五十二話
朝のホームルーム終了後、突然ハクは担任から呼び止めれた。その内容はもちろん文化祭のことだった。
どうやら今日、『文化祭の出し物』に参加する者の代表者たちが、昼休み始まってすぐに生徒会室に来るよう召集がかかっているらしい。当然、自分は部長であるから今こうして話をかけられたわけだ。
(みんな忙しいだろうし、一人で行くか)
ハクは加えてこんなことを尋ねていた。
――あの、何のための集まりなんですか?
回答によっては一人で行かず、ほかのメンバーに声をかけて一緒に同行するという選択肢も視野に入れる。情報量が多くなれば、自分の聞き忘れで皆に迷惑をかけるなんてことがあるかもしれないから。
「そりゃあれだろー」
担任いわく、おそらく当日の出場順や時間帯、それに詳しい取り決めなどをそこで説明されるとのこと。
担任には別れ際に「忘れるなよ」と言われた。召集自体を度忘れして、皆に迷惑をかける生徒が出てくるのは毎年のことらしい。自分も忘れないように、朝から少し気合を入れる。
それにしても。
こういう招集事が始まっていく様子を見ていては、いよいよ本格的に『文化祭』という一大行事がいよいよ間近に迫ってきているのだと、ひしひしと感じさせられる。緊張している自分もいれば、同時にワクワクしている自分もいる。
この胸の高鳴りは緊張か、それとも高揚か。
その見分けがつけられないのは、少し不思議だ。
けれどそのくらいに、自分はこの文化祭を楽しみにしているのだろう。
驚くことだ。
ちょうど一年前までは、まさか今こんなことになっているなんて思ってもみなかった。一体誰が想像しただろう。自分が文化祭の――しかもバンドの一員として、今舞台に立とうとしているなんて。
この文化祭での出し物を絶対に成功させよう。
もう夢でも幻想でもないんだ。
今までの努力は、ちゃんと自分たちの足を地につかせている。
後は、このまま突っ走るだけ……。
「…………」
突っ走れるのか?
本当に、自分たちはこのまま前に進んでいけるのか?
……怖いんだ。
いつか全部崩れてしまうんじゃないかって……。
あの人の純粋なこころは、もう持たないかもしれないって……。
それだけはダメだ。それだけは何としても防がないといけない。
あの人は正しいから。周りがどう言っても関係ない。だってそれは正しくあるべきなんだから。
だから、絶対に防いでみせる。
あの人が選ぶ道が絶対に正しいんだってことを、この文化祭で皆に見せつけてやる。
おれがあの人を救うんだ。
△△
「――ってことになったんですけど」
部室に来て早々、ハクは忘れないうちに全員にこのことを報告した。
「七番目か……昼の部だろ?」
「そうです」
陸の問いに、ハクはすぐさま答える。
一応、文化祭に関する資料ということで、各々が出場する時間帯のほか、文化祭に関する諸注意などが色々と記されてあった。自分はもうすでに読み込んだ後だから、後は皆にも見てもらうとする。
「これに書いてありますよ」
そう言いながら、陸にその紙を手渡した。
「どれどれ。私にも見せて」
すみれもその紙のことが気になっているようで、隣に座っている陸に近寄りだす。
「ああ……」
少し気まずそうにしながらも、陸は真ん中の方へと紙をずらす。
「十四時半か」と、陸。
「ちょっと遅くない?」
「そうか?」
「………」
「………」
瞬間、二人の顔が目と鼻の距離で合う。
それに気づいた二人は目をばっと開いて、
「あ、ごめん……」
すみれの気まずそうな声とともに、二人の顔は離れていく。
「いや、ごめん。おれの方が悪かった……」
(…………)
「おまえらカップルかよ」
静粛が訪れようとしたそのタイミングで智也が口を開く。それを耳にしたすみれは急いで智也の方を向いて、
「うるさい智也」
虎のような目つきで、すみれはそう言い返す。
「絶対おれのこと先輩って思ったことねぇだろ? 今まで」
そんな智也の呟きには誰も反応することなく、再び沈黙が訪れた。
「あ、あの」
突然皆を呼びかけるハク。
皆の視線が自分へと移った時、ハクは慌てて口を開いた。
「間に合いそうですか? 文化祭まで」
ハクは皆に、というよりも主に智也に向けて質問した。
「そうだな」智也は手に顎をやった。「……文化祭って何曜だっけか?」
「土曜日から始まりますけど、ぼくたちが出るのは日曜日です」
「日曜か……。じゃあ、もうあと一週間くらいしかないのか……」
「はい。……問題は二曲完成させられるかってことです。いくらもう一つがカバーだっていっても、また一からアレンジ加えていくって考えると結構ハードですよね」
「昨日みたいにはならないのか?」
質問を投げかけてきたのは陸だった。
「昨日みたいって……」ハクは頭を傾げた。
「アレンジのことだよ。昨日はその場のノリみたいなので一瞬で完成に近づいただろ? 二曲目もそんな感じで作っていけばいいじゃないか?」
陸の発言は周りの目をはっとさせた。そうだ! 昨日みたいに作れば一瞬で完成させられるじゃないか!?
だがハクは、顔をしかめていた。その様子に気づいた陸たちは、不思議そうに彼を見つめ出す。
「毎回あれは無理ですよ……」
まるですべてを見通したような物言いをするハク。なぜそう断言できるのかと、全員が頭に疑問符を浮かべていた。
「あれは奇跡みたいなものです。今度も同じようにできたらいいですけどね」
「なんでできないんだ?」
すぐさま陸がその訳を問う。
「前に言ったことがあると思うんですけど……その、ぼくには周りの音が聴こえます。一つの楽器がどう鳴っているかまで全部」
ハクは一度間を置いた後、「ですけど」と続ける。
「いくら楽器の音が聴こえても、それが再現できるかどうかはまた別の話。つまり現実的に本当に上手くいく演奏を見つけるには、ただ愚直に練習をしながら模索していくしかないってことです」
ほかのメンバーたちは、ハクの言っているその意味は理解できた。だが、それは完全な理解とは程遠いもの。なぜなら、彼らは一度たりともハクの頭の中を覗いたことはないのだ。
ただ、現実にはそんなうまい話はない――そのことだけはよく伝わった。
しかしそれでへこたれる自分たちでもない。もう何回も挫折を味わってきたのだ。たとえそれが愚直であっても、乗り越える方法はどこかにあるはずだと模索し続ける自信が、今の自分たちにはある。
――つまりだ。
「ここからはまさに時間との勝負ってか?」
そう智也が言うと、
「そうですね」
ハクは智也を見てそう返した。
「ならとりあえず完成させないとな、昨日の続き。できれば今日の内に」
「うん、話してる暇じゃない。やろ、早く」
陸もすみれも俄然意気込んだ様子で立ち上がり、楽器の方へ向かいだした。
「悪いな……」
「え――?」
立ち上がろうと、床に手をついたその時。
自分にしか聞こえないその小さな声は、耳元をすっと通り抜けた。
「智也さん、今の」
「おれがもう少し早くプライド捨てれば、こんなに忙しくなんなかったっていうのにな」
そんな智也の弱音を聞いて、ハクはすぐさま口を開く。
「ぼくは……ここまで来られたのは智也さんのおかげだと思ってます。智也さんの理想あってこそだって。それがなかったらきっと平凡なものになってたって――」
「ものは言いようだな」
ハクの言葉を打ち消すように、智也は言った。
「おれもいい後輩持ったよな、ほんとに」
言いながら、智也はハクの肩をポンッと叩く。やがて、彼は向こうにいる二人の元に移動し始めた。
「これでいいはず……何も間違ってない」
すれ違ってざま、ハクは独り言のようなものを口にした。
「ん? 今何か言ったか?」振り返る智也。
ハクは首を横に振って、
「いえ……何もないです」
「そうか」
特に気にすることなく、智也はハクの元を離れていった。
「ハク?」
するとすみれが、遠くから声をかけてくる。
「どうかした?」
「いえ、何でもありません」
別に今気にしてもしょうがないことだ、これは。とりあえず曲を完成させないと。
だから今は集中しよう。悩んでも、時間までに間に合わなかったら何も意味がないんだから。




