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七十話

 十一月、最初の土曜日。文化祭当日。

窓から覗いた外には、いまだ完全に日の出しきっていない薄暗い空が広がっている。

階段を下りて一階のリビングに移るなり、ハクはすでにつけられてあったニュース番組を朝ごはんを食べる直前に立ち見していた。


 晴れ――天気予報にはお日様のマークと共にそう記されてある。

 それを確認したところで、ハクは特にほっとすることもなく朝食に手をつけ始めた。

 共に食事をしている母は、土日どちらとも休みだそうだ。


土曜に『演奏部』の出し物があると勝手に思い込んだ母は、本当は行く予定だった仕事を有休をとって休みにしていたと言う。出し物があるのは今日ではなく明日だったから、母がせっかく取った休みは結局無駄ということになる。ちゃんと言っておけばよかったとこの時思った。


「今日、文化祭行くの?」


 母は今日どう過ごすのかと気になり、話の流れで尋ねてみる。


「うんん」母は首を振った。「今日じゃないんでしょ? 拍が出るのって」

「そうだけど」


(一応クラスの出し物はあるけど)


 学校の文化祭は、連日二日かけて行われる。


 一日目は飲食やお化け屋敷等の、至って小、中規模の出し物が中心的に行われるようになっていて、二日目には、いわゆる体育館で行うような演奏や演劇といった大規模なものが一斉に行われる。


 学校側は土曜日――つまり一日目の参加を義務づけていて、その日は平日にある授業日とまったく同じ出席扱いとしている。たとえ、一日目をイベントだからと言って休もうと、その生徒は普段と等しく《欠席扱い》になるとのことだ。


 逆に、二日目は自由参加。その理由として、文化祭の《振り替え休日》は、翌日の月曜だけしか取られていない。次の日の火曜日には、通常通りの学校が再開する。


 かといって、二日目の参加者が激減することはない。むしろ二日目の方も、一日目の賑わいと同等に盛り上がりを見せるらしい。担任によれば、毎年行われる吹奏楽と演劇は特に目玉で、これを見にやってくる生徒や近隣の住民たちが割と多くいるらしい。


美味しいところは二日目に持ってくる――これは学校側の戦略なのだろうか。


「じゃあ行ってくる」

「はーい、行ってらっしゃい」


 玄関を出ると、ようやく日が姿を現していて辺りはすっかり明るくなっていた。


誰もいない通学路。

少し急ぎ目にペダルを漕ぎながら、自分はその朝日に向かって走り続けた。

  

△△


「あ、おはよう」


 学校について早々、自分は職員室に向かうことなく直接部室へと足を運んでいた。

 そこには当然のごとく、朝早くから部室で読書をするすみれがいた。彼女は自分を見るなり、すぐにそう挨拶してきた。


「おはようございます。……やっぱり早いですね、今日も」


 自分は荷物を端っこの方に置くと同時に、そう口にした。


「まぁね」


 すみれはそれが当然だと言うような反応を見せる。


「ハクはあれでしょ? 朝弱いタイプ」

「弱い、ですね」

「あはは」口元を手で押さえ、控えめに笑うすみれ。「やっぱりそうだった。だったら、わざわざこんな朝から集まることないのに。別に文化祭が終わった後やれるんだしさ」

「すいません、こんな朝から」

「私は全然いいよ。全然朝平気な方だし。ただ、ハクがそこまでしてやりたいって言うのは、何か少し不思議だなあって思って。明日が本番だっていうのに」

「まぁ……緊張をほぐらかしたい気持ちは、まったくないわけじゃありません」


 すみれは何かに気づいたように目を見開いた。


「……そう、だよね……。絶対緊張するよね。冷静に考えてみたら、大勢の人の前で演奏するのって今回で初めてだし……」


(……言われてみれば確かに)


「大丈夫? ハク……」


すみれは、気遣うような目で自分を心配してきた。


「大丈夫です。そのために今こうして集まってるんですから」


 そう言って、自分はすみれの元に近づいていく。

 彼女はもうすでにコードを繋いでいて、今すぐにでもキーボードを弾ける状態にしていた。


「緊張なんか、音楽の楽しさで吹き飛ばせますよ」

「そっか」

「………昨日の続きですけど――」


△△


 ホームルームは通常通り八時四十分に始まり、やがて二十分足らずで各自解散となった。


 担任は、事前に準備してきた出し物である《チョコバナナ》の役割分担などを、改めてまた手短に説明し――、


 その後、何やらとある用紙を生徒全員に配り始めた。そのとある用紙とは、いわゆるチケットのことである。少し特殊な素材の紙のようで、分厚め、かつ六等分に切り取られる刺繍のようなものが施されてある。


 担任からは「今日中にこれをすべて使い終えるように」との指示があり、周囲からは歓喜の声が上がった。出回っている屋台の商品は、これを使えば実質タダでゲットできるから物欲のある学生にとってはありがたい話か。


 自分としては六つもあるのかと、少々面倒に感じた。後で欲しがっている生徒にでも上げようと思ったのだが、


「忠告だけど、チケットは絶対に人に上げたりしないように。決まりくらいちゃんと守れよ」


 少し厳しめに担任はそう忠告してきたものだから、仕方がないかと腹を据えた。

 ホームルームはそれにて解散。今は図書館に一人で籠っている。一人静かに本を読む――ということはまったくなく、ただただ普通に携帯をいじっているだけだった。


 つい先ほど、自分は屋台の方に出向きはしたのだが、あまりの人の多さに急に行く気が失せてすぐに校内の方へと戻っていた。


 結局貰ったこのチケットは、使わず仕舞い込むことに。一瞬ゴミ箱に捨てようと思ったが、後からバレた場合が面倒だからと今はバッグに入れてある。


 扉の奥から聞こえてくる賑やかな生徒たちの声。校内でも、お化け屋敷やなんちゃってカフェなどが出し物としてあったから、このざわめきはきっとそれだろうと思った。


「そう言えば、すみれさんは今どうしてるんだろ」


 ふと、そんなことが脳裏に浮かび始める。


 そう言えばだ。彼女が自分を店歩きに誘ってこなかったのは少し意外に思えた。もちろん、自分が誘われるような人間でないことは百も承知なのだが、彼女なら『せっかくだし一緒にお店回らない?』とでもメールで言ってきそうだ。



 ――ブゥゥッ。



 そんなジャストと言うにふさわしいタイミングで、突如として携帯の通知音が鳴り響いたのだった。

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