駆け引き
――ガチャン。
扉が閉まる音とともに、静粛な空間が訪れる。
「で、どうですか? 意思の方は固まりましたか?」
男は椅子に腰かけると同時に、そう言った。
「………」
奏井は少し言いよどんだ様子で、足元を見ていた。
「あの……」
奏井は男の方を見るなり、後ろめたい様子で口を開く。
「契約の、話ですけど……」
「はい」
冷静な男の返事とは反対に、奏井の顔が強張る。
膝に置いたその手をぐっと握りしめた。
「ごめんなさい……。その、やっぱりお断りさせてもらいます」
「…………」
それを聞いた男は、少しの動揺を見せた。
「私、あんまりこの業界のことに詳しくないんです」
奏井は落ち着きを取り戻しながら言った。
「音楽に熱意があるかと言われれば多分そうじゃないと思いますし……。
何より、そんな生半可な気持ちで歌手になるなんて、本気で音楽をやっている人に対して失礼なんじゃないかって……」
言葉にする度、段々と奏井の顔は下がっていく。
その傍ら、スーツ姿のその男は少し口角を上げた。
「そんなことありませんよ」
男はやさしい口調で言った。
「たしかに都さんの言いたいことはわかります。
でも、都さんみたいに音楽の経験がなかった人でも歌手デビューした人なんてたくさんいるんですよ。
それが失礼に当たるとは、少なくとも私は思いません」
「……これは私の問題なんです。私がしたくないと思ったから、今回こうやってお断りすることにしたんです」
「そうですか……」
反論する術を失ったその男は、浮かない顔をした。
「私のことを評価してくださってのことだと思うんですけど……。すいません……期待に沿えなくて」
「いえ、いいんです。これは都さん自身が決めたことなんですから……」
そう言いつつも、男の顔はどこか残念そうだった。
「代わりに、と言ったらなんですが……」
唐突に、奏井はべつの話を切りだす。
「なんでしょう?」
それに食いつくように、男は眉を上げ奏井を凝視した。
「デビューさせてほしい人がいるんです。私なんかより、ずっと音楽に才能のある知り合いに」




