3-3 ホムンクルスの機能と言えばやっぱりアレな機能を――ないの?
僕が酔いつぶれていた間になんか大変なことになっていた。
目が覚めたのは、宿のベッド。レイギスの説明によれば、レオラが果実水と偽って果実酒を飲まされたらしい。
まあ、そこまでは分かる。レオラならやりそうだし。そこでレイギスがでてきたのは、マスダ村の時と同じだろう。
だけどそこからが分からない。なんでレオラを酔い潰して、さらに貴族から魔導具修理の依頼を受けてしまうのか。
確かに困っているなら助けてあげたいとは思うけど、さすがに僕も相手が貴族だと凄く緊張するというか困惑するというか。
いや、レイギスが僕の真似して依頼を受けたから大丈夫とかじゃなくて――
だって貴族だよ? 現代日本には存在しない権力の塊。レイギスだって貴族と絡むのは面倒だって言ってたじゃん。
――相手が可愛かったって……十歳ちょっとの女の子なんでしょ? レイギスってもしかしてそっちの趣味?
ごめんごめん。とりあえず、依頼を受けた以上ちゃんとやり遂げないとね。で、僕はどうすればいいの?
明日の朝かぁ。なにか準備するものは――まあないよね。とりあえず水もらいに行こう。頭痛い……
そんなこんなで翌日を迎えた。
なんとか頭痛は収まり、宿にやってきた迎えの人と素面で対応する。
「月兎様、お迎えに上がりました」
「ありがとうございます」
馬車は扉に豪華な意匠が施され、中の椅子もソファーになっていてふわふわだ。
柔らかい分、想像していたよりも振動を感じずに心地よく乗ることができた。
(初めての馬車がこれだと、後が怖いな)
(乗合馬車とかは揺れがひどそうだもんね。クッションでも買っておこうかな)
(それがいいかもな)
馬車はゆっくりと町の中を進み、昨日兵士の人に注意された貴族区へと進んでいく。
門は素通りだった。もはやこの馬車は顔パスということだろう。
ということは、それほどのレベルの貴族ということなのでは?
(緊張してきた)
(相手はガキだ。そこまで緊張する必要ねぇって)
(そうは言われても……)
子供でも機嫌を損ねれば兵士を嗾けてくるかもしれないんだよ? 緊張もするって。
(子供にそんな権力あるわけねぇだろ。よっぽど不遜な態度で相手を馬鹿にしなければ、貴族だって簡単に命をどうこうなんて考えねぇよ。死体処理だって面倒なんだ)
(うぅ……そうだといいけど)
馬車は貴族区の中を進んでいく。
街並みが平民区と少し違う。マンションのような石づくりの集合住宅がメインだった平民区に比べて、貴族区は一軒家のお屋敷ばかりだ。集合住宅はパタリと無くなってしまった。
そして時折、兵士たちの一団とすれ違う。
巡回だろうか。彼らは僕の乗っている馬車を見るとすぐに端へと寄って道を開ける。
馬車は一度も速度を緩めることなくどんどん奥へと進んでいく。
見えている屋敷のサイズも次第に大きくなり、比例するように庭や塀も大きくなっていく。
(貴族の中でも金持ちっぽいな。こりゃ謝礼金はたんまり頂けそうだ)
(そうだと良いけど)
ああ、なんだかお腹の調子が……
僕がお腹をさすっていると馬車が止まる。窓から見れば、どうやら屋敷へと到着したようだ。門番が門を開け、馬車がゆっくりと敷地内へと入っていく。
庭には生垣や花壇に花が咲き乱れ、芝が綺麗に切りそろえられている。落ち葉一つなく、今も庭師らしき人達が剪定を行っていた。
馬車は庭の間を進み、屋敷の前で停止する。
「お疲れさまでした」
御者が馬車の扉を開けたので、僕は馬車から降りる。
「月兎様、ようこそおいで下さいました。私セレスティーヌ様の専属メイドを務めさせていただいておりますミリアルと申します。以後お見知りおきを」
ミリアルさんはメイド服のスカートをチョンと摘まみ上げ、優雅なお辞儀をする。
(セレスティーヌが来た時に後ろにいた奴だな)
「改めまして月兎です。よろしくお願いします」
「ではこちらへ。お嬢様がお待ちです」
ミリアルさんに案内され、僕は屋敷の中へと入る。
豪華な壺に行けられた色鮮やかな花々。絵画もどこかの有名な作品だろうか?
絨毯はふわふわだし、窓もピカピカ。どこを切りぬいても絵になるだろうななんてちょっと現実逃避気味な考えを浮かべながら、ミリアルさんの後ろ姿を追っていく。
ミリアルさんもまさに貴族の屋敷のメイドさんって感じだ。背筋がピンとしていて、歩く姿がとっても綺麗。
(見とれてるところ悪いが、そいつは気を付けろ。動きの端々に実力者の風格が漂ってるぜ)
(実力者って武力的な意味で?)
(もちろんだ。たぶんお嬢様の護衛も兼ねてるんじゃないか?)
(ほぇー)
メイドさんとしても完璧で、その上武力持ちなんて凄いじゃん。
僕なんて、付け焼刃の敬語にまだまだ実力不足の武力しかない。なんというか、完全上位互換?
(俺がいないのがマイナス点だけどな!)
(むしろプラスな気がしないでもないけど)
そして少し廊下を進んだ後、ミリアルさんは扉の前で止まった。どうやらここがゴールみたいだ。
「お嬢様、月兎様をお連れしました」
「入って頂戴」
「失礼いたします。月兎様、どうぞ」
ミリアルさんが扉を開けて、僕に中へ入る様に促してくる。できれば先導してほしかったんだけど、要望されちゃったら仕方がな。
ゴクリと生唾を飲み込み、僕は室内へと足を踏み入れた瞬間、ふわりと甘い香りを感じた。
少女はすぐ正面にいた。
強い視線が僕を射抜く。
「よく来てくれたわね」
レイギスから聞いていた通り、気の強そうな十歳ちょっとの少女だ。金髪碧眼はまさにお嬢様って感じだなぁ。
「お招きいただき光栄です」
「早速だけど、魔道具を見てちょうだい」
「はい」
お嬢様は待ちきれないと言わんばかりに僕の手を引いて部屋のベッドへと向かう。
そこには、寝かされた状態のメイドさんがいた。
静かに眠るその表情はとても安らかで、静謐な雰囲気すら感じる。
だがよく見れば、そのメイドさんは息をしていない。胸が動いていないどころか、身じろぎ一つ無い。まるで人形のような状態だった。
(ホムンクルスか)
(ホムンクルス?)
(人造生命、疑似生命、機械人形、言い方は色々があるが、まあ行っちまえば有機ロボだな。コイツは生活サポート用に作られたオールサポートタイプのホムンクルスだろうな。あ、下処理の機能はないぞ。それは別に専用のやつがあったからな)
(そんな情報はいらないよ……)
というかそんなものまで作ってたんだ。どうか下処理用のホムンクルスが遺跡に残されていませんように。
(研究者連中は自分の生活は割と捨ててたし、こっちのタイプはかなりの連中が持ってたな。昇華するときに破棄もできず、データを初期化して眠らせたんだろう)
(ああ、人型って意外と思い入れできちゃうからね)
写真なんかでも印刷しちゃうと捨てにくいのに、ここまで精巧に作られたホムンクルスなら破棄しようものならさぞ心が痛むだろう。
「月兎様にはこれが何か分かるかしら?」
「ホムンクルス。いわゆる人造人間ですね。遺跡の資料で見たことがあります」
お嬢様の問いに僕は即答する。便利な言葉遺跡の資料。これがあれば、だいたいのことは誤魔化せる。
僕の答えにお嬢様は嬉しそうに頷いた。きっと、これまでこれが何なのかすら分からない人達が多かったんだろうなぁ。
「ええ。我が家で管理している遺跡の最深部に眠っていたホムンクルスよ。お父様が私が生まれた時にプレゼントしてくださったの」
(生まれた時っつうと十年以上前か。この環境じゃ定期メンテなんて無理だろうし、そのあたりが原因だろうな。とりあえず中を調べてみないと分からねぇが)
(機会の寿命って意外と短いからね)
昔は、ロボットだけが永遠を生きるなんてテーマの物語もあったけど、人の手が入らないロボットの寿命は人の一生よりも遥かに短かった。
それは、技術の発展していたグロリダリアでも同じだったみたいだ。
「私の依頼はこれを直すこと。できるかしら?」
「少し調べさせていただいてもよろしいですか?」
「ええ。ミリアル手伝ってあげて」
「承知しました」
(なにから調べればいい?)
(とりあえず背中を開いて中を見るぞ。外傷が無いし、内部の問題だろうからな)
(背中だね)
早速ミリアルさんに手伝ってもらって、ホムンクルスをうつ伏せにする。そして首裏の結び目を解いて服を開けさせた。
「ちょっ、なにしてるの!?」
「ホムンクルスの調整用ハッチが背中にあるんです。そこを開いてみないと」
「あ、ああ。そういうことなのね」
お嬢様は僕の説明にホッとしたように息を吐く。
まあ見た目は人間そっくりだし、生まれたときから一緒だったってことは思い入れも深い。突然服を脱がせられたら驚くか。
ちゃんと説明しておけば良かったな。
(じゃあハッチ開くのはちょっと映像的に気持ちのいいもんじゃねぇ。それは伝えておけ)
(そうだね)
言われた通りにお嬢様にあまり気持ちのいい光景ではないかもしれないことを伝えておく。だがお嬢様は側で見ているという。
ミリアルさんにも視線を向けていいのかと確認を取るが、黙って頷かれた。
「じゃあ開きます」
むき出しになったホムンクルスの背中。その背筋に手を当てて背骨をなぞるように指で押し込んでいく。すると、指の通った後に切り込みが現れる。
これがハッチ。後は肩甲骨を押し込めば――
ぐちゅりと粘性の音と共に背中が開かれた。
「うっ……」
お嬢様にはやはりキツイ光景だったのだろう。嘔吐いて口元を押さえ視線を背けた。
ミリアルさんにお嬢様のことを頼み、僕はホムンクルスの中を確認する。
表層こそ人の肉のようだが、中身は完全に機械だ。軸と歯車、それに各機関の代用のようなものがぎっしりと詰まっている。
(レイギス、どう?)
(コアが止まってるな。純粋な魔力切れだ。けど、他のパーツの消耗が十年とは思えないほど酷い。まるで魔力を強引に引き抜いたような――ああ、そういうことか。月兎、その大きなギアの後ろ、翡翠色の球体があるパーツを外せ)
(あ、うん)
言われるままにそれを取り外す。僕の拳大ほどのサイズのパーツだ。
(宝石に傷とかないか?)
(特になさそうだけど)
色々な角度から見ても、特に傷は見当たらない。
(なら大丈夫だな。コイツを見つけた遺跡に行けば、魔力の補給はできるだろ。後はパーツの交換だから、十分直せる。ただ問題は、使用者登録をした人間じゃないと、魔力の補給が出来ないってことだな)
(じゃあお嬢様を遺跡の最深部に連れて行かないといけないってこと?)
(そう言うことだ。まあ、探索されてる遺跡だし、安全性は問題ないだろ)
(そうだね。じゃあ分かったことを伝えるよ)
(おうよ)
僕はコアをホムンクルスの中へと戻し、ソファーに座っているお嬢様とミリアルさんの元へと向かう。
「月兎様、どうかしら?」
「とりあえず修理は可能だと思います。基本的には動力源の燃料不足でしたから。ただその補給には、お嬢様が遺跡の最深部まで行く必要があります。主にしか燃料の補給権利がないみたいで」
「お嬢様が――」
ミリアルさんはかなり難しそうな顔をしている。
護衛として考えれば、遺跡に十歳ちょっとの子供を連れて行くのは危険だろうしなぁ。
けどそれをしなければホムンクルスは目覚めない。
「ミリアル、私行くわ。アテネともう一度お話しがしたい」
「分かりました。では護衛の準備をいたします。数日お待ちいただけますか?」
「ありがとうミリアル!」
お嬢様が嬉しそうにミリアルさんへと抱き着く。ミリアルさんは、その頭を優しく撫でていた。
(じゃ、俺たちはその間に他のパーツを作っちまうぞ。だいぶ傷んでるからな。新しく変えたほうがいい)
(分かった。って言っても、それができるのは僕が寝た後だけどね)
魔法で道具を作るんだから、レイギスじゃないとできないし。
そしてこの日は、色々とこちらも準備すると言って、僕たちはお屋敷を後にした。




