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転生した勇者は、どこまでも営業マンだった  作者: 鶴嶌大晩
第1章 魔王様の夫婦問題
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第12話 夫婦の仲介は難しい

 魔王妃シルヴェの心身は限界だった。


 魔族軍の伝説と称された戦士の娘である彼女のだが、一番の願いは平穏な時間を過ごすこと。


 ところが……。


 目を覆いたくなるほどの酷い争いの現場を幼い頃から見せられ。

 想像したくもない血みどろの戦いの話を幾度となく聞かされ。

 凄惨な人間や魔族の死体を目にすることがあった。


 シルヴェは「もう人間との争いは止めるべきです」と何度も父親に訴えたのだが、その度に彼女は殴られた。


「この世界は魔族のものにするのだ」

「人間など皆殺ししてしまえばいいのだ」


 そもそも彼女はここまで両者がいがみ合う理由が到底理解ができない。まだ子供だった頃、森で迷ったところを心優しい人間の夫婦に助けられた経験もある。その際に食事や飲み物を与えられたこともある。


 だから人間に対して強い敵対心を抱く父親達の気持ちが、どうしても分からなかった。


 しかし彼女に大きなチャンスが訪れる。それは先代魔王の息子であるゴヴァの妃に選ばれたことだ。


「わたくしが権力の座に就ければ、今の状況を変えることができる」


 こう考えたシルヴェは何度かゴヴァに戦争を終わらせる提言をした。しかし流れは変わることなく、それどころか魔王として即位したゴヴァは争いを悪化させてしまう。


 もう一度言おう。彼女の一番の願いは平穏な暮らしを過ごすことだ。


 さらにゴヴァの妃となって以降は、夫と共に人間と魔族が協力して生きられる社会を構築したいとも思うようになった。


 両者は決して恋愛結婚ではない。しかし彼女はゴヴァのことを心から愛していたのだ。


 それに彼の話をいくつか聞いて「もしかしてゴヴァの前世は人間なのかもしれない」という仮説を密かに立てていた。


 しかしシルヴェはどうしてもゴヴァを止めることができなかった。魔族軍の間でも「もう争いを止めたい」という声が増えていることも彼女のプレッシャーとなっていった。


 そして決定打となったのは誕生日の件。ゴヴァがプレゼントとして、人間に懐いていたグリフォンを無理やり生け捕りにして渡してきたのだ。


 これによって彼女の心はとうとう壊れてしまい、同時に肉体も変化を遂げる。


 だがシルヴェは愛するゴヴァにこの醜い姿を見せたくなかった。だから彼女は城を飛び出し、この誰もいない草原へと辿り着いたのである。


◇◇◇


 シルヴェは雄たけびを上げ、草原を焼け尽くすほどの炎を口から放つ。


 さらには背中から生えている腕を掲げることでそれまでの青空は一変、灰色の雲が広がり雷鳴が轟くような景色に様変わりしてしまった。


「わ、悪かった!シルヴェ!ただ君が、何に怒っているのか吾輩は分からないのだ!吾輩はどうすればいい!どうすれば君が認めてくれるような魔族の王になれるのだ!」


 魔王の悲しき叫びが草原に響く。しかしそれが妻に届くことはない。


 ……しかし。


「『夫婦喧嘩は犬も食わない』と言いますが……。私はそれを乗り越えて食い物にできたという経験もありますので……」


 崩壊した小屋の残骸の中からボロボロになった勇者レザがようやくその姿を現した。


 レザは頭から血を流しており、どうやら手足にも怪我を負っている。それでも彼は魔王と魔王妃のために、彼は動く。


「私が生前、最後に担当したお客様。念願のマイホームを購入したがっていた若い夫婦ですが、彼らは途中で夫婦喧嘩をしてしまいました……」


 するとレザは「だけど私は……」と口にしながら魔王妃の方へと近づいて行く。


「私はプライベートのことだと分かっていながらも、血反吐を吐くような思いをしてまでその夫婦の仲を取り持つ努力をしました。恥ずかしい思い、情けない思い、そのようなことも味わってまで!」


 まるで怪物のようになってしまっている魔王妃は、自身に迫る勇者の方を睨む。


 ただレザも怯むことなく大声でこう叫んだ。


「しかしそれは何もその夫婦を助けたいとかいう正義感によって動いたわけではありません!私が願っていたのは……契約直前まで行って、後もう少しのところまで来ていた目の前の仲介手数料を失いたくないと思ったからです!」


 そして彼は魔王妃シルヴェに向かって「それは今も同じ!ここまで来て、あと一歩のところで、目的である争いを止められる最大の切り札を失うわけにはいかない!」と続ける。


「魔王妃シルヴェ!貴方は人間と魔族との争いを止めたいと思っているだろう!しかしそれを一番の味方である夫であるゴヴァが察してくれなかった!それに憤りを感じている!違うか!?」


「シルヴェ……。そ、そうだったのか?」


「貴方は魔王ゴヴァが人間から転生した存在だということも、本当は心優しい男だということも分かっていたのだろう!」


 レザはこちらのことをじっと見つめるシルヴェに向かい、最後にこう告げた。


「しかしゴヴァはそれに気づかず、貴方の想いにも気づかず……。争いを続けて人も魔族も傷つけ続けてきたことが許せなかったのでしょう?でも大丈夫です。魔王様は必ず変われます。さあ共に平和のために動きましょう」


 そしてその言葉を聞いた魔王ゴヴァは地面に力なく座り込んでしまう。


「申し訳なかったシルヴェ……。吾輩は怖かったんだ。せっかくこちらの世界では自分を認めてくれる者に多く出会えたのに、君と結婚できたのに、それを失うことが……。でも吾輩は……いや『僕』は……もう争いなんてしたくない……」


 涙ながらにこう本心を漏らした魔王。


 すると翼をはためかせながら咆哮を上げ、青々とした草原を破壊していた魔王妃は、段々とその姿を変えていく。


「大丈夫ですよ、わたくしはあなたの全てを愛しています。これから魔王城に戻り、魔族と人間との醜い争いを止めるように一緒に働きかけましょう」


 気づけば勇者と魔王の目の前には……魔王がいたあの大きな部屋に飾られていた絵画とそっくりで、夕日によって神々しく照らされた美しい魔族の女性が立っていたのだ。

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