26・2
「ハク……」
向こうも、さぞかし驚いた様子だった。
瞳をこれほどと言うくらいに開かせ、唇と唇の間にはわずかな隙間が見える。
「待って!」
ハクは早急にこの場から立ち去ろうとした。
しかしその瞬間、彼女の――すみれのその叫び声とも呼べるような声が、後ろから聞こえてきて思わず動きを止めた。
声が鼓膜に届くころには背中から両腕、首筋へと鳥肌が走った。
彼女は背中に触れていないというのに――その声には粘り気があって、自分を逃げさせんと放さなかった。
ハクはそれでも後ろを振り向かなかった。彼女が今、どんな顔をしているのか見たくなかったから。
「ハク……ごめん、私のせいで……」
「………!」ハクは目を見張らせる。自然と、体は彼女の方に向いていた。「違います。なんでそうなっちゃうんですか……! 自分が悪いって………全部ぼくが悪いのに」
「そんなことな――」
「ありますよ! すみれさんがそうやってぼくのことを必要な存在だって言ってくれるのは本当にうれしいですし、感謝してます」
「でも……」とハクは続ける。
「実際違うんです。そうじゃないんです。……自分は何もできない、いや何もしようとしないただの怠け者。『音楽がしたい』なんて生意気こいて、それで歌も楽器も弾けないなんて、そりゃ智也さんたちに邪魔って思われて当然で……」
「ハクは練習してた……! ちゃんと頑張ってたよ?」
すみれはそれでもハクをかばおうと口を開いたが、それを聞いたハクは突然おかしそうに笑いだした。
「練習……?」ハクは言った。
「あの時歌を聴いて、ハク相当練習したんだろうなって思った。本当に成長してたし、歌上手くなってたって思う」
「すみれさん」ハクは真顔のまますみれに告げる。「ぼくあの曲練習なんてまったくしてなかったですよ」
「………!」すみれの目と口が同時に開く。信じられない、受け入れられない――そういったことがひしひしと伝わってくるような顔だった。
すみれは何か言いたげな様子で、けれど、その言葉を口から発するのを何かが邪魔しているようだった。
それを見たハクは、そろそろ引き時か――そう思って、謝罪と別れの言葉を用意し口を開こうとしていた。――しかしその時。
「いいよ」すみれはさっきとはどこか違った口調で声を発した。ハクの口が止まる。「私、ハクをこうやって苦しめるために音楽しようって誘ったわけじゃない。だからもう私、ハクに部活に戻ってきてなんて言わない。一緒に音楽がしたいとも」
すみれの声音は、ハクから見て少し『諦め』がこもっているように思えた。
だから、余計確信した。
すみれも――彼女ももう自分と会いたくなくなったんだって。
ああ、こんな奴と関わろうとした私が馬鹿だった――きっとそう思っているに違いないって。
これでいいんだ。これで――




