていつもここに侵入しているんですか?」
「あれ?そう言えば説明してなかった?ワタシ、壁を通り抜けられる魔法使えるのよ。魔王さんの別荘である『赤い城』に入れたのも、それを使ったわけだし」
「それ、初耳なんですけど」
きょとんとしながら「あれ?そうだっけ?」と返すカウィズに、レザは「でも考えればそれぐらいしないとここに来れませんよね……」と力なく呟いた。
「で、何に悩んでたのよ?レザさんは」
心配そうにレザの顔を覗くカウィズ。だが勇者は今の心境をどう説明すべきか悩んで口を閉ざすものの、彼女は真剣な眼差しを送り続ける。
「分かったわ。それじゃあ先にワタシからこれまで言ってこなかったことを話す」
しびれを切らしたようにカウィズは、少しかしこまったような態度を見せてこう話す。
「実はレザさんや魔王さんに『赤い城』で出会う少し前、不思議なお婆さんと会って。その人から色々言われたの」
その内容は「貴方は異世界に転生しましたけど、そんなこと気にせずこちらで大人しく生きてください」「勇者レザの尽力で平和になったので余計なことはしなくて結構です。邪魔なんで」というもの。
まさに女神が話していた通りのことを、カウィズは告げられていたのだ。
「お婆さんの正体が誰なのかっていうのはともかく、その時の会話のせいでムキになっちゃった。やっぱり魔王っていうのは転生した人間が倒すべきものだって考えて意地になって」
それも相まって魔王討伐を目指し旅を続ける彼女がたどり着いたのが、先代魔王が遺したという『赤い城』だったのだ。
「でも今じゃ魔王さんの討伐を諦めて正解。魔王城の魔族達もみんな優しいし、前世ではできなかったことをたくさんできてる。ここで生きることが楽しい、だから……」
そしてカウィズは続ける。
「だから魔王城に嫌がらせ……いや攻撃をしている人間のことが許せない。あの人達、城に石を投げたりして本当に酷いのよ?そのリーダー格であるワルケ王太子さんのこと、どうにかしなきゃよねっ」
怒った様子を見せるカウィズだが、それまで話に耳を傾けていた勇者レザはしばし考え事をした後、目を伏せながらも静かに口を開いた。
自分と、ワルケに転生したかもしれない同期社員のことについて。




