凍える体
姫君は頷き霧綱を抱え上げる。重い物だと思っていたが、藁の様に軽かった。
なのに何故、恐ろしい鬼と渡り歩けるのか、姫君は疑問を感じるが、今はそんな事を言う場合ではない。
召し物を脱ぎ、最低限の物だけを身に付け。霧綱の寝所へと向かう。
「この殿方は何故恐ろしい鬼と戦って居られるのか?白狼殿、何か教えて頂けぬでしょうか?……」
姫君は白狼に訊ねる。
「済まぬな、我等にも知られたくない事が有る。余計な詮索は構わぬが我だけが語る訳にも行かぬ。分かってくれぬか?」
「いえ、誰にも知られたくない事柄は有りますもの、不躾なる事をして済みませぬ。」
「はっはっはっ、自分の非を素直に認め礼を尽くすか。気に入ったぞ人も中々捨てた物では無いな。娘、名はなんと言う?」
姫君は少し迷ったが、意を決して自分の名を告げる。
「葛の葉と申します、此度は助けて頂き何と申せば良いのか、言葉に出来ませぬ。」
「そうか、葛の葉と言うのか良い名だな、霧綱の目が覚めれば礼を言わそう。汝に触れれば霧綱の心にも温もりが戻るやも知れぬ。さてそろそろ林の中へ入るのだ。寝所までもう少しだ。」
いつの間にか、かなりの距離を歩いた様だ。白狼の言われるがままに、林へと足を踏み入れる。
岩の陰に石段が下へと続いている。落ちぬ様にゆっくりと石段を降りていく。
黴の匂いが葛の葉の鼻を刺激したが気にならなかった。寝所というより牢そのものだった。
蝋燭が揺らめき、冷えた空気が満ちている。床には藁が敷き詰められ、人が寝るような場所では無かった。
「葛の葉、驚いている暇は無いぞ、霧綱を寝かせよ。」
霧綱の体を藁へ寝かせた、改めてその顔を見る、優麗な顔、雪の様な肌に珠の様な汗が浮かんでいる。
辛く苦しいのだろうか?人では無い筈なのに――何故か優しさを感じずには居られなかった。
霧綱の狩衣を脱がすと、傷こそ塞がっていたが氷の様な肌は、死人のそれと変わらなかった。
葛の葉は人ではない者を温めようと残りの単を脱ぐ、羞恥に駆られながらも、熱い血を全身に通わせた葛の葉に、迷いは無かった。
掛け布も無い、暗く湿り、寒い牢は葛の葉にとっては辛いものだった。だが、それでも葛の葉は離れず。霧綱の心を、体を温めようと。
全身が凍えても傍を離れる事は無かった。体温は奪われ、吐く息は白くなる、歯が鳴り、全身の感覚は失われていく。そして――葛の葉は意識を失った。
目を覚ました霧綱は隣に眠る姫君を見て、驚いた。人が化生を暖めようなど命を捨てる行動に驚いたのだ。
「汝!目を開けよ!」
肩を揺り動かし葛の葉を起こそうとする。しかし、凍え切った葛の葉は目を覚まさなかった。




