第2章 第3話 魔王様からの相談
「おう。やはり来たか勇者。さあこの前の話の続きを……って、え?何か顔怖くない?」
「魔王様。まずは私に右頬を向けてください。思い切り殴打させていただきます」
「あー……。す、すまなかった勇者。しかしああでもしないとお前は来てくれてないと思ってだな!」
大股で魔王ゴヴァのところに近づく勇者レザ。珍しくその目には怒りの炎が燃え上がっている。
「『勇者レザ、魔王城における魔王との会食にて暴飲暴食に明け暮れる。話を聞いてもらえずに無下にされた魔王は、涙を流しながら空っぽの皿を舐めた』なんていう噂話を流されたらそりゃ怒るでしょう!新聞には街の人々の意見も載っていましたし!」
「い、いやだって!この前、勇者勝手に帰っちゃったし!こっちの話を聞いてくれなかったし!こうするしかなかったのだ!」
「……こっちは不動産会社で働いていた時、SNSや検索先で悪い口コミを書かれてないかいつもビクビクしてたんですよ。あの感覚をまた味わうだなんて……」
「あ、ヤバい!どうやら前世の地雷を踏んじゃったみたい!今本気で殴られたら吾輩負けちゃう!吾輩負けちゃうって!シルヴェ、助けてくれ!」
しばらくの静寂の後。魔王城では鈍い殴打の音と魔王の耳をつんざくような叫び声が轟いた。
そしてその様子を隣で見ていた魔王妃シルヴェ。彼女は呆れたような表情を浮かべてしまう。
「これは夫のせいだから仕方ありませんね。あれほど『嘘の噂を流すだなんていけませんよ』と念を押しておいたのに……」
それからさらに数回勇者の鉄槌を受けて顔中を腫らせたゴヴァは、さすがに土下座をして床に額をこすりつける。
「本当に申し訳ございませんでした、勇者様。心よりお詫び申し上げます」
「まったく魔王様は……。なんて無茶苦茶な噂話を作り上げてるんですか、本当に!」
今回、初めて長きにわたる勇者としての鍛錬の結果を見せたレザ。だが何かを諦めたような顔で彼はイスに座って口を開いた。
「まあ仕方がありませんから魔王様のお話を伺いましょう。別荘についてのご相談についてです」
この言葉に魔王妃シルヴェは「本当にすみません。うちの夫が……」と申し訳なさそうにレザに声をかけた。
◇◇◇
「なるほど。この世界には人間嫌いで有名だった先代魔王が遺した建築物がいくつかあり、その中の一つを別荘として使いたいと」
レザは出された飲み物を口に運びながら語る。
「しかし魔王様。それだったらわざわざ私に相談する必要はありますか?そちらの親御さんが建てた物であれば勝手に使えばよろしいでしょう」
彼はコップをテーブルに置き、自らの気持ちを正直に述べた。
「まあ話を聞いてくれ勇者。確かにそれらは吾輩が勝手に使って構わないのであるが、目をつけている物件には誰か知らない人間が居座ってしまっているらしい」
それからゴヴァは語る。
彼が目をつけている建物──それは魔王城に勝るとも劣らない『城』と呼べる立派な物で、1年前にシルヴェが逃げ込んだ小屋がある草原にあるらしい。
さらにそれは強力な魔力によって秘匿されて実体は見えないようにされ続けていたものであるのだが、先日ようやく魔王の配下である魔族が存在を確認したというのだ。
「一報を聞いた際、もちろん吾輩は喜んださ。父の遺物というのは死後何十年も経過しているのに未だその全部が見つかっておらぬ。どうやらいくつかのものは強力な魔力によって隠されていて、これを探すのも一苦労なのだ」
ゴヴァによると先代魔王は重い病気によって自身が20歳の時に亡くなってしまった。虐待をしていた前世の親に比べれば何倍もマシだったが、それでも厳格で怖い存在だったという。
「まあ相続って大変ですものね」
「ここでは登記という仕組みがないだけマシだ、勇者」
聞き慣れぬ単語が出てきてキョトンとした顔を浮かべるシルヴェを横目に、レザとゴヴァは話を進める。
「それで先月、部下の魔族達がそこへと調査に行ったのだが……」
長きにわたりその存在が隠れていた建物に近づくと、どうも魔王家とは異なる魔力を感じたらしい。近づこうとするほどそれは強くなったのだが、分析するとどうやら魔族の接近を拒む魔法だったということが判明したのだ。
「それでもそれを強引に突破し、部下達は建物のすぐそばまで進めた。しかし中には入れず……。それでもこちらだってと様々な策を講じて抵抗すると、何とかその魔法を展開している者とコンタクトは取れたらしいのだ」
するとゴヴァは「ここからか本題だ」と身を乗り出した。
「その者は人間の魔法使い、しかも若いおなごだった。そしてある主張の一点張りだったらしいのだ」
「ある主張の一点張り?」
レザはゴヴァが放った言葉をそっくりそのまま聞き返す。
「そうだ。その主張とは……『勇者レザに会わせて欲しい』とな。だから吾輩はお前にずっと話を聞いて欲しかったんだよ。分かったか?」
瞬間。レザは目を見開き、ゴヴァに顔を近づける。
まさか。その魔法使いというのは。
「そちらの魔法使い。名前は分かりますか?」
表情を一変させ、自らと同じく身を乗り出して尋ねてきたレザに対し、ゴヴァは静かにこう答えた。
「ああ。名前は聞いた。どうやら自分のことは『魔法使いのカウィズ』って言ってたようだぞ」




