第2章 第11話 収まるところに収まる
カウィズとの一件から数日後。
「で、しばらくしてカウィズは故郷の村に戻り、村人達に自身にまつわる記憶を戻したそうだ。もちろん周りに謝罪したそうだがやはり住人は優しく受け入れたらしいぞ」
「まるほど。気になっていましたが落ち着くところに落ち着いてよかったです」
天気の良いある日。開けた窓からは心地いい風が部屋の中に入り、カーテンを優しく揺らす。
「そしてカウィズはそれから魔王城に来てな。今は侍従としての仕事と共に、魔王城の魔族達に人間の考えや生態、接し方をレクチャーする役割を担っておる」
「それはよかったですね。今の時代は色々と人手不足だと聞きますから。採用側も大変なんですよ」
「それは前世のころの話だろう?」
魔王ゴヴァと勇者レザがいるのは魔王城の一室。そこで2人は茶を飲みながら話をしていた。
「それであの『赤い城』はどうなったんですか?貸す話は取り消しになったんでしょう?」
「ああ。結局カウィズはあそこから出てくれたのは助かった。そして別荘として使えることにはなったんだが……」
「?別に何か問題でも?」
不満げな顔を見せるゴヴァは遠くの方を見つめながら「それがな……」と続ける。
「カウィズがお前を捕らえていた部屋のデザインをシルヴェが気に入ってしまってな。あのピンク色の装飾だ。今はあの城、中はすっかりピンクの装いだよ。もうすぐ全面ピンクリノベーションが終わる予定だ」
「ああ。それはそれはお気の毒に……。とてつもない派手さでしたもんね……」
あの部屋の装飾を思い出して鳥肌が立ったレザは、さすがにそれに同情し、肩を落としているゴヴァにこう声を掛ける。しかし魔王はすぐ少し姿勢を正すと、ここからが本題だとばかりにこう質問を投げかけた。
「それで勇者。お前はあのカウィズが吾輩達と同様に転生者ということを知っていたのか?他の魔族から聞いたが、どうもあの魔法使いのことをコソコソと探していたようじゃないか」
飲み物を口に運びながら、最高の気候もあってかどこか気が抜けたような雰囲気を醸し出しているレザ。そんな勇者を見ているゴヴァの表情は、先ほどまでとは異なって少し厳しいものとなっている。
確かにレザはカウィズのことをずっと探していた。
それは女神から課せられたミッションの一つで『平和になった世界においてなおも、魔王を倒さなければならないと考えている他の転生者を止めてくれ』というもの。
これまで勇者が彼女のことを探しても見つからなったのは当のカウィズが故郷の村人が持つ、自身にまつわる記憶を奪っていたからだ。
レザは先日のカウィズの独白で「通りで見つからないはずだ」と肩をすくめていた。
「いいえ?私はカウィズ様のことなんか探していませんよ?」
しかし自身のことをじっと見つめているゴヴァに対し、それでも勇者はしらを切る。
カウィズが魔王を倒すという行動に移す前に見つけることができ、そして考えを変えることができて彼は大いに胸をなでおろしている。
「それに魔王様、転生者は『吾輩達』じゃなくて『吾輩』だけでしょう?私はこの世界で生まれ育った者ですよ」
「またお前はそんな嘘を。いい加減、素性を明かせよ」
それでもレザは、秘密裏にカウィズを探していたことも自身が転生者であるということも、未だハッキリと語るつもりはない。
ただしそれはゴヴァに心を開いていないというわけではない。むしろお互いを守るためにやっていることだ。
レザは前世で不動産の営業マンとして働いていたころ、ある同僚社員ととても仲良くなった。彼とは生い立ちから最近気になっている異性のことまで腹を割って話し合えるほどの仲になり、仕事が終わればいつも飲みに行くほどだったのだ。
しかしその社員、実はレザ以外の周囲の人間とは複数の金銭トラブルを抱えており、ある日突然会社を辞めた。
社会人になってから一番の、そして唯一の友人とも言える同僚社員を失った当時のレザ(というより、前世・真留村富士夫)はそれからかなり落ち込んで業務にも支障が出るようになってしまった。
そのため彼はその経験以降、たとえ同じ目標に向かっている者であっても必要以上に身の上話をすることは控えるようにしたのだ。
仕事に集中するには職場に私情を持ち込まない。やっぱりレザはどこまでも、営業マンだと言える。
「まあそれはいいとして。それよりもカウィズのことはどうするつもりだ?」
「はて?『どうするつもりだ』とは?」
きょとんとしているレザに対し、テーブルに片肘をついたゴヴァは呆れたような声で続ける。
「あのおなご、お前に気があるんじゃないか?今日もお前が来ると聞いて朝からずっとソワソワしてたぞ」
露骨に眉をひそめるゴヴァ。だがそれにレザは首を傾げるだけ。
魔法使いのカウィズ。
彼女は『赤い城』での一件によって、こちらの世界に転生してからもまとわりついていた『周囲からの期待に応えなければいけない』という呪縛からは解き放たれた。
つまり転生直後からかけられてきた期待である『魔王を倒して勇者の妻となる』という目的はもう忘れても構わないはずなのだが……。
「カウィズ、実は扉の外でこの話をずっと聞いてたぞ。というか気づけば部屋の中に入ってきてるぞ。……ここ、吾輩のプライベート用の部屋なのに」
「……え」
その言葉を聞いたレザは恐る恐る扉の方に目を向けると。
「……」
ゴヴァの言葉通り、ピンク色の長いストレート髪が輝くカウィズがそこに立っていた。今の彼女は以前着用していたローブではなく、フォーマルなスカートスーツ姿となっている。
「……カウィズ様、お久しぶりです」
しかしカウィズは口を開かない。じっとじっとレザのことを見つめ、そして……。
「レ、レザさん……」
「はい?」
「こ……こ、この前の責任を取ってよね!」
「は?責任?」
いきなり自分のもとに駆け寄ってきてこう告げてきたカウィズに、レザは「さっぱり。本当に何のことだか」と言いながら首を横に振る。
「ワタシを膝の上なんかに乗せて!あんなに密着して!い、今まで男性に触れたことなんてなかったのに!前世でも今世でも貞操を守ってきたのに!」
そしてレザはあの時のことを思い出す。
確かにそういうことはあった。しかし、しかしあれはそもそも……。
「そ、そちらが私のことを拘束したからあんなことになったんじゃないですか!そもそもこちらはイスに縛りつけられてたんですよ!被害者ですよ!」
「言い訳をするな!男は獣っていうのは本当なのね!だから責任取ってよ!きっとワタシのことも好きになったんだろうし!」
「何をどうしたらあの状況で私がそちらのことを好きになると思ったんですか!?体を密着させて目をハートマークにさせてたのはカウィズ様の方でしょう!?」
「やかましい!性を司る化物!」
「ひどい二つ名がつけられている!?」
レザ……いや真留村富士夫と同じように、カウィズ……いや錐川穂那美も恋愛経験は全くの皆無。彼女は医学部を目指すため、馬鹿真面目にずっとずっと勉強に明け暮れていたからだ。
一応それなりに異性に関心はあったものの勇気を出せず、しかし恋愛に関心はある。浪人中に同級生達が結婚もしていく中、その知らせを聞いて受験勉強の息抜きに自分も色々な妄想に明け暮れたこともある。
その結果として彼女はえっと、あの。凄く……変な方向にこじらせてしまっている。
「こ、こうなったら仕方ない。レザさんはワタシのことを誘惑した罪として、交際をするしか道はないわね……!」
怒っているのか興奮しているのかよく分からない状態で、鼻息荒くレザに迫るカウィズ。彼は懸命に「お、落ち着いてください!」と制し叫ぶ。
「むしろあの時、積極的に身の上話を話して優しくしたのは魔王様の方でしょう!?ま、魔王様の方はどうなのですか!?」
「魔王さんのお顔はちょっと。厳つすぎるので」
「まあ吾輩にはシルヴェがいるんだがそうストレートに言われると傷つくぞ。オイ」
「わ、私にはまだ仕事が……!まだ見つかってない転生者のことが……!」
「ん?何か言ったか、勇者?」
迫りくるカウィズのことをどうにか止めながらレザが呟いたその言葉にゴヴァは反応する。
しかし余計な面倒事を増やしたくないレザは一気にカウィズのことを自分から(あくまでも優しく)離すと、足早に部屋を出る。
「いえ何も!さて、じゃあ私はこれで帰らせていただきます!別荘はリノベーションが終わりましたら中を拝見させてください!何か問題点がありましたら経験を活かしてきちんとお伝えしますからね!」
こうゴヴァに伝え、颯爽と去るレザ。
「せっかく見つけた男……。このまま取り逃がしてたまるか……!」
そしてカウィズはその可憐な見た目とは正反対の物騒な言い方をしながら、去り行く勇者の後ろ姿を見つめていたのであった。




