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炎の極大魔法

シリウスはふっと息を吐くと、目を瞑った。

身の内の魔力を練り上げる。辺境伯領とスカルタス領の領境から、魔の森まで。数十キロにも及ぶ範囲へと届く魔力を。

ジリジリと周囲の気温が上がっていく。

その間に平原にあふれる魔物は、その高濃度の魔力を察知し、雪崩れ込むようにシリウスへ向かってくる。

騎士団が総戦力でシリウスの盾となった。

「【灼熱よ 咆哮を上げろ 紅蓮よ 狂い舞え 焦熱よ 飲み込め 】」

詠唱が始まる。高密度の魔力が大気の熱をも吸収しながら、シリウスから溢れ出る。

「絶対に殿下をお守りせよ!」

王国騎士団の厚い盾が、魔物の牙を阻む。馬上から繰り出される槍で、中級の魔物は貫かれた。

肌を焼く太陽の力が、シリウスの炎の魔力を後押しするようだ。陽炎が生まれ、空間がゆらゆらと揺れている。

「【悪しき存在に鉄槌を下す 地獄の業火より生まれし裁きの代行者よ 】」


長い詠唱のさなか、明らかに高濃度の魔力が立ち上った。

魔力の流れを感知したエリューシスが、すぐさま撤退命令を拡散する。風魔法師らが一斉に復唱し、タイムラグ無しに撤退行動が始まった。

それぞれの部隊から、撤退完了の報告が送られる。全魔法師達が、結界を張り巡らせる。何重にもかけた結界だが、それでも極大魔法の余波を防げる保障はなかった。

全部隊の撤退が終わると、エリューシスはシリウスの背中をそっと支えた。


極大魔法は、魔法師の魔力を食い尽くす。

魔法師は身から出る魔力に、自身を損傷させることもあった。


誰かの汗が地面に落ちる前に、気化する。

シリウスの体温は、40度を超えていた。

全身が紅潮し、体の周囲には、可視化するほどの魔力が漏れ出していた。

うっそりと開いた瞳の色は更に濃くなり、ギラついている。

朱殷の髪が、炎のように揺らめいた。


「あっつい、ですけど、氷の魔女の真骨頂、見せてさしあげますわ」

背中を支える手から、シリウスに魔力を送る。これぐらい冷やせなくて、何が氷の魔女ですか!とばかりに、自分の手のひらが火傷するのも厭わず、魔力を送り続けた。


オォー――――ン…


咆哮をあげながら、焔狼が上空を駆け巡る。

「あの狼は…」

シリウスに魔力を送りながら、見覚えのある狼に目を見張った。


瞬間――シリウスから、炎の色より深い赤の魔力が放たれた。




上空に、巨大な門が出現する。



禍々しい巨門が、異様な音を立てて開いた。



「【地獄の門よ 代行者を下ろせ 業火を吐き出し地に這う罪悪を滅せよ】」

シリウスの体温が更に上がっていく。

(こんなの、ヒトが耐えられる体温じゃないわ)

必死に魔力を送るが、流すそばから炎の魔力として還元され吸収されてしまっていた。


白炎と黒炎が混じり合いながら、上空から降り注ぐ。


地に駆け巡ったシリウスの魔力が、炎柱として一気に燃え上がった。

巨大な炎の竜巻が、魔物を絡めとる。

爆発したように、炎の魔力が一瞬で広範囲に広がった。


それは、静かな始まりだった。




数百キロに散らばった魔物の集団が、一気に消し炭になっていく。

断末魔もあげられぬ程一瞬で。

下級も、上級も関係無く。

知恵があろうと、なかろうと、その炎に触れて、全てが消える。

地上も、地下も、空中も、等しく。


焔の蹂躙だ。



「これは、ヒトに可能な、魔法なのか…」

震える声で誰かが呟く。耐えられない程暑いのに、出てくるものは冷や汗だった。

たった一人の人間に、皆恐怖する。

豪胆な辺境伯でさえ、ぶるりと体を震わせた。


圧倒的な力で、魔物が消滅していく。

喜ばしい事なのに、地獄の光景を目撃したようで、貴族の一人が膝をついた。

「なんてことだ…」


たった数分の事のようにも、数時間のようにも感じる。


エリューシスは、荒く呼吸をしながらもまだ魔力を送り続けていた。

あまりの熱気に、エリューシスの呼吸器官がひりつく。


シリウスの上空に巨大な魔方陣が幾重にも重なる。

ゆったりと持ち上がったシリウスの右手が、ひゅっとおろされる。

その瞬間――


「【――――】」

傍にいたエリューシスにも、その詠唱が聞こえぬほどの轟音。


巨大な火柱がその門に向かって放たれる。新たに魔の森から湧き出た魔物が、一瞬にして死に絶えた。


瞬間、空気が爆発し、突風を生み出す。

何重にも張った氷魔法師達の多重結界が音を立てて崩れる。

「結界が…!」

「ひ、ぃっ」

あまりの震動と魔力の圧力に、膝をつき、怯える者さえいた。

「す、スカルタス様の結界が…」

エリューシスが最も内側に張った結界だけ、生き残った。


キィイイイイイ―――


耳鳴りのような静寂が、訪れる。

余りの轟音に鼓膜が耐えられなかったのか、耳を押さえる者さえいた。


シリウスの魔力の奔流が収まる。



「――っは、これ、で、しばらくは、だいじょうぶだろ」

「殿下、殿下…」

「少し、休むぞ、俺は…」

「はい…!はい…!!」

「お前の魔力、ここち、いいな…たすかっ、た…」

膝をついたシリウスを慌てて支える。エリューシスは感動に打ち震えていた。

すぐさま辺境伯も駆けつけ、騎士団がシリウスを担架に乗せた。

「全体前進!!魔物が死に絶えた今のうちに、魔の森まで突き進むぞ!!!」

魔法で拡散せずとも、騎士全員に命令が行き届く。

騎士達の目には、力が灯っていた。


「本当に、素晴らしいです、殿下…」


死に地となった南方の戦線とは、決定的に違う光景。


死に絶えたのは、魔物のみ。

草木も、川も、民家も。燃えているものはない。

夥しい魔物だけが燃え死に、炭化していた。

「殿下のご配慮、感服致しました」

辺境伯がただただ頭を垂れる。恐れをなした自分を叱咤しているようにも見えた。


極大魔法により、数百キロが死に地になれば、辺境伯領は一瞬で立ち行かなくなり、住民も戻れなくなってしまう。

南方の国境戦線では、皇国への牽制のためにあえて酷く燃やし尽くした。スタンピード後の辺境伯領の事を考慮し、極大魔法の構成を変成させたのだろう。極大魔法の変成など、聞いたこともなかった。辺境伯は、ただただまだ若い王子に平伏した。



「この数が一瞬で…」

魔の森に近づくにつれ、足の踏み場もないほど溢れている魔物の炭化した死骸。騎士団員は恐れ戦き、シリウスへ畏怖の念を送る。



魔物のいなくなった行軍はスムーズに行われ、一日半で先行の騎士が到着した。


シリウスはその間、枯渇した魔力を取り戻すために、一度も目を覚ますことはなかった。


お読みいただきありがとうございました。

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