十八話 また
ハクは手元のスクリーンを見やった。
『予約済み』と書かれたところを押すと、ずらっと同じ曲が画面いっぱいに映しだされる。
ハクは一つずつ、それを解除していった。
もうこれ以上続ける熱量は残っていなかったから。
今、何時だろうか。
どれくらい経っただろうか。
いったい何回、同じ曲を歌い続けたのだろうか。
考えながら、テーブルに置いてある飲みかけのコーラを一気に飲み干し、カウンターへと向かった。
「二千円です」店員の人は会計する際、そう呟いた。
(高い……)
途中からフリータイムしたのだから、そのくらい値段が張っても大しておかしくないのかもしれない。
しぶしぶ財布から五千円札を取り出す。
店を出ると、辺りは急に真っ暗になった。
聞こえてきたのは車道を走る車の音。
そして、ヒューッと髪の毛をなびかせる少し肌寒い秋風の音。静かさ故に、こころが段々と沈んでいく感じがする。
携帯で時間を確認したら、もうとっくに夜の九時を回っていた。
家で母に叱られている自分の姿が頭に浮かぶ。少し鬱憤に思いながらも、時間を確認するため携帯をポケットから取り出す。
電源をつけた瞬間、メールの通知が表示される。三時間前――母からだった。
どうやら、今日は仕事で遅くなるらしい。
携帯に表示されてある時刻は現在ちょうど九時半。今から急いで行けば、何とか間に合うかどうか――そんなぎりぎりの時間。
母親に無駄な心配事を抱かせたくないし、もちろん怒られたくもない。
ハクは自転車にまたがって、誰もいない夜道を一人で颯爽と駆け抜けた。
母が帰ってきたのは、ハクが帰ってほんの少し経ったときのことだった。
本当にぎりぎりだった。
全速力で自転車を漕いだせいで、帰宅したときには体中汗だくの状態。もうろくに息も整えきれられていなかった。
リビングに行くのはさすがに汚いだろうと、三十秒ほど玄関に敷いてあるマットの上に大の字になる。
腰を上げて風呂場に行こうと思ったその時、玄関の扉が開いた。
「おかえり。……何しているの、こんなところで……?」
母は怒りというよりも、心配と不思議に駆られた様子で言った。
「えーと……運動? ちょっと外で走ってたから」
ひそめていた母の眉は元に戻り、やがて意外そうに口を開く。
「運動? 珍しいね、ハクが運動するなんて」
「………」
「何か始めでもしたの?」
(いかん……。理由考えないと)
しかしこういうときに限って、頭が回らない。
「うん……。まあ……」
結局何も浮かばず、曖昧な言葉だけが漏れでる。
「………。まあ運動くらいいいけどこんな夜遅くに外出ちゃだめだよ。次するときは夕方か昼にしてね。わかった?」
「……うん、わかった」
「ほら、早くお風呂入ってきなさい」
「うん……」
「あ、ご飯食べた? レンチンのやつとか」
「うんん。まだ」
「まだ食べてなかったの? ……あぁじゃあ、お風呂上がったら一緒食べよ」
「あ、うん。じゃあ先お風呂入ってくる」
「はーい」
▽▽ ▽
「はぁぁ……」
ベッドに思い切り飛び込む。
その勢いを分厚くて柔らかい毛布がやさしく受け止める。
この態勢があまりに気持ちよくて、しばらくはこのままでいようと思った。
できるだけ現実のことは考えないよう、気をつけながら。
外の刺激をシャットアウトするんだ。
今は、今だけは何もかも忘れていたい。
………
………
………
どこからか、音が聞こえてくるような。
うるさく、知らない音楽が耳に届く。
けれどおかしい。もう、夜分も遅いというのに。
「なんだ……?」
すぐさま目を開けて、ハクは腰を起こし周りを確かめようとした。
けどその瞬間すぐにわかった。
――病気だ……。




