逢瀬
「何か思う事があるのか?珍しい事も有るのだな、汝が何か憂う事など。この争いも必ず終わる、国を憂う者が必ず現れる筈だ。」
「そうだな……必ず現れるだろう。」
霧綱は、燃え尽きた枯れ木を見てあの日の事を思い出していた。
月日は矢の様に流れていく、弟の居場所は掴んでいる。
だが、逢いたくない、逢いたい、矛盾した感情が霧綱を支配している、その感情が行動に見て取れる。
弟に逢いに行かず京に留まり。何時現れるか分からぬ正道を進む人を待つ……途方も無い時間を過ごして来た。
「霧綱、行かぬのか?誰かが化生の餌食に成るぞ。それでも構わぬのか?」
霧綱は前を向き言った。
「行こう、我の代わりに京を憂い守る者が現れる日まで。」
霧綱はそう言って夜の魔都を走る。そして月日は移り変わる、何百、何千の化生を打ち倒してきたか。
それは霧綱にも分からなかった。ただ一つ言えるのは化生を倒す度に、霧綱の心は少しずつ少しずつ氷よりも冷たくなっていった。
相も変らぬ瘴気に満ちた晩、微かに霧綱の耳に笛の音が届く。目の前の化生を一閃の元に切り伏せ、耳を凝らした。
どこかで聞いた様な気がする、どこだっただろうか。蜜に誘われる様に霧綱は歩いた。そして一つの家へ着いた。
塀の外に松の木が植えて有る。霧綱は枝の一本へと飛び移った。月に照らされた庭に。可憐な姫君が笛を奏でている。
目を瞑り笛を操る姫君は霧綱の存在に気づいていない、優しい音色は霧綱の心を暖めた。松の幹に背中を預け、霧綱は目を瞑る。懐かしい思い出が蘇り、涙を流す。
そして笛の音色が消える時、可憐な姫君は歌を歌う。
「蜉蝣に思い重ねば空蝉に波雲の君辛き事無し」(夢幻に思いを重ねて虚しいが愛しい君に逢えて辛い事は無い)
霧綱を直ぐに呼ばなかったのは理由があったのだろう。一度きりの約束を使うという事は、何か話して置かなければいけない事が有るのだろう。そのまま用を聞こうとしたが歌を返す事にした。
「蜉蝣に思い重ねる波雲は我の村肝に火を灯すなり」(夢幻に思いを重ねる愛しい君は私の心に火を灯してくれた)
返答歌が嬉しかったのか葛の葉は涙を流した、悲しくて泣いている訳でもない。
些細な事がよほど嬉しかったのか、声を殺して泣いている。霧綱は動かずに葛の葉が泣き終わるのを待った。
そして庭に降り立ち。葛の葉の傍へ歩み寄る。
「姫君、今宵限りで姫君と逢う事は無いでしょう、如何なされたのか話せますか?」
そう問いかけると葛の葉は霧綱の腰に手を回し、しがみついてきた。
この和歌を作るのに2時間ほど掛かりました。




