断罪のおわり
やや残酷表現があります。ご注意ください。
「夏季なので、冬季よりは威力は劣りますが、行使は可能です。極大魔法の準備を行います。」
雑念を振り払い、エリューシスは最前線で、魔力の練り上げを始める。
集中力を高め、周囲の魔力を感知し、身の内に取り込む。
大きく空気を吸い込み、そして冷たい息を吐いた。
「魔の森の周辺に氷の多重結界を組め。滅殺系は少なくていい」
「ちょっと、今言わないで下さい!」
シリウスからの土壇場での要求に、エリューシスは魔力と詠唱の変成を慌ててかける。構築していた魔力はそのまま、多重結界用の詠唱を始める。
「【天上より授かりし恵は我らを慈しむ絹糸よ 囲め――】」
エリューシスの周囲に可視化した魔力が舞う。青白い魔力が、ヴェールのように波打つ。
冷気が漂い始めた。
エリューシスの足元は氷が張り、霜柱が立つ。
楽団を指揮するような指先から、また魔力が立ち上っていった。
エリューシスの手足も、全てが冷え切っていく。自分の魔力が全て氷へと構築され、身の内から出ていく。
騎士達はあまりの寒さに、がちがちと身を震わせた。息が白く凍る。エリューシスには誰も近付けない。それ程までに強い寒気だった。
魔の森周辺に、オーロラが出現する。
真夏のオーロラに、誰もが息をのんだ。
「なんと美しい…」
空のカーテンから、巨大な氷剣が現れた。魔の森を取り囲むように、8本の剣がその切っ先を天へと向ける。
「神話の光景だ…」
騎士団員は、誰に言われるでもなく、剣を捧げる。
その最前線で、エリューシスが魔力を練り、操っていた。
「こんなのチートヒロインじゃん」聖女は悔しそうに歯噛みした。それを聞いたシリウスは、馬鹿にするように嗤った。
「これは、分かってた運命に抗った、エリューシスの泥臭い努力の結晶だ。」
言外にお前はどうだった、と言われたような気がして、聖女は顔を醜く歪める。悔しくて、憎くて、いますぐにでもあの背中を蹴りたいぐらいだった。
原作では、あの位置に立って、皆に祈りを捧げられながら極大魔法を使っていたのは、自分だったはず。
(うるさい…!うるさいうるさい!なんでヒロインのアタシがこんな思いしなきゃなんないの?!意味わかんない!意味わかんない!)
あの女の姿を見たくなくて、顔を下に背ける。純白のドレスが、やけに目についた。
シリウスは、反省した様子もない聖女に、なんの感慨も湧かない。
こういう手合いは、死んでも理解しない。
辺境伯の言葉も、自分の言葉も一切届かず、ただ他者のせいにするだけだ。
エリューシスが人生をかけて恐れた存在は、運命は、それ程の価値があっただろうか。
冷気のただなかにいるエリューシスへ近づき、そっとその背中に手を添える。
冷え切ったその体に、自分の魔力を送った。
**
じんわりと流れてくるアツいほどの魔力に、心地よさを感じた。
(魔力が心地いいってこういう感覚なのね)
しかし、送られてきた魔力も全て氷へと形を変える。
細く、しかし硬い氷糸を、網状に幾重にも編み込み、魔の森を取り囲む。美しい氷華が均一に並んでいく。
レースを編むように、刺繍を刺していくように、隙間なく、均一に、魔の森の大地にも。土壌深くにまで丁寧に氷を張り巡らせた。
胸にずっとかけている、氷華のネックレスが、凍傷になりそうなほど冷たい。
それでもこのネックレスの感触が、いつだってエリューシスに力をくれた。
心臓まで凍り付いたかと思うほど寒い。生命の危機を感じながら、しかし心地良ささえある。
「【天上の神の裁きよ どうか我らに慈悲を与えたまえ】」
「スタンピード、始まります!!!」
観測していた騎士が、悲鳴を上げる。
瘴気が汚泥となり、間欠泉のように噴出した。瘴気から、魔物が勢いよく溢れ出てくる。
「【葬送の華と共に安らかに眠れ!!】」
エリューシスは目を見開き、魔力を操っていた両手を組む。
それはまるで、祈りのようだった。
天空に聳える巨大な氷剣が振り下ろされる。
無数の氷の礫が、氷槍が魔物を貫き、叩き潰す。氷の結界が魔物の行く手を阻み、一切の逃亡を許さない。
結界内に存在する全てのものへ等しく贈られるものは、死、のみ。
氷がぶつかり合い、シャラシャラと涼やかな音を奏でる。
魔物の断末魔さえかき消した。
「これでレジストされてるって?恐ろしいな…」
第二王子が鳥肌の立つ腕をさする。強大な力の前に感じるのは、恐怖だ。
極大魔法の習得者へ、様々な称号を与え、身分を与え、国に取り込む理由が、はっきりと理解できた。
これは、ヒトではない。
か細く小さく見えるはずのエリューシスが、急に恐ろしく見える。
その背を支えるのは、同じく極大魔法の使い手であるシリウス。この二人を失う事は、国家的損失であることを理解した第二王子は、聖女の愚かさに嗤った。
「さ、おれたちも仕事だね。」
「えっ」
聖女を後ろから抱きしめ、第二王子は朗らかに笑う。
戸惑う聖女を他所に、一言。
「【堕ちろ】」
身じろぎ一つできなくなった聖女は、恐怖で呼吸を荒くする。
「うーん。やっぱり光魔法師は、闇魔法への耐性があるのかな。不完全だねぇ。」
目も閉じられなくなった聖女の瞳に、氷の粒が当たる。
涙が流れても、声一つ上げられず、瞬き一つできない。
「怖いよねぇ、ちゃんと堕としてあげられなくてごめんねぇ、聖女ちゃん。」
「――ッ、ヒッ」
まるで魔物が吹き出す瘴気のような暗い瞳に、聖女は小さな悲鳴をあげる。その声を聞き、第二王子は、時間をかけただけ魔法が解けそう、と嫌な顔をする。
「じゃあねぇ、聖女ちゃん」
耳元で、暗く、愉快そうに囁かれる。軽くて、優しそうで、人の心がない声だった。
王太子は、優しい微笑みそのままに、ぽんと聖女の肩に手をやる。
「【移せ】」
聖女は急に転移させられ、目を白黒させる。
「えっ、やだ、なに!?やだやだやだ!」
光魔法が中途半端に闇魔法をレジストする。
体は動かないのに、思考だけが正常になり、目の前の光景が飛び込んでくる。
氷に貫かれ、押しつぶされ、凍り付き、絶命している夥しい魔物達。
『卒業パーティーが終わったら、私達と共にこの国を支えてくれないか?』
あれは、結婚の約束なんかじゃなかった。
「ヒッ いや、いやぁあ!」
聖女は突然理解した。
あぁ、ここで死ぬんだと。
「【弾けろ】」
頭の中で、イプトの、こえが、する。
首元の宝石が光輝く。
熱い。さむいはずなのに、すごく、
「あつ、」
聖女の身の内から膨大な魔力があふれ出した。
魔力を増大させる宝石によって、限界値以上に、その豊富な魔力が、無理やり引きずり出される。
魔力回路が焼き切れ、まさに魔力が爆発した。
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