三十四話 聴いて
「なんでおまえが……ここにいんだよ……?」
智也、そして陸は、ともに驚愕したように目を丸くしていた。
それもそのはず。もう当の昔に退部したはずのこの男がなぜか、今演奏部の部室の入り口に立っているのだから。
ハクの隣にいるすみれは口を開く。
「二人に聴いてほしいものがある」すみれは言った。
智也はすぐさま「は?」と、まるでわけがわからないとばかりに、眉をひそめだす。
一方の陸は、状況に多少察しでもついたのか表情を歪ませたのはほんの一瞬だった。
一番こころがざわついているのは、おそらくハクだろう。
さっきから心臓のバクバクが止まらない。
久しぶりに見る智也の顔。
その顔を直視しただけで、なぜか手が震えてしまう。
もうこころの整理はつけたはずなのに。
まるでトラウマだ。いや、もうこれはすでに自身のトラウマなのかもしれない。人の顔を見ただけで全身に鳥肌が湧き立ち、さらには指先まで震えてくるなど、あまりに異常過ぎる。
自分はまだ、あの人が怖くて仕方がないらしい。
いつしかハクは、智也から視線を外し、目下にある板盤を見ていた。
そんなハクを、すみれは母親のように微笑みかける。
「なんだよ……聴いてほしいって」
その間、智也が口を開いた。
彼の疑問に、すみれはすぐさま答えを示す。
「これ、ハクが歌ったときの録音」
すみれは二人の元へと近づいていく。
ハクは足を踏み出せないまま、いまだ不安にさいなまれた様子でその場に立っていた。
「これ聴いてどうしろって言うんだよ? おれたちに」
「もしこれで、ハクの歌が上手いって思ったらハクをまたこの部に戻させてほしい」
「……別におれが辞めさせたわけじゃねえけどな」
そんな前置きはもう無意味に等しいか。すみれは確信をついた目で智也を見つめた。
それを見た智也はまるで悟ったかように、少しの笑みを含ませながら言った。
「まるでお母さんだな、おまえ」
その言葉に、すみれは思わずむっとなる。
「うるさい」
すみれの口からそんな言葉が出てくるとは思いもしなかったのだろう。ハクは驚いたように目を見開いた。
(すみれさん、あんなこと言うんだ……)
「いいぜ。でもおれたちが下手だって思ったらこの話はなしだぞ」
「うん。それでいい」
――そしていよいよ、すみれは再生ボタンを押した。




