四十一話
街灯の目立つ少し肌寒い夜道の中、智也は陸を隣に足を動かす。
ハクとすみれはここにはいない。
方向は同じだが、帰り際には自然と別れるというのが知らぬ間にできた暗黙の了解となっている。
さすがに、四人一緒に帰路に就くような仲良しな部活――というわけでない。
それぞれ目的があって、今はたまたまその目的の方向が同じなだけ。いずれこの部も分かれるときが来るのだ。まぁそれは、今考えても仕方のないことなのだが。
「なぁ陸」細い声で、智也は呼びかけた。
陸は当然のように、唐突なその小さな声に反応する。
「ん?」
「もしおれが、将来音楽で食っていくからおまえも一緒に着いてきてほしい――なんて言ったらおまえはおれになんて答える?」
友人に突然こんなことを口にすれば、相手も混乱するに違いない――そんなことは当にわかり切っていた。
だから、陸がそんな反応をした際には「ああ、悪かった」、「いや、なんでもない」などと誤魔化し、半ば冗談っぽい形で話を終わらせるつもりでいた。
しかし隣にいる陸は、意外なことに少しも驚きをあらわにしなかった。
今までと同じく少し前方の地面を見つめ、歩きながら考え事をしているように見える。
「着いていく」唐突に、陸は口を開いた。「そう答えると思う」
困惑と驚きと幸せを、同時に感じた。
時間と共に段々と『幸せ』が勝ってくる様は、まるで布切れが水に少しずつ染みていくようで、じわじわと、体全体に熱が帯びていく。
「そうか……」
この後の言葉がまったく出てこない。
今、陸は何を考えているのだろうか――そんなことで頭の中がいっぱいになり過ぎて。
「前にさ」
静粛とも間とも言えない微妙なタイミングで、また陸が話を切り出してくる。
「智也が言ってた自分が音楽をする理由……。おれ、あれから少しだけ考えたんだよ。自分はこれに何を望んでるんだろうって」
「………」
「おれ、やっぱり音楽がしたいんだと思う」
「……って何言ってるんだよ。音楽がやりたいから音楽をやるって、そりゃ当たり前の話じゃねぇか」
自分の発言に陸は、一応の納得を示すように「そうだな」と口にした。
「でも改めて自分を見つめ直せたというか………やっぱり自分は音楽がしたいんだって腑に落ちた時、すごく安心したんだよ。……だから、話に戻るけどさ。おれは智也とこれからも音楽できたらそれでいい――そう思ってる」
特に照れ臭そうにしているわけでもなく、陸はずっとこちらを見ずに地面の方ばかり見つめている。
「いやでも、どうすんだよ。おまえの進路とか家族とか、そういうのに支障が出るんじゃねぇのか」
すると陸はこちらの目を見るなり、「いや、それはない」と口にした。
「進路は担任と大学進学するって決めたし――」
「おまえ、大学行くのか!?」
驚きをあらわにした智也の声とは反対に、陸は落ち着いた声音で「ああ」と返事をする。
「いいよなおまえは。しれっと成績取れてるから」
「別に。この前国立に行くのは厳しいかもって言われたから、行くのは多分近くにある私立の大学になると思う。普通だよ」
その『普通』が当たり前のように取れるのが心底羨ましく思う。若干の苛立ちも感じずにはいられなかったものの、それを口にすることはしなかった。向こうも向こうで、自分と同様に問題と向き合ってそれなりに悩み苦しんでいるだろうから。自分だけが恵まれてないなんて、そんなわがままを今さら言う気はない。
「だから」再び陸は口を開く。「もし智也がその道に進むんだったら、おれは大学通いながらになると思う」
「それは……おれのため、なのか?」
もし陸が自分と同じ道へ進むとして、その理由が他人のためだったとしら――、
それはあまり好ましいとは思えない。
ただでさえこの道は、行先もゴールすらもわからない未知だらけの世界なのだ。
他人のためを思って着いていった結果、結局何も達成できずに失敗に終わった――なんていう結末だったとしたら、自分は今隣にいる陸に、一体どう償いをすればいいか。そう考えた瞬間、恐怖で怖気づいてしまう。
「違う。これは自分のため。おれが音楽をするためだ」
だが、陸はきっぱりとそう言い切った。
自分はそれに心底安堵する。
「まぁ、あくまで仮定の話だけどな」
「そうだな」
仮定が前提の上でこんなにも真剣に話をした――二人ともちゃんとわかっている。これが本当に訪れる、いやかなりの確率で起こり得る極めて『現実的』な話だということも。それをあえて言わないのは、互いにそのことが通じ合っているからわざわざ言う必要もないと、こころの中でそう判断したからだった。そのくらいに長いのだ、これまでに二人で行動を共にしてきた数が。
「ところで気になったんだけどよ」
静粛が訪れると思ったところに、智也がまた話を切り出す。
「なんでおまえ、すみれと二人きりでコンビニに行ってたんだ?」
一瞬だけ陸の表情が歪む。
しかし智也にそれを見られる前に、陸は早めに口を開いた。
「それは――」
△△ △
「それは……」
なぜあの時一緒にコンビニに行かなかったのかと、急なすみれからの質問に対し、ハクは少し言葉を詰まらせていた。
「――あれです。ちょうどあの時ぼく、曲のアイデア思いついてて」
「そうだったの!?」
目を見張りながら反応するすみれ。
「それでしばらく考えに耽ってたんです」
「どんなアイデア思いついたの?」
すみれは興味津々になって尋ねてくるが、嘘をついた手前これを深く言及されると色々とまずい。
「……新しい曲のこととか」
しぶしぶ答えをひねり出すと、
「え、ハク新曲作ったの!? 聴きたい!」
「無理です無理です!」ハクは首を横に振った。「さすがに恥ずかしいです。今ここで歌うのは」
「え~~~……」
名残惜しそうに自分を見るすみれ。
だが本当に歌えないのだからしょうがない。そもそも曲など作っていないのだ。
「すみれさん、陸さんと行く途中何話してたんですか?」
ハクは早めに話題を変えた。
「……?」すみれは不思議そうに眉を上げた。「なんで?」
「……二人だけなのは、少し意外だなって思って」
「うーん……。別に特段変わった話はしてないよ。部活のこととか、お互いの学年のこととか……あー後、小さいころの話とかしたかな」
(やっぱり……)
「すみれさんは今二年生で、智也さんたちは三年生なんですよね? たまにぼく、すみれさんも三年生に見えることがあるんです。すみれさん、いつも堂々としてるから」
「そうだったんだ……」
少し意外そうにすみれは呟く。
「三年生、やっぱり忙しそうだったよ。進路のこととかで」
「進路……」
「正直文化祭があの人たちにとってどう映ってるのかは、気になる部分はあるよね。普通、こんな忙しいときに文化祭に出ようなんて思わないと思うし」
「……出たくないとは思ってないと思います、きっと」
そうだ。智也はあの時言っていた。
将来、音楽がしたいと。
それはきっと音楽が、あの人たちにとって進路よりも大事なことで、だからこうして忙しくても文化祭に出ようとしているのだ。
「そうだよね」すみれは言った。「好きじゃなきゃ、やっていけないよね。私もきっと音楽が好きでやってるんだと思う」
「ぼくもです」
誇りを抱きながら、ハクは言った。




