わたくし、死ぬなら老衰がいいんですの
今日も今日とて、第三王子の婚約者、エリューシス・スカルタスは、逃げ回っていた。
戦場から帰還して以降、婚約者からのスキンシップ、もとい、アプローチが激化したからだ。
真っ赤な顔をしてシリウスから逃げ回るエリューシスに、メイドや侍女、シリウスの側近までもが生温かい目を向ける。
そんな中――
国王から名指しの登城命令に、スカルタス一家は「ついにか…」と、全員腹を決めたような顔をした。
「なんか作画が違いますわお父様」
「訳の分からん事を言ってないでお前は黙ってなさい。」
父…スカルタス当主 アンデルセン・スカルタスは、ぴしゃりと長女の言葉を跳ねのける。
「どっちだと思う?」
「結婚でなければ困るわ!」
「でも姉上、相当やらかしてるでしょ」
長男 エドワードの冷静な一言。
痛烈なアタリに、母 オーレリアは頭痛を思い出したように、眉間を揉みこんだ。
「むしろ、破棄なら、逆に使者を送るだけで済む話でしょう。」
「わ~!お姉さまのけっこん!わたくしうれしいわ!」
はしゃぐ幼い末っ子に、エドワードは「お姉さまが普通の令嬢だったら、僕も喜んでいるんだけどね~」と遠い目をしている。
極大魔法の使い手で、戦乙女で、婚約者とのお茶会は三十分で終わらせてて、父親の許可をもぎ取って、戦場にいってしまう氷の魔女。
エドワードは頭を抱えた。我が姉ながら、いろいろと濃すぎる。
婚約破棄か、結婚か…当の本人は「ふーん」程度なものだった。内心は分からないが、態度としてはそっけない。シリウスへの愛があるのかないのか、家族でも測りかねていた。
「どちらにせよ、書状の内容がこれだけでは、行ってみなければわからない話ですわ」
きっぱり言うエリューシスに、アンデルセンの重たいため息が漏れる。
「お前の思い切りの良さは、いったい誰に似たんだ…」
エドワード同様、頭を抱えるアンデルセンに、エリューシスは小首を傾げて「どちらかと言えば、お母さまでしょうか?」と言って部屋へ戻っていった。
その背を見て、父、母、長男は顔を見合わせる。
「憑き物が落ちたようね」
「出征前の姉上の、気の張りつめようったらなかったからな」
見てられなかった、と当時の姉を思い出し、肩をすくめる。
「あの時ばかりは、殿下に殴り込みをかけるところだったわ」
事も無げに言う妻に、あの子にしてこの母あり、と血の強さにぞっと身を震わせたアンデルセンだった。
アンデルセンと共に登城すると、エリューシスはシリウスにエスコートされた。
アンデルセンは先に国王に謁見する、との事。別々に謁見するなんて、非効率的だわ、とどこか他人事のように内心でため息をつく。
「お前、今、非効率とか思わなかったか?」
「え゛?そんなことありませんわオホホホホホ」
急に心を読まれたエリューシスはごまかすように笑う。シリウスは半眼してエリューシスを見るが、そのまま歩き出した。
あきらかに父とは別のところへ行こうとするシリウスに、エリューシスは小首を傾げる。しかし、どこか緊張した様子のシリウスに、声をかけるのをやめた。
おとなしくエスコートされてやろうではないか。尊大な心持ちで、シリウスの隣を粛々と歩いた。
王城の四阿に通され、メイドがお茶を用意してくれるのを、ゆっくりと二人で待つ。
二人のお茶会といえば、すでにお茶すら入っている状態で開始されるものだった。
ゆったりとメイドがお茶を淹れるのを待つ、そんな真っ当なお茶会は、初めてのお茶会以来である。
シリウスはそんな些細な事にも感動していた。目の前に、エリューシスが30分以上座っている!記念すべきことである。――が、少々情けない感動なので、シリウスはすぐに思考を端へやった。
やがて香り高い紅茶が振舞われ、メイドは恭しく下がる。
夏の花が咲き誇る四阿は美しく、エリューシスは力を抜いて、その景色を目で楽しむ。
「少し暑いですか?」
炎の魔法師であるシリウスは熱さに耐性があるが、それでも夏の終わりの日差しは強い。エリューシスは一つ指を鳴らして、小さな氷華を空中に生み出した。
ゆらゆら揺れるソレは、まるでダンスをしているようで美しい。
夏の花と、氷華がアンバランスに咲き誇る。
エリューシスは、ふふ、と楽しそうにその二つの景色を楽しんだ。
その様子を見たシリウスは、自分の表情が緩んだのを自覚した。
「この庭園は美しいですね…素晴らしいです」
楽しそうにエリューシスの瞳が、花々を眺めていた。
「エル。」
名を呼ばれ、景色を映していた瞳が、シリウスをとらえた。
「エリューシス、俺と結婚して欲しい」
強い風が、花弁とエリューシスのドレスを揺らす。エリューシスは驚いた面持ちで、シリウスをじっと見つめた。
沈黙が続く。
「わたくし…」
エリューシスは再び閉口し、言葉を選ぶように目をつむった。
「どんな時でも、どこまででも、お前と一緒に生きるためなら、一緒に逃げてやる。」
シリウスの絞り出す言葉に、エリューシスは、ふふっとほほ笑んだ。
「――わたくし、死ぬなら老衰がいいんですの」
どこかで聞いた言葉だ。シリウスは目を見張る。
「あとね。しわくちゃになった貴方の手を握って、貴方を看取るまで生きたいと思います」
運命の呪縛はもう無いんだな、とシリウスはぼんやり感じた。
死ぬ事を怖がっていた少女は、もういない。
二人の胸元には、氷華のネックレスと、焔狼のタイピンが光っている。
このネックレスとタイピンを買った時から、少女は運命から脱していたのかもしれない。
強い風が、草花を揺らす。
二人はそっと抱きしめ合い、そして唇を重ねた。
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