十六話 カラオケ
おひとり様ですか? あ、学生さんの方ですね。機材はどうされますか?
「えっと……」
(カラオケ、久しぶり過ぎてよくわかんない……)
「……おまかせでお願いします」
すると店員から、飲み物のコップを一つ、それから領収書のような紙を渡させる。
結局、あれから家には戻らずにそのままカラオケへと向かった。
正直わざわざ逆方向の家にまで戻るのは面倒だったし、こんな平日に周辺をうろつく教師はさすがにいないだろうと思っての行動だった。
「ここが8番……」
渡された紙に書いてある番号と目の前の部屋の番号を二回ほど確認した末に、ハクは神妙な面持ちでカラオケボックスの中へ入る。
一人カラオケなんて、まさか自分の人生でするとは思ってもいなかった。だから具体的に何をすればいいかよくわからない。
まず、電気を付けるのに手間取った。
ようやく点けられたはいいものの、このタッチパネル式のタブレットはどう扱えばいいのか。
使い方を粗方理解できたはよかったが、挙句もう随分と時間が経ってしまっていた。
これでようやく歌える。そう意気込んだ先再び手が止まる。
(曲、覚えてない……)
つい昨日初めてその曲を聞いたばかりなのだから、それは致し方のないことかもしれない。
一から歌詞も音程もリズムも、すべて覚えなければいけない。
ため息がこぼれてくる前に、ハクはすぐさま行動に移した。
ポケットから携帯を取り出してメールにあった『課題曲』とやらのリンクを辿る。動画のアプリを通してその曲を何度もリピートして聴き続けた。
ある程度聴き込んだころには、なんとなくこの曲の良さに魅了され始め、次第に表示される歌詞を見ながら、また何十回と聴き込んでいく。
途中、時間切れの電話が掛かってきた。
すでに一時間が経過していたらしい。
電話口で時間の延長を迫られ、無制限のコースへと変更し再び練習を再開する。
次第にフレーズを拾えるようになって慣れてきたころには、一から歌い手に合わせてすべて歌えるようになっていた。
――これでいける。
そう確信を持てるほどに、歌えるという自信があった。
できないと思っていたことが、できるようになった時の達成感。
久しく感じることがなかったその感覚は、あまりにすがすがしく、心地のいいものだった。
きっと、練習の成果が結果に出るはずだ。
そう意気込んで歌ってみた。
『78点』
その画面が大きくスクリーンに映し出された時、ハクはひどく絶望を味わった。
〈なんで……。なんで!?
あれだけ聴いて、あれだけ練習したのに……。
そんなに自分の歌ひどかった?
自分じゃ、すごく上手く歌えた気がしてたのに。
なんなら練習の時よりもずっと上手く歌えてた気さえする。
なのに……なんで?
なんで……おれ、頑張ったのに……。
いや、だめだ。
こんなことで諦めてちゃ。
いつもそうやって挫けてきたんだ。
この苦しみに向き合おうとしないで。
今だけは頑張るんだ。今だけでいい。
もっと頑張ればきっと点数もすぐに……〉
『77点』
『79点』
『80点』
『77点』
『78点』
どうしてこうも変わらないんだろうか。
変わるどころか、ますますひどくなってるような気さえする。
これのどこが楽しいんだろう。
音楽とはこういうものなのか。
自分がしたいことはこんなことだったのか。
あの、無限に続くように思える好奇心はどこだ?
絶望を、一瞬にして光に変えてくれるような興奮はどこだ?
それを今まで、必死に追い求めていたつもりだった。
音楽にはそれが詰まっていると信じて。
けど探しても探しても、それを見つけられないのは一体どうしてだろうか。
そんなこと考えだしたら嫌でも思い出しそうになる。
あのときの――自分がまだ幼かった小学生のころの記憶を。




