誤解ですわーーーっ!
エリューシスは、自分には前世の記憶があり、この世界が前世で有名だった小説と同じである事。聖女を目の敵にする悪役令嬢として、ストーリー上、六章で自分は処刑される事。断罪は卒業パーティーで行われる事。
など、思い出せる限りの事を語った。
「悪役令嬢ねぇ…。あぁ、だからお前、昔、妹に婚約候補が移るかもって時、性格がどうの言ってたのか」
「うっ…」
「確かに自分は安全でも、妹が高飛車に育って断罪されたら、目覚めが悪いからな」
「お察しの通りですわ…」
察しが良すぎるのも困りものだ。
「エリューシスは原作での描写は意外に少なくて…。魔封じの鎖を両手にはめられ、そのまま絞首刑された。と死に際もこんな程度だったのは覚えています。」
「その小説内のお前が、今のお前みたいに極大魔法を習得していたかは知らんが…。
魔力量の多い者が外的要因、つまり、老衰や病気以外で死亡した場合、魔力回路が暴走し、魔力を放出しながら絶命するらしい。王族しか閲覧できねえ文献じゃあ、大魔法師が殺された際、魔力の暴走で町一つ吹き飛んだって記述もある。お前、この戦場で死ななくてよかったな。エルの魔力量じゃあ、そうだな…。辺境伯領とスカルタス領の半分ぐらいは、千年は融けねえ氷に閉ざされてただろうよ。」
こともなげにいうシリウスに、エリューシスは愕然とする。
あれだけの描写で、そんな事に思い至るはずもなく…。
「秘匿文献だし、お前の父親が知るわけもねえさ。そもそも魔封じの鎖はめてたら戦闘できねえしな。しかし、鎖自体かなりの重量ある代物だぞ。それつけて絞首刑って…窒息するまえに首の骨がへし折れただろうな。…結構エグいな、その小説。」
顔を引き攣らせるシリウスに、エリューシスは、そうなんだ…とどこか他人事のように聞いていた。
「殿下、わたくし間違っていました」
「あ?」
「『かがスカ』という小説はあったかもしれないですけど、ここは小説の中なんかじゃないわ。皆それぞれに生きている…現実なんだわ。殿下も、聖女も、私も、NPCなんかじゃない。それぞれの人生を生きてる。…だから、わたくしも死ぬ事が怖かったし、騎士団の皆様や、殿下が死ぬ事も怖かった。真実小説のキャラクターなら、確定している未来に恐怖なんてないわ。わたくし、いきてる、のよ」
動く血潮は偽物なんかじゃない。
触れるシリウスの温かい体温も、造り物なんかじゃない。
死ぬ事が怖い。
その単純な気持ちこそ、生きている証拠だった。
晴れやかな表情になったエリューシスは、肩の荷が下りたようにリラックスした様子となった。
張り詰めていた空気が、緩む。寝台に体を投げ出したまま、ほっと息をついた。エリューシスは、自分の心臓が動いている事に、心底安堵する。この鼓動は、偽者じゃない。
「殿下、わたくし頑張ります。今までは逃げ回っていたけど、これから、は…」
「ん?おい…エル?」
途切れた声に、シリウスは体を起こした。
「おっまえ、マジかよ…」
寝息をたてているエリューシスに、顔を引き攣らせる。
「…このまま食っちまうぞ」
そう言いながらも、そう、できない自分が恨めしい、とエリューシスの頬を撫でた。
「ふぁ、あ〜。…なんだか、今までで一番よく寝たわ…ん、ん!?」
温かいぬくもり。疑問に感じながら目を開けると、端正な顔立ちの寝顔があった。
「え、え?何故殿下と一緒に寝ているのわたくしは」
しかもキツく抱きしめられながら。
(かっ顔!顔が近いわ!美形!近い!イケメンの最上級!)
長い睫毛に、高い鼻。きめ細かい肌と、薄く形の良い唇。
前髪がサラリと瞼にかかる。
「うっ!すごい…顔面国宝…!」
心なしか、シリウスの周辺だけ光のエフェクトがかかっているように見える。
寝顔はあどけなく、いつもの苛烈さが鳴りを潜めていた。
「殿下、お休みのところ、失礼いたします。姫…いえ、スカルタス嬢はこちらにお見えでしょうか?」
テントの外から、やや躊躇うような騎士の声がする。慌てて防音魔法を解いた。昨夜は話の途中で、そのまま寝てしまったようだった。
「ひゃいっ!」
盛大に噛んだ。
「あ、いえ、所在確認ができれば大丈夫ですので。大変失礼いたしました。どうぞゆるりとお休みください」
しょざいかくにん…
あさ…
ままっまままっまま待って!!待って、まって!何か勘違いされてる気がするわ!べんめいしなきゃ、弁明させてーっ!
慌てて体を起こそうとするが、がっちり腰に手を回されており、身動きがとれない。
「ちょ、殿下!起きてください殿下!あらぬ誤解をされている気がするわ!ちょっと!」
「あ~?んなもん、かけときゃいいだろ。減るもんじゃなし…」
面倒くさそうな、しかしどこか愉快そうな声がする。寝起きで掠れた、深く低い声。
胸が高鳴るような、色気を含んでいる。
「いっ いつから起きて…いえ、それどころじゃなくて、わたくしこれ以上の誤解が生まれる前に、弁明してきますわ!」
「誤解?弁明?何をだ?」
ニヤニヤ唇を歪めるシリウスに、至近距離という事も忘れて、エリューシスは憤慨した。
「だからっその…わたくしと殿下が一夜を共にしたと…」
「まぁ、間違っちゃいねーな」
「わたくしが寝落ちてしまっただけですわ。なにもやましい事はありませんでしたわ!…ありませんでしたよね?」
フイと視線を逸らすシリウスに、エリューシスは戸惑いの声をあげる。
「え?わたくし何か致しました?粗相を?え?ええ?」
沈黙を守るシリウス。焦るエリューシス。
「あわわわわわ、殿下を襲ったなんて、わたくし、あわわわわわ」
「んな訳あるか!」
襲われた、ではなく襲った、という斜め上の妄想を披露され、シリウスは思わず深いため息をついた。
この微笑ましくもにぎやかな声が、テントの外にも届いているだろう。何もなかったのは明白だ。
いや、何も手を出せなかったことは、明白だ。
シリウスの頭の中の辺境伯が「はっはっはっ!お優しいことですな!」と笑っていた。
**
昨夜、安心したように、幸せそうに眠るエリューシスを見て、シリウスも肩の力を抜いた。
張り詰めたエリューシスを、ずっと見ていられなかった。
少し痩せて日焼けした頬を、恐る恐る撫でる。
「ン…ふふっ」
ぬくもりにすり寄るエリューシスに、感動すら覚えた。
お茶会も、デビュタントですら、最速で逃げられてきたから、まさかすり寄られるなど、思いもしなかった。
「あのエルが、ここにいる…」
ずっと威嚇してきた猫が、ようやく懐いたような達成感と感動があった。
「ようやく、ようやく捕まえた。」
凛とした目元は、緩やかに閉じられ、長いまつ毛が影を落としている。こんな至近距離で、婚約者を見たのは、あの時以来だった。
あの時よりカサついた唇に、そっとキスをする。涙の跡がある眦を撫でた。
「あー。食っちまいてぇ…」
このまま寝ているところを襲ったら…、ま。逃げられるわな。と冷静かつ理性的に本能をやり込める。本当は、逃げられないように縛ってでも、キスをして、噛んで、舐めて、揺さぶって…(やめだ。むなしい…)妄想するだけ、今の状況が辛すぎる。顔を出し始めた下半身の熱を、ため息とともに吐き出した。
エリューシスのテントまで運ぶのも億劫になり、また、ほんの少しの意趣返しを含め、抱きしめたまま眠ることにする。
血埃の匂いが薄れた、甘く涼やかな香りを吸い込んだ。
**
「お前のテントまで連れていくのが億劫になって、そのまま寝ただけだ。」
その言葉に安堵し、胸をなでおろす。
「テントから出る前に、瞼を冷やしておけよ。俺に泣かされたって、あらぬ誤解を…いや、誤解じゃねえな」
泣き腫らして、腫れぼったくなった瞼を思わず隠す。確かに間違ってはいないが、言い方がなんだかイヤらしい、とエリューシスは顔を赤くした。
「先に行ってる。」
ちぅ、と可愛らしい音が手の甲から聞こえた。
驚いていると、シリウスはクツクツと笑いながら、テントから出て行った。
「なんだか殿下が、変わった?気がするわ…」
心臓がもたないかも…シリウスがいなくなったテントで、エリューシスは寝台に倒れ込んだ。
「いやはや微笑ましい!我が国は安泰ですなー!!」
会うなり開口一番に豪快に笑う辺境伯に、シリウスは苦虫を嚙み潰した。
「うるっせぇ!はぁ…エリューシスがいない間に、王家の決定を伝えるからよく聞けよ。」
簡潔に今後の計画について、辺境伯へ伝えていった。
お読みいただき、ありがとうございました。




