運命から逃げた代償
魔の森の出入り口で隊列を組み、代わる代わる溢れ出る魔物を打ち倒す。
王国騎士団の加勢もあり、初期の攻防とは打って変わって、非常に容易い戦闘となった。
「新月まであと3日。聖女様の光魔法の続報は無い、か…」
貴族の一人がぽつりとつぶやく。
いくら良い戦況となったとしても、こちらは人間。永遠に攻撃し続けることはできない。
「姫、殿下のおそばにお願いいたします。殿下になにかあれば、すぐお知らせください」
戦況が変わったことで、エリューシスの魔力を温存する形となった。
エリューシスは、シリウスが横たわるテントで、大きくため息をついた。
(卒業パーティーまであと3日ってことは、もう第六章付近まできてるってことでしょう?いくらなんでも遅すぎるわ…。確か五章の半ばで、極大魔法を習得していたはずよ…。だって、極大魔法を使用して、瘴気を浄化した後でパーティーに出席していたはずだわ。)
『かがスカ』のストーリーを思い出しながら、エリューシスは唸る。王位継承権を持つシリウスを殺し、継承権繰り上げを狙う誰かが、情報を隠匿している…?などと、悪い方、悪い方へと思考が逸れていく。
(評議会が殿下を亡き者にしようとしても、聖女は望まないでしょ?だって殿下が死んでしまったら、ストーリーに破綻が…)
そこまで考えて、ハタと、止まる。
今、本当に、ストーリーをなぞって、いるのか?
シリウスの出征など、原作にはなかった。
そもそも、エリューシス自身、王都で学園生活を送っているはずだった。
原作補正がなくなった?
あれ程望んでいた事なのに、エリューシスは、ゾッと身震いする。
原作補正がなくなったならば、聖女が極大魔法を習得する可能性も…
騎士団員たちが魔物を屠っている音が聞こえる。
「私の、せい…?」
原作から極端に逸脱したのは だれか。
エリューシス・スカルタス
氷の魔女。間違っても、姫だなんて、呼ばれない。
第三王子の婚約者。間違っても、お茶会から逃げ出そうとしない。
悪役令嬢。間違っても、カナリアと仲良くなど、ならない。
「あ、ああ、あぁあ。どうしよう…」
シリウスが極大魔法を行使し、昏睡しているのも
騎士団が疲弊し、死傷者を多数出していたのも
辺境伯領が、魔物に蹂躙されたのも
「わたし、わたくしが、にげたから…?」
―――自分の運命から
思わず、ぎゅうと胸元を…服の下のネックレスを握った。
「ごめんなさい…ごめんなさい…っ、わたしのせい?」
ずっと胸にかかっていたネックレスが、急に重たく感じる。手が震えた。
「なに、考えてやがる…」
ゆるゆると茜色の瞳が開く。
真っ青な顔のエリューシスを見て、皮肉気にシリウスは笑った。
「殿下、お目覚めに…!とりあえずポーションを」
慌ててポーションを差し出すその手首を、ぐっと掴まれた。
いつもの力強さはなく、その弱弱しい力に、エリューシスは思わずシリウスを見る。
「自分が世界の中心みてーな顔しやがって…」
「でもっ…でも…」
「世界はお前ひとりのために、回ってる訳じゃねぇ。」
やけにきっぱりと、シリウスが言い放つ。
「お前、自分の行動を鑑みるなら、世界じゃなく、俺に慄け。俺に謝れよ」
「…え?」
予想外の言葉に、エリューシスはポカンとする。
「俺に対してあれだけ自由に振舞ったんだ。いい機会だから、まず、俺に謝罪しろ」
あーダリィ、と億劫そうに呟きながら、シリウスが体を起こした。
「…。殿下、すっごい心の狭い発言ですわ」
「おまっ、この俺がどれだけ胃を痛ませたか知ってて言ってんのか」
「知りませんわ!オンナのワガママぐらいドンと受け止めて頂きませんと。甲斐性を疑われるんですのよ!」
胸を張るエリューシスに、シリウスはジト目になる。
「それ辺境伯の入れ知恵か?」
「へっ?……黙秘いたします!」
ツンとしたエリューシスは、そっぽを向く。
シリウスは、ため息をついた。
「指一本動かせねえから、ソレ、お前が俺に飲ませろ」
「え、えぇ。」
どうぞ、と口元へ差し出すが、その顔は微々たりとも動かない。
殿下?といぶかし気に見ると、シリウスの顔が真っ青である事に気づく。気力だけで起きて、気力だけでエリューシスと会話していたようだ。
「殿下。あとで文句言わないでくださいね」
グイと小瓶をあおり、力のないその唇に口付ける。
嚥下できるよう、ゆっくりポーションを流し込み、ついでに魔力も送った。
少し目を開いたシリウスだが、じわじわ回復していく自分の魔力と、エリューシスから送られる魔力に、うっとりと目を閉じた。
口内のポーションがなくなり、エリューシスは唇を離そうと身じろぎする。
が――
「んン!?」
いつの間にやらシリウスの手が、エリューシスの後頭部を固定しており、逃れる事ができなくなっていた。
エリューシスは、いつぞやのソファに押し倒された時をふと思い出し、顔に熱が集まるのを自覚した。
「ん、あっ」
唇を舐められ、舌を入れられる。それだけで甘い声が漏れる。
エリューシスの唾液も飲み干すように、シリウスはエリューシスの唇をこじ開けた。
夢中で貪られる唇。口内を舌でいじられ、ビリビリ痺れるような甘い快感が、エリューシスの体を震わせた。
「もっと、くれ」
「ハ、ぁ…ポーション、とってきますから、」
「違う」
簡潔に否定され、えっ、と戸惑う暇もなく、またキスをされた。
くちゅくちゅ、いやらしい音がする。
「ぁ、ん、ま、まってくださっ」
「俺がどれだけ待って、我慢してると思ってんだよ」
明らかに見てとれる情欲に、エリューシスは慌てた。
魔力の枯渇により、本能が理性に勝り始めている。生命の極めてシンプルな行動原理だ。
シリウスはエリューシスの体を自分の上に引っ張り上げた。力も戻っているらしい。
「じょ、上級ポーション一つで、ここまで回復するんですの!?」
「ンな訳あるか。お前の魔力が効いてんだよ」
シリウスの腹の部分をまたぎ、膝立ち状態となってしまう。
エリューシスは、胸に顔を埋められ、大いに慌てた。シリウスの熱い吐息が、胸にかかる。
「服が邪魔だな…」
「やっ!ちょっ、殿下!?」
「ほっせー腰。そそる」
「やぁっくすぐったい」
服の上から撫でまわされ、身を捩る。
無意識に腰を燻らせるエリューシスに、たまんねぇな、とシリウスが呟いたところで、エリューシスの限界に達した。
「【拡散せよ】!!」
「あっ!オイ!」
「殿下がお目覚めになられた!繰り返す!殿下がお目覚めに な ら れ ま し た !!」
ほとんどやけくそのような報告が拡散され、あちこちで歓声があがる。
チッと舌打ちしたシリウスに、拘束が緩んだため慌てて離れるエリューシス。
一瞬後、辺境伯が断りを入れて、設営テントに入った時には、微妙な空気が流れていた。
「失礼――殿下、おめざめ、に…。……ははーん」
「うるせえ!」
「まーだ何も言っておりませぬ~」
「顔が!うるせえ!」
ニヤニヤと生温かい目でシリウスを見る辺境伯に、エリューシスは顔を両手で覆って隠した。
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