拒絶と諦め
「汝!目を開けよ!」
肩を揺り動かし葛の葉を起こそうとする。しかし、凍え切った葛の葉は目を覚まさなかった。
「霧綱、その姫君は汝を好いておる、それどころか我にも怯える事無く接した、器量の有る姫君だ死なす事は恥と知れ。」
「白狼!何故止めなかった!このまま去れと!何故言わなかった!?」
「問答している間が有るなら火を灯せ。この姫君こそ人だ、化生を案じるなど生半可な事では出来まい。人とは角に暖かき物だな。さあ薪を集め火を起こせ。」
霧綱は枯れ木を拾い集め牢に戻る、藁を火種にし枯れ木に火を灯すと、徐々に葛の葉は生気を取り戻し始めていた。そして葛の葉が目を覚ます頃、霧綱は眠っていた。葛の葉はそっと近寄り声を掛ける。
「我君、我君……」
何度も声を掛け、肩を揺らし続けてやっと目を開けた。葛の葉は安堵したが、霧綱は訝しげに葛の葉を見ると、口を開き訊ねた。
「姫君……気を確かに、人が何故我の様な化生を案じるのです?我は人に非ず、獣にも劣る者です。生ける者が関わるべき者では無い。」
「貴方様は……人を拒絶なさっている。ですが何故そこまで拒絶するのです?関わるべきではない者が、何故生きる者の命を救ったのですか?何が有ったのかは訊ねませぬ。どうか私をここに置いて下さいまし。」
霧綱は困惑する、化生として落ちた者が娶るなど。考えられなかった。
「姫君……それは叶いませぬ、私は人では在りませぬ。例え人だとしても、我は汝を娶る事など、恐れ多く叶いませぬ。さあ、戻りなさい。人は日の光が……太陽の下へ帰るのが常なのです」
そこまで言うと葛の葉は涙を流し始める。初めて見る姫君は、幼く可憐だった。霧綱の胸中に感じた事の無い棘の様な痛みが、一瞬過ぎ去った。
「貴方様。帰ります……ですが私が笛を吹く晩は、一度で良い、貴方様の顔を見る事を願います。」
「それで良いのなら、一度だけ顔を覗かせましょう。人よ、どうか正道を進む事を願う。」
そう霧綱は告げると再び眠りへと着いた。葛の葉は単を直し、石段を上がる。出口から地上へ上がる前に、一度だけ石段を振り返る。身も焼ける恋が終わったと悟る表情は美しい物だった。
「生娘でも有るまいに……不憫なものよの……人と言うものは」
少し、ほんの少しだけの温もりが残る牢だったが、その温もりも次第に消えていった。そして日は暮れ、化生と魍魎が蔓延る夜の闇が訪れる。
「参ろうか、宵も瘴気が満ち、人の怨念が渦巻いておる。黒狼の傀儡が生まれようとしておる。口惜しいが汝が居らなければ、我は動けん、終わらぬ戦いは何時終わる事やら……それに少し……」
白狼は何時に無く饒舌だった。霧綱は訝しげに思う。