核心と吐露
意気消沈、といった軍議が終わり、シリウスはエリューシスを捕まえた。
「エル、少し聞きたいことがある。この後、俺のテントに来い。」
「え…?」
赤くなり警戒するように、後ずさるエリューシスに、シリウスは目を見張った。
「お前が嫌がることは、何もしない。約束する。話をしたいだけだ。」
「わかり、ました…」
シリウスはエリューシスの手を引きながら、やっと意識するようになったな、と長年の苦労が報われる気持ちになりながら、内心でサムズアップしたのだった。
ほどなくして、シリウスの設営テントに到着する。
「エル、お前防音魔法使えるか?」
「えぇ、できますが…」
「一応張っておいてくれ」
シリウスの真剣な表情に、エリューシスは頷いた。
「【遮断せよ】」
外からの音はそのままに、内部の音のみ漏れないように魔法を組む。
シリウスは簡易寝台に座りながら、深くため息をついた。
疲労を散らすように目を眇め、エリューシスを見つめた。
「エリューシス、お前の望みは叶いそうか?」
「え…?」
エリューシスを隣に座らせ、朱殷の髪を乱暴に掻く。そしてエリューシスを見据えた。
「望み…?…あ、」
『わたくし、死ぬなら老衰が良いのです。』
『若くして処刑されるなんて、嫌ですの』
在りし日の自分を、ぼんやり思い出す。
「どう、でしょうか…」
エリューシスはぐっと目を閉じた。思わず自分の首を撫でる。
明後日、この首に縄がかかるかどうか、わかる。
その様子を見て、シリウスは表情を変えた。
「若くして、処刑」
「首」
「俺の婚約者であること」
「聖女」
「戦地への出征」
突然シリウスが、羅列するように言葉を紡いだ。思わず目を見開いたエリューシスは、シリウスを呆然と見上げる。
「ひぅっ」
シリウスが急に、エリューシスの首に触れた。エリューシスは小さく悲鳴をあげながら、体をびくりと震わせる。
「お前、聖女冒涜罪による、絞首刑を恐れているな?」
「ヒッ」
エリューシスの全身の血の気が引いていく。シリウスの茜色の瞳が、剣呑に煌めいた。
「あ、あのっ…わたしっ、わたくしっ」
ガタガタ身を震わせるエリューシスは、本気で怯えていた。上級の魔物にも食って掛かる彼女が。シリウスに撫でられた首元が、恐れで冷えていく。
エリューシスが恐怖から生み出した氷が、パキリと音を立ててひび割れる。
(やだ…いやだ…。わたし、まだ…!)
パキリ、パキリ
氷の礫が生み出され、シリウスのレジストによって融かされる。エリューシスは、いやいやと子供のように首を振った。
その様子を見たシリウスはーーー、突然、ハンッと小馬鹿にしたように笑い、エリューシスの形の良い鼻をつまんだ。
「ふあっ!? あにふるんでふか」
驚きにエリューシスの震えが止まった。
「お前がいつ聖女を冒涜したんだよ」
「え…」
鼻が解放され、思わずエリューシスは自分の鼻をさすった。
反対にシリウスは、怒りに身を震わせている。
「そもそも、学園では!ほぼ!ずっと!クソみたいに!!腹立つほど!あの聖女は俺にくっついてただろうが!…あの聖女が学園にいるうちに、お前が接触してきた事は、ただの一つもねぇ…少しは嫉妬ぐらいするもんだろ、おかしいだろ!側近達に俺がどんだけ気遣わしげな眼で見られ…なんでもねえ」
「そ、そう…ですわね?でしたわね?」
返答に困る言葉に、小首を傾げるエリューシス。シリウスは、その頬を遠慮なく、今度はこねくり回した。
「なら、お前が、いつ、どこで、どのように、処刑される程の冒涜を聖女にするんだよ」
「俺が生き証人なんだぞ!不本意ながら!!」
「ひゃい…」
好き放題されていた頬は、赤みが戻っていた。
「それに、お前聖女に接触しない為にも、ここに来たな?」
ずばり、直球の指摘に、エリューシスは「そうです」と小さくなりながら、答えた。
「そういう気持ちも、少しはありました。ほんの少しの接触も避けたくて…物理的に離れてしまおう、と…。で、でも!貴族としての義務を果たそうと決めた心に、偽りはありません!」
「そこじゃねえ…。」
エリューシスの言葉に、シリウスは脱力した。
「お前の決心を疑ってる訳じゃねえよ。――お前、俺から逃げたわけではないんだな?」
「え…は、はい…」
「別に、あのキスが嫌だったわけでも、ないんだな?」
「あのキス…あっ、~っあれは…驚きましたけど、嫌では、別に、その…」
真っ赤に染まりながら、もじもじ話すエリューシスに、シリウスは深いため息をついた。
そして、寝台へ背中から、倒れた。
「殿下!?」
「キスして、お前が逃げ回って、聖女が来て、会えなくなって…―それでこの出征だぞ。普通に勘違いするだろうが。」
(た、確かに、殿下の立場に立ってみると、そう思う、のかしら?)
ピンと来ていないエリューシスは、内心唸る。
突然起き上がったシリウスが、エリューシスの肩を掴む。
「さっきのも、嫌じゃなかったんだな!?」
余りの剣幕に、照れることも忘れて、こくこく頷く。
「っだ~~あー!くそっ!あーー。」
何やら苦悩の声を上げて、再度ベッドへ倒れこむシリウスに、エリューシスは、何をすれば良いかわからず、ただただオロオロしていた…。
お読みいただき、ありがとうございました




