第2章 第10話 吾輩の話を聞いてくれ
「ワタシはこの異世界に来てまでみんなからの期待を裏切りたくないのよ!ただ、ただそれだけなのに・・・!」
カウィズは大粒の涙をこぼす。
「お前も・・・転生した者だったのか・・・」
「・・・」
そして彼女の独白を聞いたゴヴァは驚いたような声を上げるが、レザはしんと黙り込む。
「だからここでゴヴァ!お前を殺す!そしてワタシはみんなの期待に応えるのよ!!」
彼女の話を聞いて思わず呆然としてしまっていたゴヴァには隙があった。そしてそれを見逃さないカウィズは手に魔力を込める。
「この城がそんなに大切ならここで死ね!」
そして渾身の氷魔法を発動させ、水色に輝く掌からそれを魔王に放った。
これは幼いころからカウィズが培ってきた魔法の集大成。
普通この魔法を食らってしまえば、体は瞬時に凍りつき、凍死してしまうはず。現に彼女はまだ人間と魔族が戦争をしていたころ、これを使いこなして多くの魔族を倒してきた。
のだが。
「!?な、何で!?」
「・・・いけませんね、カウィズ様。こちらはまだ魔王様側の主張を聞いておりません。先に手を出すのはご法度ですよ」
魔王の前に滑り込んできた勇者レザが、片手でそれをあっさりと受け止めた。
「先ほど申し上げたはずです。ここは一旦冷静に、です。それに論点がズレていますよ。今回の議論の争点は、この『赤い城』をあなたが占拠していることですから」
レザの周りには強い冷気が漂っているがノーダメージ。体は全く凍っていないし傷もついていない。
「そ、そんな!最強レベルの氷魔法だったのに!」
「まあ気を落とすな魔法使いのおなご・・・いや、カウィズ。この勇者、変な奴であるが強い男だ。そんな攻撃では倒れないよ」
するとゴヴァはカウィズの方に歩み寄り、口を開く。
「カウィズ。勇者の言う通り、こちらの怒りの理由はここにお前が勝手に居座っていることだ。吾輩のことを倒したい云々というのは今は関係ない」
そして足を止めたゴヴァ。彼はカウィズのことをじっと見つめながらこう続ける。
「しかし事情は分かった。・・・自身にまつわる記憶を奪ったことに負い目を感じて故郷に帰りづらいのであれば決心がつくまでここをお前に貸しておいてやる」
「な、何を言ってるの!ワタシはここでお前を殺すのよ!」
さすがにそれはカウィズにとって到底予想だにしなかった言葉。これを聞いた彼女は再び手に魔力・・・次は炎系のそれを放つ準備をするが、ゴヴァは動じない。
「おい勇者!お前、賃貸借契約書は作れるのか!」
するとゴヴァはカウィズのことを見ながら、後ろにいるレザに突然こう尋ねる。
「ええ。基本は売買しかやってこなかった男ですが、一度だけ賃貸の仲介契約を経験したことがあります。それに私は宅建の資格を持っているのでご安心を」
「それは頼もしいな。さすが勇者だ」
ゴヴァやレザの発する言葉の意味を飲み込めないカウィズ。しかしそれでも彼女は、今度は勇者に向かって叫んだ。
「ゆ、勇者レザ!アナタは魔王を倒す存在なのよ!どうしてそんなに魔王の肩を持つわけ!?殺しなさいよ!目の前にいる魔王を・・・早く殺しなさいよ!八つ裂きにして!息の根を止めて!それが・・・それが勇者の仕事じゃないの!?」
『赤い城』にはこんな金切り声だけが虚しく響く。しかしレザはそれに答えず、じっと彼女のことを見つめるだけ。
そして勇者も自分の味方をしてくれないと察し、その場に崩れ落ちて膝をついた彼女は。
「・・・ここは異世界なのよ・・・。ここでは前世と違う人生を・・・」
と力なく呟いた。
「カウィズ。安心しろ・・・とは言い切れないが。お前に吾輩自身のことを話してやろう」
全てを諦めたカウィズの鼻をすする音が響く中、ゴヴァはカウィズの目前にしゃがみ込み、ある話をし始めた。
「昔、日本という国に火土山北彦という男がいた」
そしてゴヴァは続ける。
その男は親から虐待を受け、見捨てられながら懸命に勉強して大学に入学できたこと。
しかしキャンパスライフに馴染めず、引きこもりになってしまったこと。
そんなある日、道路に飛び出した犬を庇って車に轢かれて命を落としたこと。
すると死後、何の因果か魔王の息子として転生したこと。
「え・・・?ま、魔王も・・・?転生した存在だったの・・・?」
「そうだ。だから続きの話を聞け」
顔を上げたカウィズのことを見ながら、さらに彼は語る。
父の死後、新魔王として即位したものの本当はその優しい性格から戦争を止めたかったこと。
だがそれを果たす勇気が湧かず、遂には妻に逃げられたこと。
そんな時に現れた風変りな勇者が、自分のことを見つめ直すチャンスをくれたこと。
そして気づけば魔族と人間との和平を達成できたこと。
「吾輩だって魔王に転生しても、その中身というのは引きこもってた大学生時代と大して変わらん。しかし、それでもこの世界で生きていかねばならぬのだ。時に前世での経験を活かし、時に前世とは決別して前を向くことが大事だと吾輩は感じているぞ」
するとこれまでの話を聞いていたレザもゴヴァに続き、カウィズに対して優しく声をかける。
「カウィズ様の周りにいらっしゃる方々は、この平和になった世界で共に生きたいと考えていたのではないでしょうか?『期待を裏切っている』だなんて考えないでください。そんなに自分を追い込まないでください」
こう言い終わった後レザは静かに頭を下げた。
「お話を伺って思い出しました。昨年、カウィズ様から仲間にして欲しいという要望を無視してしまい、大変申し訳ございませんでした。お誘いを受けた際、言葉を交わしてお気持ちを聞くべきだったと反省しております」
「それにカウィズ。吾輩を殺したところでまた魔族と人間の争いが再開するだけだ。それでこちらの世界の両親は喜ぶのか?違うのではないか?」
心からのレザの謝罪に続いて、ゴヴァもカウィズのことを諭す。
「でも、でもワタシ・・・じゃあこれからどうやって・・・」
それでも。それではこの先、自分はどうすれば良いのか。
目標を失い混乱している彼女が顔ぐしゃぐしゃにして床に膝をついたままこう言った直後。
「ん?え!?シ、シルヴェ!?」
3人がいた部屋の扉がガチャリと開かれると、そこからここにいるはずのない魔王妃シルヴェが入ってきた。
「ど、どうしてお前が?」
その言葉を聞いた彼女は優しい笑みを浮かべながら「イーファに『何かあればわたくしを呼ぶように』と伝えておいて正解でしたわ」と答えた。
「あの子、『魔王様も勇者様もあの城から全然出てこないんです!どうすれば良いでしょうか!』と半泣きになりながら連絡を寄こしてきたので」
こう言いながら足を進めるシルヴェだが、レザはその言葉を聞いて満足するように頷く。
「さすがイーファ様ですね。困った時にすぐ上司に連絡できるのは社会人の鑑です」
そしてシルヴェもゴヴァと同じようにカウィズの方に近づきながらこう続ける。
「でもこの城が先代魔王様が建てたものでしたら、あの心優しい方ですから困っている者を拒むことは無いと信じて正解でしたね。わたくしが近づいたら簡単に入ることができまし、だからこの女の子のことも受け入れて中に入れたのでしょう」
「ア、アナタは・・・?」
「初めまして、可愛らしい魔法使いさん。わたくしはゴヴァの妻であるシルヴェと申します。魔法使いさんにはあるお願いをしに参りました」
するとその場に座り込んだシルヴェはカウィズの頬をそっと触れ、彼女にこう伝えた。
「お話、勝手に盗み聞きしてすみません。でもどうしてもこれを言いたくて。わたくし、大好きな夫を殺されるのはとても困りますわ。だけどその代わりとして。もしこれからお暇であれば魔王城で働きませんか?ちょうど人間を募集していたのです」
「・・・え?」
「わたくし達は人間と友好関係を築きたく思っております。だから人間の気持ちや価値観を教えて下さる侍従を探していたのです。返事はいつでもお待ちしておりますから」
シルヴェはこう言うと、カウィズの頬の涙をそっと拭った。




