29 薪割りスラッシュ
自分で言うのも何だが、『シナナキ』という名は良くも悪くもそこそこの知名度を持っていると思う。
『アマヤ』もそうで、もっと言うと、このゲームに参加する者の多くがそうだと言える。プロゲーマー、有名配信者、トップランカー。多くのネームドが集まるこのテストプレイサーバー。
─────ただ、そんな前提を踏まえたうえで........“あの男”は格が違う。
生ける伝説。
彼のことをそう呼ぶ者も少なくない。47歳、現役にして最強。
今のプロフェッショナルが生まれる前からプロフェッショナルで、衰え知らず。
眼の前の、“フスミ”という男がそうだった。
「フスミ........悪いがあんたを相手してる時間は無いんだよ」
「んん?そいつはツれねえなあ.......」
眉をへの字に曲げ、残念という仕草をするフスミへ駆け出す。
俺より先に、アマヤが前へと。
(良い....!!)
意思疎通を図らずとも、お互いの考えが重なり合う。
アマヤは剣を背後に構え、勢いのままフスミへと振りかぶった。
私が足を止めるので、先に行ってください。─────と、言わんばかりに。
しかしその程度で止まるのなら『生ける伝説』と呼ばれていないことくらい、
「わかってんだよ.....!」
「流石に避けるね」
当然とでもいいたげな表情で、フスミはアマヤを捌きつつ、俺に攻撃を欠かさない。
右手に持った手斧とは反対の、左手に持ったハンドクロスボウ。
いとも容易くあしらわれたことに、アマヤは少なからず動揺を見せた。
「ああ、それと。俺は別に騎士とかじゃあないのさ」
フスミの話に、少しだけ耳が傾きそうになりつつも、俺は雑念を振り払う。
「こうやって君たちにちょっかいを出してるのも、まぁ、言っちゃえば俺の気まぐれなんだ」
「..........」
集中しろ。
走りながら屋根の上を移動しつつ、目的地へと進もうとするところを、フスミはすかさず邪魔してくる。当たり前の如く俺達のゴールはバレていて、当たり前のようにその進行を妨害されている。
恐らく、スキルも関係している筈だ。そうでも無きゃあおかしい。
少しでも足を止めようとアマヤが何度も挑戦してるのに、馬鹿みたいにそれはいなされ続けている。
今もそうだ。
アマヤが真っ直ぐフスミに向かって、突撃する、ように見せかけて止まった。アマヤも止められるだろうと踏んで、フェイントをかけたわけだ。
なのに、フスミはそんなのバレバレだとでも言わんばかりに、見向きもしない。そして真っ直ぐ俺の方へと切りかかってきた。
こうやって、アマヤを囮に俺が先に進むという目論見も防がれる。
(オッサン.....おかしいだろ。まずいな.....ミルクの制限時間はもう、あと2分前後ってとこまで来てる.....!)
ミルクといえどこの状況で悪ふざけで制限時間を告げたとは考えられない。
制限時間は重要だと考えるべきだ。
絡まれつつも少しずつ進んではいるが、このままでは確実に間に合わない。ミルクの言葉を無視するという選択肢はあるが、そもそもフスミを前にして逃げ切れるかもわからない。
俺は覚悟を決め、叫んだ。
「仕方ねえ、アマヤ!一瞬で決めに行くぞ!」
「わかりました」
「へえ.....そもそも二人なら倒せる前提かい?」
20秒で決める。
いくら伝説とはいえ、ただの1プレイヤーに俺達二人がかりで負けるわけにはいかないだろ。
一気に間合いを詰めるために、俺は飛びかかるように大きな一歩を踏み込んだ。
「悪いね。2対1とは言っても、君らは多少なりとも負傷しているし。その焦りっぷり、そっちには別の条件もあるんだろ?」
次の瞬間だった。
大きく踏み込んだ足を下げ身体を前に進めようとしたところで、トスン…と、踏み出す次の足へ冷徹なクロスボウが突き刺さった。
「!」
「どうした、普段の君ならこれくらい躱せるはずだろ?」
俺の“焦り”を、咎めようと言わんばかりの一撃。
踏み込む瞬間に衝撃が加わったことで、俺は大きく体勢を崩した。
その隙が見逃されるわけもなく。
「どうだ?その状態で避ければ、」
「ぐ............!」
「確実にバランスを崩す」
フスミの言葉通り。
俺は間一髪で目先の一撃を避けたことで、更に体勢を損なった。
「シナナキ!」
すかさずアマヤがスキルを使い、踏み込む。
しかしそれも読めているとばかりに身を翻すことで華麗に避ける。
それだけなら良かったんだが───。
「“薪割りスラッシュ”.....なんつって」
フスミは斬りかかったアマヤの下を潜り込むように避け、俺との距離を縮めた。
鋭い斧の切っ先が目の前に迫る。
その自分で考えたであろうダサい技名と、余裕の表情から放たれる手斧の一閃を最後に。
────────視界は上空へと転がった。
俺の首は守ろうとした左手とともに。
あっけなく宙へと吹き飛んでいったのだった。




