第3話 頑張れ女神、負けるな女神
勇者レザの両親が振りかざす、様々な論による総攻撃によって、老婆に扮していた女神の心は折れかけた。
しかし、女神は踏ん張った。
「しかし・・・。やはりレザは勇者になるべき人材!商人ではなく、勇者として人間と魔族との争いを止めるべきなのじゃ!」
ここから彼女は逆に、レザの両親を説得した。
レザが勇者としてどれほど優秀なのか。今、魔族を抑えておかないとこの先どれだけ大変なことになるのか。
それでもなお、息子の商才をズバリ見抜いていた両親は、レザのことを商人にしたいという意見を変えることなく食い下がる。
ちなみに論争の中心人物である当のレザ本人は「別に勇者だろうが商人だろうがどちらの立場でも良いです。やることの根底は変わりませんから」というスタンスであり、女神と両親による言い争いの最中は普通に日常生活を過ごしていた。
何なら隣の部屋で大声で言い争いをしている中でも飄々とした顔で本を読んでいたほど。
そしてそんなこんなで数日が経過した頃、ようやく両親はレザが勇者になることを認めた。
「レザ。やはりお前は勇者になるべきだ。この占術を使えるというおばあさんによれば魔王を止められる唯一の男であるらしい。・・・こ、こちらとしては優秀な商人にしたかったのだが残念だ・・・」
「父さん。血の涙を流してまで悔やまないでください。母さん。強い殺意が込められた瞳でおばあさんのことを睨みつけないでください。ほら見てください、子犬のようにプルプル震えてさすがに気の毒になるので」
こうして改めてレザは、勇者として旅に出るための鍛錬などを続けることとなった。
◇
それから1年後。18歳になったレザはとうとう魔族との争いを止めるための冒険に出発する運びとなる。
「(・・・あの勇者、ここまで来て『やっぱり商人になります』とか言わないわよね?)」
それでも心配になった女神は、今度は妙齢の女性に姿を変えて人間の世界に降り立ったのだが、レザが暮らしている家の前には村人達が集まって人だかりができていた。
「レザ!勇者として旅に行くんだな!頑張れよ!」
「レザちゃん!体には気をつけてね!みんな応援してるから!」
女神の耳にはレザの背中を後押しする声が届き、それを聞いた彼女は少し安心した様子を見せた。
「(どうやらさすがに大丈夫みたいね。・・・って、ん?何してんのよレザは)」
群がっている村人の隙間からレザの様子を覗いていた女神の目には、何か紙を開く動作をしているレザの姿が写る。
「(あれは・・・手紙?)」
「このような手紙を読むのは恥ずかしいですが・・・。父さん、母さん。私の気持ちを聞いてください」
そしてレザは青空の下、物憂げな表情で手元にある手紙を読み始めた。
『父さん。母さん。私は2人の息子として生まれてきた幸せでした。
時に優しく、時に厳しく、高い教育を受けさせてくれ、温かい食事を食べさせてくれて。私はこのような何気ない日常を過ごすということはとても難しいことだと思います。
人間は他人に感謝を述べようとしても、その実、こう決意した時にはその人物とはもう簡単に会えないということの方が多いのが世の常。
しかし今回。私はこれだけの人々に見守られながら両親に対して感謝の気持ちを伝えられています。
これは父さんと母さんの息子としてこの世に生を受けたことと同等に非常に恵まれたことかと、私は考えています。
私はこれから勇者として危険な旅に出ます。しかし安心してください。
2人の子供であるという誇りを胸に、強く、生きていきます。レザより。』
このような手紙を読んだレザはしばし空を見上げ、そして隣にいた両親に向かって深々と頭を下げた。
レザの手紙を聞いた両親は揃って涙をぬぐい、さらに静かに耳を傾けていた村人達も拍手をしたり、大きな声で激励の言葉を叫んだりした。
こうして若き勇者は多くの人々に見守られながら、荷物が入った大きな袋を肩に掛けて旅に出たのだが・・・。
「(な、何て男よ・・・!)」
その様子をひっそりと見届けた女神も大粒の涙を流していた。
「(レザは、レザは・・・前世の頃の両親に向けてもあの手紙を読んだというの!?)」
そう。
何故だかついでに泣いている女神のこの考え通り、レザは早くして逝去した前世の両親に対しても、先ほど読んだ手紙に書かれていた言葉を送ったのだ。
レザの前世は真留村富士夫という男。
彼は厳しい労働環境の不動産会社に勤めていたのだが、多忙が故に両親の最期を見届けることはできなかった。
それは真留村富士夫という人物にとって心の中にずっと残り続けている『しこり』となってしまっており、どこかで感謝の気持ちを伝えなければと思っていたのだ。
このような背景もあって今回、幸か不幸かレザとなって転生した彼は、不動産営業マンであった真留村富士夫の頃の後悔を少しでも晴らすべく。
「この機会に、2組の両親に想いを伝えたいですね」という気持ちで文章を書いた。
手紙を読み終えた後にレザは澄み渡った青空を見上げたのだが、それはまさに前世での両親にもこの言葉が届いて欲しいという、その心の内が行動となって表れたものだとも言える。
そしてその気持ちを察した女神は。
「ええ!大丈夫よ!貴方の気持ちは必ず届いているはずよ!何よ!泣かせるじゃない!天界に戻ったら他の女神達にも話すわこの感動話!」
脇目も振らず大声でこう泣き叫んでいた。
「あ、あの・・・。そう言えばこの女性は誰ですか?この村では見慣れない方ですけど・・・」
「どうしてあんなに大声で泣いてるんだ?もう膝から崩れ落ちて顔を覆っているじゃないか・・・。レザの両親ですら引いてるぞ・・・」
「ねえお母さん、あのお姉ちゃんなんであそこまで泣いてるの?」
「しっ!あんまりじっと見ちゃいけません!」
「もしかしてレザちゃんからフラれた経験でもあったのかしら・・・。あの子、あまり色恋沙汰には興味なかったみたいだし・・・」
こうして女神は、村人達から冷たい視線を浴びたり勘違いの同情から来る誤解をされたりした後、土産話を手に意気揚々と天界へと帰って行った。