31 パンクパンク崩壊
「くぅ~......なんだよもうっ!散々だよ全く!.....グスン」
頬杖をつき膨れ顔で愚痴を垂れるのは、黒い長髪にピンク色のメッシュが入った派手な女性。
『パンクパンク』をまとめるリーダーでもある、ユーミーだった。
「いやはや、こりゃやられましたな.....」
ステレオタイプのオタク衣装を身に纏った小太りの男が、眉をへの字に曲げる。
辺りに広がる惨状を見れば、そんなネガティブな言葉ばかりが溢れるのも仕方ないだろう。
「酷い、酷すぎるんだけどぉ......?!」
大粒の涙を流すと、無惨に転がった“拠点”だったものへと垂れ落ちていく。
更地─────いや、形を為さない残骸だけが掃き捨てられている分、余計に見苦しい。あれもこれも、今さっき起こった『寄る辺の灯火』との戦争での結果だ。
言うまでも無く、『パンクパンク』は惨敗した。元々半壊していた拠点は、もう、拠点と呼べるような状態では無くなった。
「はぁ.....しょげてる暇なんてないよね......うん。折角みんながチームに入ってくれたんだから」
「ですなぁ.....しかしユーミー氏.......“みんな”とは?」
「え....へへ、悪いな~水影氏......だってほら、このチームには九人の......」
ユーミーの言葉は、段々と顔に暗い影を落とすミズカゲを見るたびに遅くなって。
「ユーミー氏、もう泣かないと言うのなら......苦しながら答えさせて頂きましょうぞ」
「もう.....泣くわけないでしょ!ミズカゲ氏、バカにしすぎだよー」
「......それでは申し上げますが、ユーミー氏『パンクパンク』現在のメンバーは」
ゴクリ.....と、二人が喉を鳴らした。
「─────ユーミー氏。そして拙者ミズカゲの......二人だけでござる」
「うっへええええええええん!!!!!」
穴という穴から液体を飛び出させて、ユーミーが絶叫する。
『寄る辺の灯火』との戦いのあと、無慈悲にも、ほとんどのチームメンバーは脱退してしまった。
「嘘だ!きっとミズカゲ氏のおちゃめなジョークなんだぁっい!」
「ユーミー氏....いや.......!?失敬!!拙者としたことが見間違えていましたぞ!」
そこでメニュー操作からなにかに気づいたか、ミズカゲがはっと顔を上げる。
「えっ?!やっぱり!やっぱり嘘だったんだね!おちゃめすぎるよミズカゲ氏!!」
グチャグチャになった顔を明るくするユーミーに、ミズカゲはチームリストのホログラムを見せつける。
「残りメンバーは“二人”ではなく、もうログインしていない海苔煎餅氏を含めた“3人”だったんですな!!」
「うっふええええええええん!!!やっぱり皆いなくなっちゃったんだぁあああっ!!!」
チームリストには、確かにログイン中である二人と、その下でアイコンが灰色に変わっている海苔煎餅という名前があった。
号泣が止まらないユーミーに逆に冷静になりつつあったミズカゲは、(その涙って、やっぱり無限に出るんでござろうか)だなんて考え始める始末だった。
「そう落ち込んでる姿は似合わないですぞ。ほら、拙者と海苔煎餅氏も残っていますし、“少数精鋭”ってヤツですな」
「うぅ.....そぉお?少数精鋭か.........確かに」
ミズカゲの励ましに少しずつ元気を取り戻そうとするユーミー。
実際────残っているメンバーは3人とも“ネームド”の実力者であり、こけてはいるが少数精鋭というのは間違いじゃない。
すると、二人の耳に草を踏みしめる足音が入った。
「なんだこりゃ、ゴミ山じゃねえか」
ポリポリ、と頭を掻きながら呑気に歩き、まるでデリケートの無い言葉を落とす男に。
当の“少数精鋭”は─────。
「何なんだぁーっ?!君たちはあああっ!もうここには何も無いんだぞっ!!傷口に塩でも塗りに来たのかーっ!やるってーなら、やってやらんことも......ないよ!?」
「ユーミー氏......もう傷口は塩まみれですぞ.....」
「うお......酷い顔してんな.....?」
鼻水と、涙と、色々混ざったユーミーの顔を見て、やってきた男─────シナナキは目を丸くした。
少しずつ元気を取り戻しつつあった二人も、さっきのお通夜ムードに逆戻りしてしまった。
続いてやってきたアマヤは、どこか申し訳無さそうに目を細める。
「とことんやられたみたいですね。お久しぶりです。ユーミー」
「....もしかして。その話し方、アマちゃんっ?!絶対そうだよね?!」
「ちょ.....!近寄らないでくださいっ?!」
汚物を避けるかのように、いや、実際に涙と鼻水を撒き散らすユーミーを、アマヤが突き放す。
「私がいない間に彼氏なんかできちゃってーっ!このこの!」
アマヤとユーミーは、お互いに相当の仲だった。
二人は共通して“VR3D格闘系ゲーム”をメインとして活動するプロゲーマーであり、女性ゲーマーの近しいコミュニティに属していた。
「違います!!彼とはただのチームメイトなだけですからっ!!」
「またぁ、そんなお決まりのセリフはいちゃってさ。ねっ?」
チラッとユーミーの同意を求める視線を受けたシナナキ。
その彼氏うんぬんの話は無視しつつ、シナナキも口を開く。
「ユーミーと、ミズカゲか」
念入りにリサーチしていた上に、そもそも高レベル帯でともに対戦をしていたシナナキにとっては馴染み深い名前だった。
「えっ?.....待って!言わないで!いまピンと来そうだから─────!」
一方的に『パンクパンク』の二人を認識していたシナナキに、当てたがりのユーミーが待ったをかける。
しかし、そこでミズカゲ氏が気をはやらせて。
「もしかして.....!りんごパイ殿でござるか....!?」
確信を得たとばかりにミズカゲが目をかっぴらいた。
「誰ですかそれ...?」
「へえ、なんでわかったんだ」
「─────え?シナナキ?!りんごパイ殿?!」
シナナキという人間からは考えられない可愛い名前に。
アマヤが驚きながら口をあんぐりと開ける。
「前の名前だ。今はシナナキに統一しているが、昔はコロコロ名前を変えていたからな」
「ちょっとミズカゲ氏!!なんで言っちゃうのさぁもーう!...って─────シナナキ君?!あの?!極悪非道悪逆無道四天王のシナナキ君なの?!」
一発で当てられたことに、その答えである男の名前を、ユーミーはワンテンポ遅く認識する。
「いつからそんな四天王が出来たんだ...!?」
ユーミーの相変わらずの様子に、シナナキも突っ込まざるを得ない。
そしてミズカゲは一人、静かに感情をたぎらせていた。
「りんごパイ殿はやはり、シナナキ氏だったんですな。灰色の髪とその口調、忘れもしないでござる….」
「何かあったんですか....?シナナキ」
ミズカゲの神妙な表情を前に、ピンときたかシナナキが指を立てる。
「あっ!まさか、『全国』のときのか.....?」
「『全国』って、あの『全国』ですよね?」
─────『全国eスポーツ最強決定戦』。
毎年開催される、日本のeスポーツ界において最も盛り上がる、言わずと知れたビッグイベントだ。
様々なゲームタイトルが参戦し、スポーツの全国大会同様、県代表同士で戦い合うトーナメント方式で繰り広げられる。
「髪色は一応リアル準拠なんだ。名前はシナナキじゃかったが、会場で話していたら分かってもおかしくはねえな」
「シナナキ氏.....拙者との戦いを覚えているでござるか?」
「あー、地区予選の最終決戦とかで、俺が勝ったんだっけか?」
あまり鮮明に記憶していない様子のシナナキとは対照に、ミズカゲは真剣な表情で。
「そう─────ッ!拙者はシナナキ氏に惨敗!神奈川最強のデータキャラと謳われていた拙者の尊厳は........バキバキにへし折られたんですな」
「.....お前って、神奈川最強のデータキャラだったんだな」
メガネを光らせるミズカゲは、確かに、悪い意味でそう見えるかもしれない。
「ふーん、ミズカゲ氏はその時の復讐心に心を燃やしてるんだ!熱血だねー...!」
「復讐心......否。拙者が抱くこの感情は、そんなものでは無いですぞ。それとは違う、もっと清々しい.......『敬意』のような物ですな」
ミズカゲの言葉に、シナナキは良く分からないと眉を曲げた。
「『敬意』?」
「うーんと、じゃあミズカゲ氏はその時にタコ負けして、シナナキ君に憧れちゃったってわけだ!」
「憧れ.....それともまた少し違うんでござる」
その時の状況を思い出すように、ミズカゲが顎に手を添える。
─────5年前。
『全国最強決定戦』神奈川県決勝。
優勝候補筆頭であった『データのミズカゲ』。そして突如現れた、灰色の髪の男。
ミズカゲに熱烈なファンが集う中。怒涛の連勝を見せ決勝戦まで上り詰めた『りんごパイ』という男に、愛らしい名前も相まって、会場は支配されつつあった。
そして迎えた決勝戦。神奈川県の競技人口から全国進出枠は2枠あり、それは消化試合だったのだが。
観客は、ミズカゲ対りんごパイというカードを熱望していた。
その─────結果として、ミズカゲは惨敗した。
「“データキャラ”は、所詮“データキャラ”に過ぎなかったんですな」
「え?もしかして、『データになかった』なんてオチじゃないよねっ?!」
ユーミーの言葉に、ミズカゲは天を仰いだ。
まるで、遠い過去の自分を哀れむかのように。
「拙者は全くデータに無い初出場の『りんごパイ』殿に.....苛烈な動きに翻弄され、こちらの動きも完全に対応しきられた......」
「ぶははっ!ミズカゲ氏!想像して笑っちゃうからっ!やめて!」
「そして拙者は言ったんでござる。『データキャラとしたことがデータで上回られてしまった。りんごパイ殿に、データキャラの名は譲りましょうぞ』と。それに対する返答は、拙者に衝撃を与えたんですな」
「なんて言ったんですか?」
「ああ─────」
突然ピンときたか、シナナキが声を上げる。
「思い出した。俺は....『要らねえよ』って言ったんだ」
その言葉に、まあそうでしょうね。という表情のアマヤ。
ユーミーは、さっきのネガティブな感情はどこに行ったのか、また別の意味で涙を流しつつ傍らで爆笑し続けていた。
「─────そのとき拙者は衝撃を受けた。メガネが破裂するような感覚に陥った。『要らない』とはつまり、『データ収集なんて上級者では当たり前であり、寧ろデータ以外を疎かにしている者につけられる蔑称』なのだから必要ないと、そういうことだったんですな」
感情の籠もったミズカゲの話を、静かに3人は聞いていた。
ミズカゲが若干ズレた拡大解釈をしている....とは言及せず。
シナナキとしてはどうでもいいという感情で放った言葉だったが、しかしシナナキは一人、
(確かにそれはそうだな。うん)と陰ながら共感していた。
「拙者はもう、データキャラは卒業したんでござる。今までどおりデータは磨きつつ、他の技術も疎かにしない。そう教えてくれたりんごパイ殿─────いや、シナナキ氏には『敬意』を示したいのですな」
「そうか」
「ぶ.....く、ふふっ!い....良い話だねっ!ミズカゲ氏....!」
馬鹿にすることを隠しきれていないユーミー。
アマヤも困ったような表情を見せた。
「.....って、お二人とも、雑談に花を咲かせていていいんですか」
そんなアマヤの言葉に。
温かい室内に、突然冬の風が入り込んだような。
和やかな談笑話から引き剥がされて、急に崩壊した拠点の上に立ったことを思い出させられて。
俯瞰的に状況を見せられた『パンクパンク』の二人は、顔を凍てつかせるしかなかった。




