3-2 あたしを酔わせてどうするつもり!? え、放置!?
「俺の酒が飲めねぇてかぁ!」
俺はグラスを厨房から出てきたレオラへと差し出す。
「あんた絡み酒だったの!?」
「いや、レオラに飲ませたいだけだ! マスターいいよな!」
「お父さん助けて!」
レオラはマスターへと助けを求めるが、マスターはそっと視線を逸らした。
「まあ、お前のミスだ。甘んじて受け入れろ。酒代は小遣いから引いておく。それにしても、月兎君、性格変わり過ぎじゃないか?」
「そんなぁ!」
「ははは、お前の判断ミスだ。あきらめろ。ほら、飲め飲め。あ、麦酒と果実酒を追加な」
「了解だ」
マスターは酒を取りに厨房へと残り、残されたレオラは茫然とした表情で俺からグラスを受け取る。
「ほれ、一気一気」
「ノリがウザい! ていうか、月兎ってそんなに弱かったの!?」
「月兎は激弱だぞ。一口で潰れるからな。今も俺は、魔法で酔いを醒ましながら飲んでる」
「それお酒の意味ない! って言うか、素のノリでそれ!?」
酒は雰囲気だけでも酔えるもんだ。
騒がしい俺たちに、なにごとかと僅かに来ていた他の客も注目を集めている。
彼らの興味は――ふむふむ、レオラが飲むかどうかか。弱いって感じじゃなさそうだが、これは酔い方に期待大って感じか。
まあ、酔わせてみれば分かるよな!
「ほれ、いつまでも持ってないで飲みんしゃい」
「ああもう! しょうがないわね!」
レオラが一息にグラスを呷り残った中身を空にする。
果実酒は甘くて飲みやすいが、意外とアルコール度数が高い。さっき一口飲んだ感じ、これは十から十五ってところだ。
月兎ならぶっ倒れるのも当然のレベルだな。
プハッと飲み干したグラスをカウンターに置き、レオラがこっちをキリッと睨む。
「これでいいんでしょ!」
「いい飲みっぷりだ。お代わりも来たぞ」
丁度マスターが追加を持ってきた。
麦酒は木製のジョッキに並々と注がれ、細かい泡が蓋をしている。果実酒はさっきのとは違うのか、少しピンクがかった色味をしていた。
「ピンクグレープフルーツの果実酒だ。酸味も混じって美味いぞ」
「へぇ」
おすすめされたならば飲まなければなるまい!
グラスを傾け一口飲めば、フルーティーな香りと甘さが口の中に広がる。だがその中にグレープフルーツの酸味が効いて、程よく引き締めてくれる。
確かにこれは美味いな。
「コイツは気に入った」
「そりゃよかった。レオラは――」
すでに麦酒を喉を鳴らしながら飲んでいた。
「プ八ッ。やっぱお酒は麦酒よね! お父さん、ソーセージとブルスケッタが食べたいわ!」
「おつまみは大事だ。俺も頼む」
「あいよ。ちょっと待ってな」
マスターがおつまみを用意している間にも、探索者らしき人が増え始めていた。
レオラが潰れてしまって給仕が足りなくなるかと思ったが、混んでくるのと同じぐらいで雇われだろう給仕がフロアへと現れる。
制服はない。シャツとパンツの簡単な装束だが、こんな酒場にはそれが合っている感じだ。シャツの裾とか縛ってくれねぇかな。
「どこ見てんのよ」
給仕のショートパンツから覗く張りのある太ももを眺めていると、隣に座っていたレオラに耳を引っ張られる。
「太ももだ。あれは見るためにある!」
「堂々と言う!? 私の飲んでるのよ!?」
「つまりレオラを見ろと?」
レオラはいつも通りの探索者服だ。シャツにベストにショートパンツ。なにもなければ給仕の予定だっただろうし、ある意味店の制服か。
胸は給仕の子よりも控えめだな。腹周りはシャツで分からないが、キュッと締まっていいくびれが出来ているだろう。太ももは筋肉質だが、それもまたよし。
「ちょっと! じろじろ見過ぎ! デリカシーってものがレイギスには足りないのよ。月兎を見習いなさい。自分からちゃんと顔を背ける優しさがあるんだから」
ありゃ初心なだけだろ。
そんな感じに駄弁りながら、マスターの作ってくれた酒とおつまみを堪能する。
一時間ほどすれば、レオラもいい感じに顔が赤くなり、目がトロンとしてきた。
「ぬぅ……れいぎすはぁ、もっとつきとをみならってぇ!」
「はいはい、さっきも聞いたぞ」
完全に酔っぱらって会話がリピートしてやがる。
こりゃそろそろお開きかな。
マスターにレオラをどうするか相談しようとしたとき、酒場に新たな客が現れた。
本来ならば誰も気にしないような当たり前の光景。だが、入ってきた人物はあまりにもこの酒場に会わない風体をしていた。
「ここが元探索者がやっているっている酒場かしら?」
入ってきたのは、十歳ちょっとの金髪の少女だ。豪華なドレスを身にまとい、碧眼が酒場の中を興味深げに物色している。その後ろにはメイドが控えていた。どう見ても、この店に食べに来たり情報交換に来るタイプではない。
フロア担当の店員がすぐに少女の元へと向かう。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」
「ああ、客じゃないの。ここなら探索者が集まっているって聞いたんだけど」
「ええまあ。ほぼ探索者だと思いますが」
困惑した表情の店員が振り返ると、店内にいた客たち全員が持っていたグラスやジョッキを掲げる。俺もしっかり掲げておく。
つまり、彼ら全員探索者ということである。
少女はそれを見ると、丁度いいとばかりに声を張り上げる。
「探索者に依頼を出したいの! 探索者って遺跡や魔道具に関してもある程度詳しいんでしょ? 修理をできる人はいないかしら!?」
魔道具の修理か。
それを聞いた探索者たちは、近くの仲間たちと顔を見合わせる。
まあ、探索者連中はあくまで遺跡の調査と発見がメインだ。魔道具の仕組みを調べたり、歴史を研究したりはあくまでも研究者や考古学者の仕事だろうからなぁ。
ちょっと役割が違う気がする。
探索者たちもそう感じたのだろう。自分が力になれないと分かり、各々の会話へと戻っていく。
結局、声を上げるものはいなかった。
「誰かいないの!」
「お嬢様、やはりこの場にいるような者たちには難しいかと」
ま、そうだな。
だがそこに異を唱える酔っ払いがいた。
「聞捨てならないわね!」
立ち上がったのはレオラだった。酒場の客全員がギョッとする。
まあ相手は見た目金持ちっぽいし、最悪貴族だろ。へんな絡み方すれば、殺されかねないわけだ。
俺もいつでも動けるように、準備だけはしておく。
レオラはずんずんと少女の元へと歩み寄り、胸を張った。
「あなたはどなた?」
「ここの酒場の娘レオラよ!」
「あなたは魔道具の修理をできるのかしら? というか、酔ってらっしゃるのね……」
レオラの息の臭さに気付いたのだろう。少女は眉をしかめる。
「私は無理ね! ただの探索者だし」
さらに言うと、ニュービーだしな。そりゃ無理だろ。
「けどできそうな奴は知ってるわ!」
「そ、それはどなたかしら!?」
おっと、これは嫌な予感がしてきたぞ。
知っていると言われた少女は、レオラに食いつくように尋ねる。
そんな様子に満足したのか、レオラはクックックともったいぶる様に笑った後、こちらを振り返る。同時に少女や後ろのメイド、そして事の成り行きを見守っていた客たち全員がこっちを見た。
「あの子よ」
「あの方ですのね!」
レオラが俺目掛けて指をさし、少女が俺の元へと駆け寄ってくる。
あらあら、キラキラした目しちゃって。これ完全に断れねぇ流れじゃねぇか。まあ、月兎でも人助けだっつって普通に受けるだろうし、ここで断る意味はねぇか。
とりあえず月兎の真似で挨拶だな。後から性格が思いっきり変わるのも問題だ。コイツには俺のことを説明する必要はへぇし。
「私はセレスティーヌと申しますわ。あなたのお名前を教えて下さる?」
「僕は月兎と言います。まだ新人ですが、探索者の端っこに名前を置かせていただいています」
「まあ、丁寧な自己紹介をありがとうございますわ。探索者の方って皆さん粗野な方ばかりかと思っていましたが、あなたみたいにちゃんと話せる方もいるのね」
「そういう人が多いですが、全員がそうというわけではありませんから。それでご用件というのは、魔道具の修理でよろしいですか?」
「ええ。我が家の魔導具が動かなくなってしまいましたの。それの修理を依頼したいわ」
家にある魔道具か。破損パーツにもよるが、だいたいのパーツはその場で魔法生成も可能だろう。適当に地面から鉄なりなんなり集めて成型すればいいだけだからな。
「どんな魔道具でしょう? 物によっては修理が難しいものもあると思いますが」
「この場では少し話せないわ。屋敷で直接見てもらいたいの」
セレスティーヌは、周囲を見まわす。
あまり人前では話せないものか。まあ、魔道具の中にも色々とあるからなぁ。富豪のお抱えなら防犯のためにもあまり話したくはないか。
「ではその時に依頼を受けるかどうか決めさせていただく形でよろしいですか? 物によってはやはり修理不可能なものもありますので」
「分かりましたわ。では明日迎えを寄こします。どこにいらっしゃるかしら?」
「この近くの宿です。レオラ、あの宿の名前ってなんだっけ?」
「ニュングス亭よ。ヒック」
レオラはもうふらふらになっていた。カウンターに突っ伏して、顔も上げずに答えだけ教えてくれる。
「だそうです。僕はそこに泊まっていますので」
「分かりました。ではまた明日お会いしましょう」
「ええ。楽しみにしています」
セレスティーヌが満足げにメイドを伴い酒場を後にする。
さて、帰って月兎に説明してやらないとな。ま、何とかなるだろ。
残っていた果実酒を飲み干し、俺はマスターに会計を頼むのだった。




