四十八話
「それする前にもっとやらなくちゃいけないことがあんじゃないのか? 話し合いってやつを」
「………」すみれは意表を突かれたように目を見開いた。「……ごめん、私が先走り過ぎた。たしかに……陸の言う通り、ちゃんとみんなで話し合った方がいいよね」
自らを反省するように、すみれは上げていた腰を下ろす。そして、皆の注目が陸の方へと向かいだす。
「じゃあ智也、後はおまえによろしくする」
話を進めるかと思われた陸は、急にそんなことを言いだし始める。
「は!? 自分から言っといて人に丸投げかよ……」智也は言った。
「おれは話を進められるような性分じゃないからしょうがないだろ」
「………。はぁぁ。わかったけど、話し合いって言われても何話せばいいんだよ?」
智也は陸に返答を促すと、
「そもそもおれたちはまだ何もわかってないんだよ。自分たちがした演奏のことを。だからこんなに頭が混乱してる。まずはその整理をしないといけないんじゃないのか?」
智也は優雅に話している陸の姿を見て、思わず口を半開きした。
「陸、やっぱりおまえが話進めろよ」
「………? だから嫌だって――」
「いや、絶対おれよりもおまえの方が向いてると思うぞ」
「はぁ?」
まるでわからないと、陸は眉を上げる。
「私も、陸がいいと思う」
「ぼくもです」
すみれもハクも同じく智也の意見に賛同したことで、陸の逃げる道は完全に塞がれる。
逃げ場を失った陸は、思わず大きなため息をこぼした。
そして、仕方がないとばかりに「わかったよ」と言って、彼は話を進めだす。
まず始めに、陸は三人それぞれが演奏中に感じたことを尋ねた。
智也、すみれ、ハクと順番に質問も兼ねながら、深く掘り下げるように話を聞いていく。
個人の主観で見た演奏の感想は、得てしてそれぞれが担当する楽器の特色が強く反映されていた。それによって演奏に対する見え方も大分立体的になり、少しずつ現状が理解できるようになってくる。
「なるほどな。まとめると、智也は自分以外の楽器にもう少し迫力があればよくなる。……すみれは楽器の音がハクの歌声をかき消してるから、もっと迫力を抑えた演奏にした方がいい。ハクは、自分の歌をもっとみんなに合うように調整したらよくなる。……とまぁ、これだけ意見が集まれば現状も少しはわかってくるもんだな」
「なあ、陸……」唐突に、智也は呼びかけた。
「なんだ?」
「……あぁいや、やっぱ何でもねぇや」
「なんだよ?」
智也の意味深とも取れるその素行に、当然陸は眉をひそめたが、
「おまえの意見はどうなんだよ、陸」
話題を逸らすように、智也は陸にそう尋ねた。
「……? おれは別にいいだろ。特に何もないし」
「そんなわけねぇだろ。何も感じなかったとか」
「だから本当に何も思わなかったって……」
二人が言い合っている間、すみれは顎に指を当てたまま熟考していた。やがて彼女は何か閃いたように「そっか」と言い放つ。それを耳にしたほかのメンバーの視線は、自然と彼女の方へと向かっていた。
「なんだよ……」急なすみれの発言に智也が反応した。
「つまり迫力の部分をどうするかってことでしょ? 智也は迫力を優先した演奏を求めてるけど、私は逆にその迫力をなくした方がよくなるって思ってる」
すみれは視線をみんなに向けて「だから」と口にする。
「私たちは早く決断をしないといけない。迫力にするか、そうじゃなくするかを。もし迫力を選ぶなら私たちが智也に合わせることになるし、そうじゃないなら、智也が私たちに合わせにいくことになる」
「いや、すみれ」智也は言った。「それは極端すぎるだろ。第一、まだ一回しか通しでやってないんだぜ? 練習していけばそのうち迫力を捨てなくてよくなるかもしれねぇ――」
「できるのか?」
智也の言葉を遮る形で、陸が疑問を口にした。
「………?」
質問の意図を理解できていない智也は、眉をひそめる。
「そんな何の具体性もない方法で本当に最善の演奏に辿り着けるのか?」
「それはだから、練習していくうちに――」
「もう文化祭まで二週間しかないのにか?」
「…………」
まるで現実を突きつけられたかのように、智也の表情が硬くなる。
「……じゃあどうするって言うんだよ? 迫力を求めるか求めないかの二択にしかならねぇのか?」
「いや、迫力を捨てるしかない。現実的に考えて」
その瞬間、皆に驚きが走る。一番目を見開いたのは智也だった。まさか、自分がここまで否定されるとは思ってもいなかっただろう。
「……いや、だから」慌てて智也は口を開いた。「それが極端すぎるって言ってんだよ、こっちは……。やっぱり納得がいかねぇ。大体なんで、それしかねぇって話になんだよ」
「時間がないからだ、現実的に考えて」
「まだ試しもしてないのにかよ? 理想かそうじゃないかなんて、その後だろうが」
「じゃあ智也。おまえが考えるやり方で、確実に時間までに間に合うっていう保証はあるのか? あるなら具体的な方法をおれたちに説明してくれよ」
「…………」
智也の口が止まり、やがて長い沈黙が訪れる。
今まで建設的な議論をしていたはずだった。しかしいつの間にか、この場に亀裂が生じていた。これは必然的に起こったものなのか。本当に、このままでいいのだろうか――。
二人のやり取りを静観していたすみれとハクは、ともに危機感を抱いていた。このままではいつ喧嘩が始まったとしてもおかしくない状況だったから。喧嘩だけは駄目だ。それだけは絶対に間違っている。
もう一段階ヒートアップするものなら、その瞬間自分が仲介役に回って場の雰囲気を和らげよう――すみれは頭の中でそう考えていた。
「……おれはまだ迫力を捨てる必要はないって思ってる。わかってる! 時間がないことくらい。でもせっかくここまで練習してきたんだ。……捨てるなんて、そんなもったいない話あるかよ? 別に三日でいいんだ。その間試行錯誤する時間を取ってもいいだろ。おれはどうしてもこの曲に迫力があった方がいいって――」
智也がありったけの力説を終えたその時、陸のわざとらしい大きなため息がそれをかき消した。また、気まずい静粛が訪れる。
「おれは気持ちを説明しろなんて一言もいってないぞ? 結局、具体的な方法なんてどこにもなんだな。ただおまえは、根拠もろくにないそのやる気だけで理想だけを語ってるだけだ」
「違う……。そんなんじゃない………」
――智也さんは何も悪くありません。
智也が返す言葉を失いかけていたその時だった。突然にして、ハクが声を上げた。
「全部、ぼくのせいなんです」
すぐさますみれが反応したが、ハクはそれを無視して再び話を続けた。
「迫力を追い求めようとしてたのは、紛れもなくぼく自身です。だってぼくが皆さんにそう仕向けたんですから。最初に録音を送ったあの時点で」
ハクが口にした言葉に皆唖然とする中、陸だけが不思議そうに眉を寄せた。
「おまえは、こうなるって始めからわかっててそうしたのか?」
「それはないです。あの時はただ、みんなの足を引っ張らないようにしようとしか思ってなかったですから」
「じゃあなんで迫力を選んだんだ? 足を引っ張りたくないなら、普通迫力をなくす方を選ぶんじゃないか?」
言われたハクは、なぜか一瞬だけ顔をしかめた。やがて顔を上げると、再び彼は言葉を紡ぎ始める。
「それはぼくが、『智也さんの理想とする音楽』を実現させたかったからです」
「智也の理想………。それって迫力のことか?」
ハクは首を縦に振った。
「だから、ぼくは智也さんの方につきます。ぼくも迫力を追い求めたいです」
すると陸は、やれやれと自ら折れるようにため息をつく。
「じゃあ智也、その代わりおれに約束してくれ」陸は言った。
「何だよ……?」
「三日だ。三日間だけ、おまえたちに時間を上げる。それ以上はなしだ。こっちにも受験がある。そう安々としてられないんだ」
その陸の提案に、
「ああ、わかった。それでいい。三日あれば十分だ」
智也が了承したことで、無事今後の活動内容が定まったのだった。




