18・2
――病気だ……。
自宅からでも近所からでもなく、音は自分の頭の中でしか鳴っていなかった。
しかし以外にも、その時憤りは感じられなかった。
いやむしろ、怒りを通り越した果てにある呆れを感じ始めたのかもしれない。
「あぁ、もう治ったって思ってたのに」
どれだけ避けようが嫌がろうが、頭はその音楽を聴かせようする。
聴きたくもないのに聴きたくなる。
それがこの病気。
これを止める方法は一つしかない。
目と耳を塞ぐこと。
視界と聴覚を完全に外部から遮断するのだ。
そして聞こえてくるその音楽に耳を傾ける。
それがこの対処法であり、いわば儀式である。
この儀式めいた作業がどれだけ嫌で苦痛なことか。
終わった後は、まるで自分が自分でないみたいな虚無感に襲われる。
まるで、自分の体をほかのだれかに乗っ取られているかのような感覚。
まぁ以前のような苛立ちは感じてこないが、それでも嫌な気分にはなる。また『あれ』をしなくちゃいけないのか、と。
どれだけ逃げたって逃げられないことくらいわかっていたことなのだ。
もう二度とこれが起きないようにと、願いながら。
――次それが起きたら、絶対録音した方がいいよ。忘れないように。
すると突然、すみれが言ったその言葉が頭をよぎる。
頭の中で鮮明に再現されるその言葉の意味を、最初まったく理解できなかった。
録音? なぜ?
忘れるために、こうしているのに。
録音なんかしたら、きっと症状がぶり返すだけ。
――それは才能。君にしかない特別な才能。
「そうか……。これは病気じゃないんだった」
それが才能かどうかはわからない。
けれど、『病気』じゃないって思っただけですごくこころが軽くなっていった気がした。
「録音……。なんかあったけ、そういう機材」
ベッドから抜け出し、部屋の周りを探し回る。
当然、そういう機材なんて見つかるわけもなく再びベッドに戻った。
その時偶然、携帯が自分の手に触れる。
「……これでもできるか」
赤いボタンを押し、二分と満たない録音が終わった。
そこには『録音1』とだけ表示されている。それを見て、なぜ今まで自分はこうしてこなかったんだろうと思った。
録音が終わったその瞬間、味わうだろうと思っていた虚無感や嫌悪感がまったくやって来なかった。
代わりに、異なる新たな感覚が生まれた。
何だろう。
今、ものすごく満足している気がする。
今までみたいに、誰かに操られている感じじゃない。
その逆で。
自分を――自分という人間をきちんと自分で操っているような感覚。
前に進んだ感覚、とでも言えばいいのか。
何かをやってのけたって。自分が求めていることをちゃんとやれたって。
それがこの先の未来を少し明るくした気がした。
同時に、もっと自分の力で変えていけるんじゃないのか――そんな考えさえも自然と湧いてきて。
ハクは携帯に映し出されてある『録音1』の文字を消すと、ある別のタイトルへと書き換えた。
『始めの曲』
少し大げさで、自己陶酔的でカッコつけていると――始めはそう思ったけど、やはりこの言葉が一番しっくりきた気がした。




