戦場にて3
エリューシスを抱きしめたまま、現状での決定事項を簡潔に伝える。
抱きしめあっているのも忘れて、エリューシスは目を見開いた。
「このタイミングで、極大魔法を、ですか?」
それは、シリウスが明日極大魔法を行使する、という宣言だった。
「スタンピード前に、一度溢れた魔物を掃討する。その後魔の森に最接近して、出入り口から出てくる魔物をひたすらぶん殴る。戦力を分散させるより、その方がよっぽど効率良くいける。」
「でも、スタンピードまでに魔力は回復するんですの?」
「今まさに、炎魔法師の最盛期だぞ。雨季が過ぎて雨の心配も少ないしな。この気候ならその分回復は早ぇ。」
「確かに、炎魔法師の最盛期ですが…。戦場で魔力を枯渇させるなど、危険では…」
「枯渇させそうになってたヤツが言うな。」
「ひゃい…」
鼻をつままれたエリューシスは、むん、と唇を尖らせた。
その表情の変化を見て、シリウスは内心驚きを隠せなかった。奔放な様子もあったが、令嬢としての節度として、微笑みを常に絶やさなかった。表情をコロコロと変えるなど、幼少期以来だろうか。
感情を素直にオモテに出すエリューシスに、シリウスは嬉しさと、ほんの少しかの男への嫉妬を感じた。
「ここにもう一人極大魔法の使い手がいるんだ。多少回復に時間がかかったとしても、問題ねぇだろ」
ニヤリと笑うシリウスに、エリューシスは顔を上げた。
「戦場にいるうちは、こき使うぞ」
「かしこまりました!」
シリウスに頭を撫でられ、エリューシスは少し照れくさそうに頬を染めた。
エリューシスを簡易寝台に寝かしつけ、シリウスはテントから出る。数メートル先に辺境伯が立っていた。
「おや、もういいのですかな?あと半刻は待ちますぞ」
「チッ 余計な気を回すんじゃねぇよ」
朱殷の髪を乱暴に掻き乱す姿に、辺境伯は意地悪そうに笑う。
「さてさて、老い先短い私も、殿下の安寧のお姿と、スカルタス嬢との神の福音を見たいものですなぁ!冥土の土産に!」
「殺しても死なねえ、不屈のガルデルドが何言ってやがる」
闊達に笑う辺境伯に、シリウスはジト目で睨みつけた。
「お前、エリューシスを惚れさせたらしいな?」
「……。ややっ殿下。老いると耳も遠くなるので不便でたまりませんな!殿下の炎魔法は素晴らしいですが、嫉妬の炎はただ暑苦しいだけですぞ」
不敬罪を知らぬヤツがここにもいる、とシリウスはますます睥睨したのだった。
**
魔法の極致。
極大魔法。
広範囲かつ絶大なその魔法。
生命力とも呼ばれる魔力を、最大限に引き出した、究極の魔法。
「まさか、生きているうちに、お目にかかれるとは」
野営の騎士達は色めき立つ。疲労にまみれていた昨日までとは、その表情は一変していた。
「シリウス殿下!万歳!」
「エリューシス王子妃殿下万歳!姫様万歳!」
「おいっまだご婚約者のお立場なんだぞ。気が早すぎるだろ」
「これでご結婚なされなかったら、オラぁ王家に殴り込みかけそうだ。」
「違いねぇ!」
「お前ら不敬だぞ!…まぁ俺もそうだが」
酒が入っている訳でもないのに、饒舌な騎士達。辺境伯は軍議用のテントまで漏れ聞こえてくる声に、はぁと軽くため息をついた。
「今やスカルタス嬢を、戦乙女、姫神だと崇める者もおります。」
「ハッ!あのお転婆が、姫神とは大層な呼び名がついたな。」
「そのうち殿下も軍神と呼ばれそうですなぁ。はっはっはっ!」
一を返したら、三で返って気分だ。シリウスはげんなりしながら、辺境伯以下貴族や、騎士団長を見据える。
「戦場の騎士や兵士らに、姫神と呼ばれる。それ程の獅子奮迅の働きをなさっておられましたよ」
「そうです!スカルタス嬢のご助力より、どれ程の騎士達の命が助かったことか…」
「ご令嬢をこのような戦場へ立たせてしまう、我らの不甲斐なさたるや…」
「必ずや殿下並びに、スカルタス嬢への恩義に報いましょうぞ」
軍議に並ぶ貴族や騎士団長、そうそうたる人物らがギラギラした圧をシリウスへかける。
その心は
『絶対スカルタス嬢を離すんじゃねえぞ!泣かせたら容赦しねえ!その時は、反旗翻すのも辞さん!!』である。
すっかりエリューシスは、この屈強な戦場の男どもを篭絡したようで、シリウスは頭痛を感じた。
「当然だ。エリューシスに救われた命。しっかりアイツの為に生かせよ」
悪辣に笑うシリウスに、軍議に参加していた全員、同じように笑った。
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