三十五話 楽器が弾ける者、そして弾けない者
――今日はもう練習しねぇだろ? 先帰るぜ。
智也と陸は学校をいち早く抜け、そのまま帰路に就いていた。
下校のタイミングから少しずれたこの時間には、人通りがほとんどない。
夕方の静かで空虚な雰囲気に、思わず呑まれてしまいそうになる。
「いいのか智也」
沈黙を破ったのは、陸の方だった。
「気に入らないんじゃなかったのか? あいつのこと」
「別に今でも気に入らねぇよ」智也は陸の顔を見ずに言った。「ただ、おれは認めるべきだと思っただけだ」
「なんで」
「それは……」
智也は急に言葉を濁らせた。少しの沈黙が間を作り、それが多少のぎこちなさを見せる。が、智也は開き直るようにまた言葉を続けた。
「おれがあいつを気に入らねえって思ったのは、あいつが音楽を舐めてたから……そんな奴と自分がおんなじことしてるのがたまらなく嫌だったんだ。もしあれが楽器が弾けるか歌が上手い男だったらわざわざ気に入らねぇからって拒絶したりしねぇよ。ただ、あいつに関しては何にもできなかった。楽器の練習をしようって姿勢も見せずにおれたちと同等に音楽しようとしてきた。なぁわかるだろ陸、おれの言いたいこと」
「……まぁ、なんとなく」
「最初からあいつは何も頑張ろうとしてなかった。嫌なことから逃げて好きなことができるわけねえってのによ」
智也は「でも……」とつけ足す。
「すみれがあのとき言ってた通りかもしれねぇ。おれはあいつのこと最初から見ようとしてなかった。あいつは音楽を舐めたりなんかしてないかもしれないってな。……あの録音、ほんとにあいつが作ったってな。おれ、今でも頭の中で鳴り続けてるんだぜ、あんときの曲。おかしいよな。まだ一回しか聴いてないのにな」
「普通に誰かのカバーかと思ったよな」
陸もまた、ハクの作曲に対して多少の驚きはあったようで、智也の発言に共感を示した。
「作曲とかそういうの全然知らねぇからな、おれ。でもそういう方向性もあるんじゃないかって思ったんだ。ただおれたちがそれを知らなかっただけで」
(おれじゃなくて、本人にそのこと伝えてやればいいのに……)
「……なんだよ?」
「いや、何も」陸は地面の枯れ葉を見ながら、なんとなくこんな質問を投げかけた。「今度、文化祭あるって知ってるか? 智也」
「ああ、前に先生言ってたな。そんなこと」
「文化祭出ようとか考えてないのか?」
「……あーそれはないな」智也は迷わず首を振った。「なんかそういうの、面倒くさそうで別にって感じだな」
「てっきり智也は出たいのかって……。まぁ、智也って意外に面倒くさがりだもんな」
「おまえ出たいのか? 文化祭」
意外そうに、智也は眉を上げて尋ねる。
「あぁいや。おれは別にどっちでもいい。ただ部の活動記、録全然残してないって思ってさ。生徒会とか、教員たちにそのところ突っ込まれたりしないのかって――」
「それはないだろ。おれらまだ部活作って二か月も経ってねぇんだぜ? それなのに文化祭に出ろってのは、さすがに無理があるだろ?」
陸は、智也の言ったことに納得がいったようで、「たしかに」と返事を返した。
「文化祭も出ないってなると、もうおれたち何のためにこれ続けてるのかわからくなってくるよな。そもそもおれらもう三年だし。周りは進学だの就職だの、将来に向けて考え始めてるのに。こんな思い出もクソもない部活で音楽続けてさ……一体何の意味があるんだろうな?」
陸は地面の石ころを度々蹴りながら、なんとなく自分が思ったことを口にする。もちろん、隣にいる智也も同じ気持ちなのだろうと、無意識に思いながら。
「陸……」重々しく、智也は言った。「音楽するためにやってるんじゃなかったのか……? おれたち」
そんなことを言われるとは思わなかった陸は、すぐに智也の方に顔を向けた。
まるで、薄情な人間でも見ているような――そんな智也の顔が、瞳に映り込んだ。
これで第一幕は終わりです。
引き続き二幕もアップしていこうと思いますので、今後ともよろしくお願いします。




