第2章 第2話 マルチタスクは避けたい勇者
「おい勇者。吾輩達の相談に乗ってくれ。実は別荘が欲しくてだな」
「・・・すみません。その手の話題は封印した過去の記憶を呼び戻すことになりそうですのでお断りいたします。さようなら」
「ちょっとまて勇者。今はまだ吾輩達夫婦のアフターフォロー期間なのだろう?少し前にお前が『今後、何かの時のためにこれを使いましょう』とわざわざ契約書まで交わしたではないか」
「・・・不覚っ!」
久しぶりに魔王城へと招待された勇者レザ。そんな彼の目の前にあるのは豪華な食事であり、対面に座っているのは魔王と魔王妃。
彼はこの食事を伴った会談の席で魔王ゴヴァが抱える相談を聞くことになったのだが、その内容を聞いて思わず拒否反応を起こしてしまった。
おまけにこの日の朝の夢に出てきた女神から、再び彼はある依頼を受けたのだ。
「(魔王様には申し訳ございませんが、早く他の転生者を見つけないといけませんね・・・)」
ようやくもたらされたこの世界の平和を保つために。
◇
魔王ゴヴァ。彼は日本のある大学に在籍していた引きこもりが転生した存在。前世の名前は火土山北彦。
レザと同じく前世の記憶を持ったまま異世界での新たな人生を歩むゴヴァだが、彼も前世とは180度異なる生涯を歩んでいた。
「勇者。吾輩は以前、部下のゴブリンから聞いたのだ。どうやらお前は『これまで投資用不動産は避けてきたんですよ』とか何とか言ってたらしいな。それでは・・・投資用ではない不動産は詳しいのだろう?」
目を光らせながらこう尋ねるゴヴァだが、そもそもレザは自身は別の世界からの転生者であるということをハッキリと明かしていない。
理由は様々あるのだが、その最たるものは自身の情報をあまり開示したくないというもの。これは前世の業務上の経験から培った考えなのだが、しかしゴヴァの方はそれに納得していない。
「勇者。そろそろ自らの過去を明かしても良いのだぞ?吾輩もお前のことを信頼しておるし」
「すみません魔王様。私は不動産のことなどまったく知りません。今回の件はお断り申し上げます」
身を乗り出した魔王からの言葉を聞いても、勇者レザはこう言い、ペコリと頭を下げるだけ。
「今回のお食事、自分が食べた分はきちんとお支払いさせていただきますので」
「お、おいちょっと待て勇者よ。もう少し吾輩達の言葉を聞いても・・・」
「ちなみに支払った分の領収書はいただけますでしょうか。どうも癖でしてあれが無いと落ち着かないのです」
「お前ふざけてるだろ。どこに領収書を欲しがる勇者がいるんだ」
「ふふふ。相変わらず面白い勇者さんですね」
そしてレザとゴヴァがそんな会話をしていると、魔王の隣に座っていた魔王妃シルヴェが笑みを浮かべる。
彼女はつい最近まで、夫であるゴヴァに愛想を尽かせて家出をしてしまっていた。しかしそれは勇者レザの尽力により解決し、今では夫婦仲睦まじく日常生活を送っているようだ。
「おいシルヴェ。やはりお前はいつも美しいな。そうだ!別荘に大きな衣裳部屋があれば良いな。ここにあるドレスのいくつかをあちらに移してだな・・・」
「あなた。わたくしの方をじっと見て話すのは良いですが勇者さんはもう出て行ってしまわれましたよ?」
「な、何!くそっレザめ!吾輩がシルヴェの笑顔に弱いことを知って、その隙を突いたのか!やはり策士だな!」
「いいえ。あなたがアホなだけだと思いますよ?」
勇者レザは他の転生者を探さなければならない。そして「この異世界まで来てマルチタスクなんて御免だ」と言わんばかりに、魔王がよそ見した瞬間に全速力で魔王城から逃げて行ったのだ。
「勇者・・・。どうも様子がおかしかったな・・・ふむ・・・」
◇
それから3日後。
「ふう。農作業は疲れますが心が洗われますね。やはり生き物は土を触ってこそ、です」
レザは人間と魔族の和平仲介を果たしたという功績を評価されたことによって譲渡された、膨大な土地の畑を耕していた。
「こちらの両親とは離れて暮らすことになりましたが自立は大事ですからね」
勇者レザは現在、生まれ育った王国の少し田舎で日々の時間を過ごしている。
「都会の喧騒から離れ、ほどよい土地で静かに暮らす。すぐ近くに医療所や図書館もありますし、まさに最高の環境ですね」
まだ昼前にもかかわらず「良い汗をかきました」と額をぬぐうレザだが・・・。
「魔法使いのカウィズ、そして名前も分からない男。さすがに見つかりませんね・・・特に後者はかなり難しい」
レザはここまで様々なネットワークを用いて転生者を探していたのだが見つけることができていない。
人間だけでなく顔見知りの魔族達にも協力を仰いでいるのだが「そんな名前の魔法使いは見つからない」という回答ばかりだ。
「人探しのアプローチの仕方を変えた方が良いのでしょうか?」
こうして彼は畑の真ん中で腕組みをしながら、地面に目を向けて考え事をしていたのだが。
「ん?何でしょうかこれは?」
視線の先にあるのは新聞の紙面。作業をしているうちにどこからか飛んできてしまったであろうか、今になって見つけたそれを、レザは手に取ってマジマジを見つめる。
するとその大見出しに書いてあったのは。
『勇者レザ、魔王城における魔王との会食にて暴飲暴食に明け暮れる』
「・・・は?」
ポカンとした表情のレザは、さらにその続きに目を走らせる。
『自身の重要な話を聞いてもらえずにその立場を無下にされた魔王は、涙を流しながらレザに料理を取られた空っぽの皿を舐めた。この話を聞いた街の住人達は「何て酷い勇者だ」「そんな人間だとは思わなかった」「魔王さんはとっても可哀想だと思います」というような意見が多く・・・』
さらにそれに続く文章をひとしきりそれを読んだ勇者はその紙面をくしゃくしゃと丸めた後、遠くを見つめながらこう呟いた。
「・・・あの魔王め。こういう手を取ってきましたか」