戦場にて2
戦闘表現があります。苦手な方はご注意ください
空中で体を揺する魔物が、突如炎の渦に包まれた。
「【弾けろ】」
魔物の断末魔と共に、炎が爆散する。
「あっつ!」
「は…?」
「今の誰がやったんだ?!」
エリューシスや、そのほかの騎士でさえポカンと口を開けた。
「間抜け面は相変わらずだな。」
小馬鹿にするような、それでいて優しい声色。
「あーぁ、唇切れてんじゃねぇか」
べろり、と唇を舐められる。
「は…」
「エル?エール。おい、エリューシス。逃亡癖が極まって、思考も逃避行か?」
無遠慮に頬を引っ張られ、こねくり回される。
「でんか…?」
「あぁ、そうだ。」
「え、あの…殿下が何故ここに…?」
呆けるエリューシスに、シリウスもややあきれた様子で、エリューシスの鼻をつまんだ。
「久しぶりに会った婚約者に、もう少し気の利いた事が言えないのかよ」
「すみませ…いえ、殿下も相当な事言ってませんでしたか?」
「そうか?ちょっと待ってろ。」
「【舞い狂え 焼き払え】」
50センチはあろう火球が無数に出現し始める。
「そっ 総員退避ーーーー!!!!」
それを見た騎士達は青ざめて退避行動をとる。
刹那、火球が降り注ぎ、死骸含め、魔物が焼き尽くされていく。
圧倒的な炎の広がり。
エリューシスが作った凍土以外はすべて、焼き畑をした後のように炭化していた。
「「「「ぉ、おおお!!殿下ばんざーーーい!!シリウス殿下ばんざーーい!!」」」」
騎士達が一斉に湧く。
エリューシスは周辺の魔物が消失したのを確認し、ようやく脱力した。
「ったくしょうがねぇな」
シリウスはヒョイ、とエリューシスを横抱きにしてスタスタ歩き始める。突然の事にエリューシスは動転しながら抵抗した。
「ひょあっ ちょ、殿下っおろして!おろしてくださいませ!」
「逃げるなよ」
初めて聞く、威圧を含んだシリウスの声に、エリューシスはピタリと止まった。
「逃げるなよ。」
俺から。
シリウスの言葉に、エリューシスはぎゅっと胸のあたりを掴んだ。
設営されたエリューシス専用のテントに、遠慮なくシリウスは押し入った。
「今日はもうポーションを飲むな。多飲し過ぎて、魔力がオーバーヒートしそうになってる。普段のお前なら気づいてたはずだぞ。」
ゆっくりベッドの端におろされる、抱き上げた時とは真逆の様子だ。
「魔力回路が崩れると、回復に時間がかかる。あとは俺と王国騎士団が加勢する形になるから、今までよりは楽になるはずだ。」
エリューシスは安堵し、ほっと息をついた。
「エル…」
「は、はい…」
久しぶりに見る茜色の瞳に、エリューシスはぼんやりと返事をした。
「おっっまえふざけるなよ!!いくら極大魔法の使い手だからって、最前線で戦うやつがあるか!!俺の婚約者って自覚あんのか!?」
突然の剣幕に、エリューシスは目を白黒させる。
「え、で、でも、スカルタス領の…貴族としての…責務が…」
「…エリューシス。お前は戦場慣れしていない。いくら極大魔法を使えると言っても、戦場においては素人だ。」
シリウスの言葉に身をすくませた。
「さっき、引き際を見誤ったな?」
「はい…」
「あのまま続けていても、ジリ貧でお前はぶっ倒れ、さらに被害は拡大。最悪、あの上級のヤツに殺されていたかもしれん」
エリューシスはますます体を小さくして、しょんぼりと視線を落とす。
「戦場にいるのなら、引き際を見誤るな。さっきの魔物にしても、俺が到着していなかったとしても、やりようは他にいくらでもあった。」
「皆様に、あとで、謝罪いたします…」
シリウスは、うなだれているエリューシスの頭頂部を、ぐりっと押した。「いたっ」と悲鳴をあげるエリューシスを、力いっぱい抱きしめる。
甘く涼やかだったエリューシスから、血埃の匂いがする。その事実に、ぐっと眉間に力を入れた。
より一層抱きしめる力をこめる。
「無事だな…?」
自分の声が震えている事に、シリウスは気づいていた。エリューシスの前では恰好つけたいのに、いつもカッコつかない自分が、嫌でしょうがなかった。
「よく、頑張ったな。」
「―っ」
絞り出したような声に、エリューシスも声を震わせながら「いいえ…」と応じた。
「あぁ…」
エリューシスの肩に、シリウスは頭をつける。第三王子に膝をつかせていることにも気づかず、エリューシスは身を固くした。
「でんか?」
シリウスは自嘲気味に笑いながら、顔を上げ、エリューシスの痩せた頬を撫でた。
「くっそ…お前はなんでいつも俺の思い通りにならないんだ。エル…。…エリューシス」
「はい、殿下…」
「老衰で死ぬんだろ?なぁ。」
思わぬ言葉に、エリューシスは目を見開く。
「えぇ、そうですわね。…そうでしたわね」
その体の力がホロホロとほどけていった。
「なら、無謀に走るな。勝利と生を見据えた力の使い方をしろ」
真実、エリューシスを失う事を、この世で一番、恐れているのはシリウスだった。
エリューシスは死にたくないと言いながらも、どこか生を諦めた生き方をしている。いや、死を受け入れるような覚悟をしていた。
シリウスはそれが許せなかった。
惚れた女を、絶対に死なせない。
エリューシスとの婚約が決まり、二人してお茶会を嫌々していた時。エリューシスの願いを聞いたその時から、シリウスはただその為に動いていた。
エリューシスはゆっくりシリウスの背中に手を伸ばした。
「助けてくださって、ありがとうございます。殿下」
「あぁ。」
エリューシスは、シリウスの体温を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
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