断罪
「やあ、シリウス」
「久方ぶりです。ご健勝のほど、なにより」
「堅苦しい挨拶はいらないよ。…貴女が、エリューシス・スカルタス嬢ですね」
王太子に声をかけられ、慌ててカーテシーをとる。と言っても、カッターシャツに、パンツ、上は地の厚い軍服を着用しているため、やや不格好ではあった。
「お初にお目にかかります。スカルタス家が長女、エリューシス・スカルタスにございます」
「お~、我が弟の婚約者だ~。なるほど、なるほど。戦乙女と呼ばれている意味がわかるね~」
令嬢とは呼べぬ恰好を、指摘されているのだと理解しても、臆面も出さず「勿体ないお言葉にございます」と返答した。
「スカルタス嬢、頭を上げてくれ」
王太子にやんわりと告げられ、カーテシーを解く。
その様子に、王太子は、うんうんと頷いた。
「さて、あまり時間もないし、本題に入ろう。」
空気がひりつく。エリューシスは、胸元をぎゅっと握る。
聖女だけが、ニヤニヤと笑っていた。
「我が国の聖女様を冒涜した者がいると、聖女様本人より告発があった。」
「――っ」
「エリューシス・スカルタス嬢、君だとね」
エリューシスは思わず、ぎゅうと強く手を握りしめた。
「聖女様に氷の礫をぶつけ、シリウスにふさわしくない、と罵倒したようだね」
騎士団員達は、ざわりと揺れた。
「それも何度も。」
そんな馬鹿な、という声も上がる。
「最近だといつされたのだったかな?あぁ、そうだ。三週間前、とあるね」
「いや~戦場からわざわざ学園へ舞い戻って、いやがらせをして、また戦場にとんぼ返りだなんて、忙しい事するよね~」
第二王子のあっけらかんとした様子に、「ん?」と周りも首を傾げ始める。聖女すらも小首を傾げていた。
「しかも、極大魔法を習得した大魔法師の氷の礫なんて、当たったら即死だよね~!聖女様が頑丈で本当によかったよ~。ねえ、スカルタス嬢。普通の氷の礫、あの大岩にぶつけてみてくれない?全力じゃなくていいから」
「あ、あの?」
困惑するエリューシスに、シリウスも「第二王子たっての希望だ。やってやれよ」と、促す。
仕方なしに「えぇと、では、失礼します」と断りを入れ、氷の礫を一つ大岩へ放る。
軽い動作で行われたそれは、轟音と共に大岩を粉砕させた。
「さすが、姫…いえ、スカルタス様」
騎士団から拍手が起こる。
「えっぐ…これほどとは…。」
思わず第二王子の素が見える。すぐにまた軽薄そうに「ほら~、これ右腕に受けて、すぐに消えちゃった痣だけで済んだの、聖女様すごくね?」とのたまった。
なんだか微妙な雰囲気となった場に、辺境伯が苦笑しながら前に出る。
「恐れながら殿下。この辺境の地を治める者として、発言をお許しください。」
辺境伯の後ろには、騎士団長や、貴族らが続いた。
「発言を許そう。」
「ちょ、ちょっとリゲルっ」
「スカルタス嬢は、数か月前よりこの戦場へ出征なさってから、一度もこの地を離れておりません。」
臣下の礼を取りながら、きっぱりと告げる。
「ただの一度も?」
「はい。ただの一度も、です」
「う、うそよ!だって、この前学園の噴水のそばで、脅されたんだもん!シリウスにつきまとうなって!それに、こんなところにずっとオンナがいるわけないじゃない!」
憤る聖女に、今度は辺境伯領騎士団長と、王国騎士団長が進み出る。
「スカルタス嬢には、騎士を常にお付けしておりますし、この衆目ある戦場より離脱するのは無理があるかと…。また、毎朝、毎夕の軍議にも必ず出席をして頂いておりましたし、戦闘にも当然参加されております。それはここにいる全ての者が証言可能です。我が忠誠にかけて」
騎士団長、いやその場にいる騎士全員が、騎士の礼を取る。
自らの忠誠…つまり自分たちの命をもって証言するという事だ。証言が裏返った時には、王族への偽証罪として首が跳ねられる。
彼らは、自らの命をエリューシスに使うにふさわしい、と言ったも同然だった。
エリューシスの心臓が沸騰する。涙があふれ出しそうになるのをグッと堪えた。
埃だらけの手が、こんなにも誇らしいことはなかった。この信頼は、戦場にきたからこそ、勝ち得たものだったからだ。
「なによ!ユイの!聖女の言葉を信じないの!?あんたみたいな汚れたオッサンなんて、聖女冒涜罪で潰してやれるんだから!」
目を血走らせる聖女に、辺境伯は憐れみの目を向ける。
何も知らぬ少女に(実際は原作を読み込んでいるので、何も知らないわけではない)国の重責を背負わせてしまう大人の不甲斐なさに。
「失礼ながら聖女様、異世界よりこの地に来られ、急に国の聖女になれと言われ驚いたことでしょう。王族が常に付き添い、貴女様を誰もが敬った。年端もいかぬ貴女様に、この国の命運を握らせるのは、本当に心苦しい。」
いつかエリューシスを慈しんだように、辺境伯は聖女の事も案じる。
しかし、と続いた言葉は為政者のソレだった。
「しかしね、聖女様。貴女様が王族から受けた恩恵は、如何程だった?」
「なによなによなによ!!うるっさい!ねえリゲル!イプト!シリウス!このクソオヤジ早く殺してよ!ねえ!」
髪を振り乱し、唾をまき散らすその様子は、もはや聖女と呼べない醜態だった。
「光魔法の習得はどうなさいましたか?貴女様に差し伸べられた手に報いましたかな?血税を使い貴女様を支えた王族からの願いに、貴女様は、如何様にされましたか?王族は言ったはずです。貴女様に魔法の努力を強いる。その代わり、貴女様を国全体で支え、敬い、必ず、努力に、報いると。そう言っていたはずです。」
現実、聖女は光魔法の初級魔法すら、行使できない。
「…うるさいなぁ…あーもうモブの説教なんて聞きたくないの。あ~…なんで悪役令嬢がいないのかと思った。ねぇ、アンタ。」
鬱陶しそうに辺境伯の言葉も手を払う。
聖女はエリューシスに向き直った。
「アンタ、転生者でしょ。ねえ、『かがスカ』の世界楽しめたぁ?しにたくなーいって頑張っちゃったの?うざっ ヒロインのアタシ差し置いて、モブからチヤホヤされて最高だったでしょー?あのモブもエッチしてやったら味方になってくれたの?めっちゃビッチじゃん。きもーい」
軽く笑う聖女は、汚泥のようだった。
「あーあー、ストーリー変わってんじゃない!原作改変すんなよ!クソアンチ!!」
地面にある石を、エリューシスへ投げつける。
躱せる程度のモノだったが、シリウスが前に出て、あえて当たった。
「あーあーあー、これは傷害罪だな。それに不敬罪もだな。王族に石を投げつけるなんて、聖女でも許されねえ」
白々しい言葉に、聖女が目をむく。
「はぁ!?だって、シリウスが」
「黙れ。そもそも俺は、お前に敬称無く呼ばせる許可は出してねえ」
忌々しそうに、シリウスは舌打ちする。約半年分のストレスが飛び出した様子だった。
「シリウス?ね、ねぇどうしちゃったの?そこのクソ女に洗脳されちゃったの?」
「は――――――。」
シリウスの大きなため息に、聖女は怯える。
しかし、シリウスは優しい笑顔で、聖女に微笑みかける。
「し、しりうす」
聖女も期待を込めてシリウスを呼んだ。
シリウスは、聖女へと歩み寄り、さらに極上の笑みを深くする。
そして、
聖女の顔面を鷲掴みにした。
「二度と、俺の、女を、クソ女と呼ぶな。灰も残らねえ程燃やすぞ」
身が凍るような低い声。威圧を含んだそれを至近距離で浴び、聖女の体が震えだす。
「それに、俺が直々に接待してやってたんだ。そろそろ、その義務を果たしてもらわねぇと、わりに合わん。」
「せ、接待って…」
「接待に決まってんだろ。仕事だ、仕事。それをクソみたいにベタベタしやがって…」
「シリウス~お口が悪いよ~」
茶々を入れた第二王子に、盛大な舌打ちをする。
顔を掴んでいた手を離す。
エリューシスの隣まで戻ってきたシリウスを見上げる。あまりの出来事に、エリューシスは呆けてしまう。「おい、エル。」「はい」「仕事だったんだからな」「はい?」言いつのるシリウスが、ばつが悪そうにする。「浮気じゃねぇぞ」小さな声は、エリューシスにしか届かず、思わずエリューシスは吹き出した。
「ふふっ、あは!そ、そんな事思ってませんでしたわ」
「あークソっ、カッコ悪ぃ…」
エリューシスの顔には、笑顔が戻っていた。
屈辱と恐怖に震える聖女の肩に、王太子がポンと手置いた。
いや、逃げられないように掴んだ。
「エリューシス・スカルタス嬢はね、この度の功績を称え、王家から戦乙女の称号を与える事になったんだ」
柔和な笑みを更に深くする王太子に、聖女はなぜか恐怖を感じた。
美しい笑みなのに、どこか酷薄だ。
「戦乙女の称号は、聖女と並ぶ。」
「その称号を得る令嬢に、虚偽の告発。そして、先ほどの第三王子への不敬罪と傷害罪。あはっ」
優しかった二人の笑顔が怖い。
「立派な国賊だね」
掴まれた肩が、痛い。
「でっ!伝令――――っ!魔物の流出が止まりました。間もなくスタンピードが始まります!」
場を切り裂くような伝令。
「さぁ、聖女の出番だよ」
残酷な声が、響いた。
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