四十七話
途中、まさにサビの最中だった。
突然にしてハクは歌うのを中断。
それに合わせて、皆の演奏もストップした。
シンバルの音が鳴り響く。それは時間が経つに連れて段々と小さく、鼓膜に届かないくらいの音になってやがて静寂が訪れた。
「………」
皆、口を開かなかった。開けなった。一体どう口にしていいのかわからなくて。
皆、自分のこころにあるものを整理しようとした。
真ん中に、一つの強い感情を感じる。圧倒的に大きく、光が強くて一番に認識できる。それは前から感じていたものだと思う。まるで生まれつき持った自分の顔のように慣れ親しんでいて、心地がよかった。
もう一つ。これと同じくらい大きな何かがもう一つあった。
自分はそれを知らなかった。本当に初めて出会ったみたいで不思議な感覚だ。
寄り添うようにそこに意識を向けてみると、自分はいきなり逃げたくなるような強烈な何かに襲われた。それは恐怖なのか。それとも不安なのか。それが何であるかはわからないが、目を背けたくなるほどに不快であることは確かだった。
安らぎを求め、再び居心地のよかったあの場所に戻る。ここがいい、ここがいいんだと何度も確かめ、その場所に留まり続けた。
「よかった、な……」
沈黙を破ったのは智也。彼の声には、どことなく怯えのようなものを感じられた。
「……うん。よかった。ちゃんと練習の成果が出てた思う……」
すみれの声にもなぜか、後ろめたさを感じられた。
なぜだろう。
彼らの言っていることは実に肯定的で、決して怯えや後ろめたい要素なんて微塵もないはずなのに。喜びをあらわにしていない今の状況が、この言葉の意味にまったくそぐわない。
「よくないですよ、全然……」
そんな中、ハクは口を開いた。
『―――!』
皆がその言葉に唖然とした。
あたかも、ずっと避けていたものに再び出会ったかのように、ハク以外の全員が恐怖の表情を浮かべた。
それはハクが、あるものを突きつけたから。
――これが、紛れもない『現実』であると。
「よくないって……」智也は言った。
「全然ダメです……こんな下手な歌じゃ」
その瞬間、『歌』という言葉に皆が反応した。即刻すみれが口を開く。
「違うよ……! 全然下手なんかじゃなかった!」
「じゃあ、一体何が原因だって言うんですか!? みんな、あんないい演奏してたんですよ!? だったら……ぼくの歌が下手だって以外に何があるって言うんですか!」
今度こそ静寂が訪れた。
それを境に、夕焼けの日差しが急に雲の中に姿を消し去っていく。まるで不甲斐ない自分たちを見て呆れたとでも言うように。
「いや、ハク」智也は言った。「おまえの歌は下手じゃなかった」
「………!」
《自分へ対する擁護》の言葉だと思って反論の言葉を発そうとした矢先、ハクは思わず口をつぐむ。それは擁護などではなく彼の《本音》であると、その顔を見て悟った。
「じゃあ何が……何が原因だって言うんですか? こんなはずじゃなかったのに……」
「おれにもわかんねぇよ、それは……」
取りつく島もない智也の言葉に続く者は誰一人おらず、また原因も解決の糸口も見いだせる者も一人もいなかった。
決して演奏の出来が悪かったわけでもない。ギターも、ドラムも、キーボードもどれも優れた演奏だった。そう、何も問題はなかったのだ。
しかしそこにボーカルが加わった途端、曲の印象ががらりと変わってしまった。歯車が、急に噛み合わなくなるように。
だからハクが、自分の歌が悪いと責めだすのも無理はなかった。自分が入った途端に起きた現象だったから。
だが決して、ハクの歌唱が悪かったわけではなかった。
ハクの歌唱もすばらしかった。ちゃんと練習の成果が如実に表れた歌唱。故に、皆はすぐにハクの歌唱が悪いということを否定した。それは違うと。
だから余計にわからなくなった。
一体何が原因で、こんなにもハチャメチャですぐに演奏が破綻したとわかってしまうものにまで豹変してしまったのかが。
しばらくの間、演奏部の全員が黙り込む。
一週間、文化祭のためにあんなにも練習を頑張ってきた。
なのにいきなりその全部が打ち壊され、スタート位置まで逆戻りしたように思える。それがあまりにもショックで絶望に打ちひしがれる。この一週間の努力は全部無駄だった。そう感じざるを得なかったから。
「もう止める……ってわけねぇよな……」
智也が口を開く。
「いや……! 絶対、あるはず。きっと何か見落としてるんだよ。それを見つけさえすればまた何か解決の一口が見えてくるって」すみれは皆を導こうと必死に足掻いた。「ほら、まだ一回しか演奏してないんだよ? もっと演奏して、回数重ねていくうちに気づくことがあるはず」
すみれはまた演奏をしてみようと促そうとした。しかし、
「違う……。それは違う」
それまで沈黙を貫いていた陸が、ここでようやく口を開き始める。すみれは思わず足を止めて陸の方に体を向けた。
「それする前にもっとやらなくちゃいけないことがあんじゃないのか? 話し合いってやつを」




