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三十話 レンタルショップ

 店門をくぐって間もなく、「いらっしゃいませー!」と、店員の快活なかけ声が耳元に届く。

店内では音楽が流れていた。今、流行している楽曲だろうか。


 ハクが頭の中でそんなことを考えている間、すみれは「へー。こんなところあったんだ~」と、やや気持ち高ぶっているような反応をしていた。普段、落ち着きのあるすみれの素行からはほど遠く、少しのあどけなさを感じさせる。


「ねえハクって、普段どんな曲聴くの?」


 斜め前で歩いている彼女は、後ろを振り向かずそう尋ねてきた。

 そういえば、すみれとそういう話は今まで一度もしてこなかったなと思う。


「あー……」ハクは少し戸惑った。「多分言ってもわからないと思いますよ」


 すると、彼女は足を止めこっちを振り向いてきた。綺麗な瞳の奥に、何か光るものが見えた気がする。


「教えて。私気になる」すみれは目を光らせ、言った。

「……はい」


 せっかくなので、ハクは普段聞いている音楽があるだろう場所に移動してみることに。まあ、あったらの話ではあるが……。


「あった……」


 以外にも需要があるのか、そこのコーナーは思いのほか広くて家にある棚のように、ずらりと多くのCDケースが棚いっぱいに敷き詰められていた。


「………」


 それを目にしたすみれは口をぽかんと開けていて、思わず唖然とした様子だった。いったい何を考えているのか。


「あの……こういうの、聴いてます。……知らないですよね?」


 人差し指を控えめに、指さしながらそう言うと、


「うん、知らない。……ハクって、こういうの聴いてたんだ」


 まるで感化されたようにそう口にした彼女は、目先の手の届くところにあるCDケースを取り出した。


「あーそれ」


 知っているものを見ると、俄然それに反応してしまう。


「好きなの?」


 すみれは何気なく、深掘るような質問をしてきた。


「まあ、最近はあんまり聴いてないんですけど、昔ハマってたことがあって。もちろん、今でも好きですけど」


 極力、オタク臭いんマニアックな説明をしないように心掛けつつも、ハクはすみれに「それベスト盤です」とつけ足した。


「ベスト盤?」反射的に、すみれは疑問符を浮かべるようにそう尋ねた。

「あー、えーと……その人のメジャーな曲だけを集めたアルバムのことです」


 少し説明が荒過ぎたか。一瞬そう思ったが、すみれは納得したように「へえー」と口にした。


「じゃあこれ借りてみよっかな、私」


(え!?)

 ハクは驚いたように眉を上げた。


「別にいいですよ……無理して借りなくて」ハクは困った表情を浮かべる。「それにこれ、ちょっと昔過ぎるというか……」


 すみれはハクの『昔過ぎる』という言葉に反応したのか、手に持っているCDをひっくり返し裏面を見始めた。


「……1950年って。ほんとに昔だね」

「だから無理をして借りなくていいですよ。こんなの聴いてるのどうせぼくだけですし」

「やっぱり借りる、これ」

「………」


(そこまで借りたいって言うなら、別に止めはしないけど……)

 まるで決意表明でもしたかのような顔つきなすみれに対し、ハクは少しもどかしいような――でもどこかでそうなってほしいと思っている自分も、同時に不思議と存在していて。


(何なんだろうなぁ、この気持ち……)

 結局どうなってほしいのだろうと、自分に言い聞かせてみても何も返ってきたりすることはなく、ただただ胸がこそばゆいだけであった。


「じゃあレジのところに行ってくるね」唐突に、すみれは言った。


 彼女は向こう側のレジに向かおうと、足を動かし始める。しかしその寸前、ハクは突然あることに気がついた。


「すみれさん、その……カード、持ってるんですか? お店の」

「カード?」


 やはり、とハクは心中で呟いた。


「こういうレンタルショップって、お店のカード持ってないと借りられないと思います……多分」


 『多分』と口にしたのは自分がこの店でレンタルした経験がなかったから。

 店違いではあるが、レンタルショップには時折映画を借りにたまに行くことがある。そこではもちろん、レンタルするのにその店専用のカードを持ってないと借りることはできない。

 だから、おそらくこの店も同じだろうという推論に至ったのである。


「じゃあどうしたらいいの?」

「それは作るしか……」


 さすがに、そこまでして借りることはしないだろうと思っていたが、その予想はいとも簡単に裏切られることになった。すみれは自分の説明を聞いた瞬間、「そうなんだ。……少し待ってて。私作ってくるから」と告げ、その場を去っていったのである。


「………」


 思わず唖然とした。

行動力もそうだが、そこまでして人が教えた(別に薦めたわけでもないのに)ものを手にしたいという欲求がいったいどこから湧いてくるのか、不思議でならなかった。少なくとも自分じゃ絶対にありえない。


「……って、行っちゃったし」


 待てと言われれば待つしかない。変に動くと入れ違いで迷子になりかねない。

 その間、自分は視界いっぱいのCDの棚を見て回ることにした。

 何となく見渡していると、すぐにある物が自分の気を引きつける。


「え……何これ」


 言いながら、目に入ったそのCDを取り出してみると――。


「スタジオ……! ほんとに……!? まだあったんだ……この人のアルバム」


 感動はそれだけではなかった。同じような驚きは幾度とあり、「これも! これも!」と興奮を連呼しながら、次から次へと自分の知らなかった物を発掘していった。


 スタジオアルバム――オリジナルアルバムとも呼ばれるそれは、アーティストたちが録音スタジオで曲を制作したアルバムのことを言う。


いわゆるアーティストの『新作リリース』はここから出されることが数多くあり、歴史上の壮大な音楽家たちが作り上げてきた、いわば芸術作品のようなものだと、ハクは勝手に位置づけている。


 ハクが驚いた理由は言うまでもなかった。自分が大好きで止まないアーティストのアルバムは、もうすべて聴き込んだものだと今まで勝手に思っていたのだ。


しかし今まさに、その幻とも言える新たなジャケットを見つけてしまったのである。

宝の巣窟を見つけた時、思わず顔がきらめくように、ハクもまたこの多大な幸福感を全身に焼きつけていた。


 以前まで自分と言えば、《家に山のようにCDがあるから自分はレンタルショップになど足を運ぶ必要はない》と考え、存在は知りつつも時間とお金の無駄であると行くことを避けていた。しかし――


(聴きたい……!)

 今ではもうすでに、そんな考えなどとっくに捨て去っていて――。

ハクが手に抱えるCDケースは、やがて何枚にも重なっていった。


「ごめんちょっと遅くなった……」


 そこへ、すみれが帰ってきた。もうレンタルを済ませたのか、手には黒色の袋をぶら下げている。

彼女は見たこともないハクの興奮っぷりを目の前にし、一瞬他人と見違えたように目を見開いた。


「あの……」ハクは言った。「ぼくもカード作ってきていいですか……?」


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