第28話:町中を巻き込んだ最高の大宴会スタート!
第27話では、熾天使ミカエルの白銀聖炎で焼き上げた『巨大剛角魔猪の極上直火焼きステーキ』が完成し、香ばしい煙と肉汁の香りが広場中を満たしました!
第28話では、いよいよ町中を巻き込んだ最高の大宴会が本格スタートいたします!
心温まる最高の祝宴をお楽しみください。
ゴォォォォォ……!と、宿場町ベルンのあちこちにあるパン屋や食堂の石窯から、力強く温かな煙が夕暮れの空へと立ち上っていた。
地下の闇倉庫から運び出されたばかりの、何千トンもの真っ白な良質小麦粉。
町中のパン職人や主婦たちが腕まくりをして総出で生地を捏ね上げ、熱々に熱せられた窯へと次々に放り込んでいく。
香ばしい麦の焼ける匂いと、広場の中央でジュウジュウと音を立てる極厚ステーキの脂の香りが秋風に乗って混ざり合い、町全体がまるで巨大な厨房になったかのような歓気に包まれていた。
「テーブルを並べろ! 広場の端から端まで、ありったけの長机を繋げるんだ!」「酒樽を開けろ! ゴルドの屋敷から押収した高級エールと果実酒だ! 今夜ばかりは出し惜しみなしだぞォッ!」
自警団員たちの弾んだ声が響き渡る。
広場の中央には、何十脚もの白木の長机が隙間なく並べられ、その上には山のように積み上げられた焼きたての丸パン、湯気を立てる大地の芋と野菜のポトフ、そして大皿から零れ落ちそうなほど豪快に盛られた『巨大剛角魔猪の直火焼きステーキ』が、ズラリと居並んだ。
琥珀色に香ばしくキャラメリゼされた肉の表面。
切り分けられた断面から、夕日に照らされて艶やかに輝く淡い桜色のロゼ。
立ち上る湯気とともに、ハーブバターと赤ワインソースの甘美な香りが、集まった数百人の町民たちの鼻腔を狂おしいほどに刺激していた。
広場を埋め尽くした人々が、息を呑んで長机を取り囲む。
その最前列、一段高くなった噴水の縁に、ジョッキを握りしめた自警団長カルロスが立った。
大男の瞳には、すでに熱い涙が滲んでいる。
「みんな……! 長かった、本当に長かった兵糧攻めが終わった! 俺たちを騙し、飢えさせ、魔族へ売り飛ばそうとしていた悪徳商人ゴルドと代官は、もういねぇ! 奪われた食糧は、すべて俺たちの元へ返ってきたんだッ!」
わぁっ……!と、町民たちの胸から小さな嗚咽と歓声が漏れ出す。
「そして――俺たちにこの奇跡を取り戻してくれたのは、命を懸けて迷宮へ潜り、悪党どもを叩き潰してくれた、二人の若き英雄だ! シオン! フィオナのお嬢ちゃん! 本当に……本当にありがとう!」
カルロスは腹の底から声を張り上げ、夕空へ向けて黄金色のエールを掲げた。
「ベルンの町の復活と、俺たちの命の恩人――シオンとフィオナに、乾杯ィィィッッ!!」
「「「かんぱぁぁぁぁぁいッッッ!!!!」」」
地鳴りのような乾杯の唱和が、ベルンの空を突き抜けた。
木製のマグカップや陶器の器が一斉に打ち鳴らされ、それと同時に、待ちに待った大宴会の幕が切って落とされた。
「うおおおっ、肉だ! 肉を食うぞォッ!」「パンが……焼きたての丸パンが、こんなにふかふかだなんて……!」「お母ちゃん、あったかいよ! すっごくあったかい!」
人々が一斉に手を伸ばす。
幼い兄妹、レオンとニーナも、シオンから手渡された大皿を前に、目をまん丸にして息を呑んでいた。
皿の上には、大人の手のひらほどもある極厚のステーキ肉が、たっぷりのハーブバターソースを纏って鎮座している。
「レオンくん、ニーナちゃん。冷めないうちに、パンと一緒に食べてみて」
シオンが優しく微笑みかけると、二人は震える手で焼きたての丸パンをちぎった。
外側はパリッと香ばしく、内側は湯気と共に信じられないほどモッチリと膨らんだ白パン。
そのパンのちぎり目に、ステーキから溢れ出す熱々の肉汁と、赤ワイン仕立ての濃厚なハーブソースを、ギュッと押し当ててたっぷりと吸わせる。
そして――小さな口をめいっぱい開けて、かぶりついた。
はむっ。
「…………っ!!」
二人の小さな身体が、同時にピクリと跳ね上がった。
次の瞬間、幼いニーナの大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。
「おいひい……! おにいちゃん、お肉、すっごくやわらかいよぉ……! あまくて、じゅわ〜ってして……すっごくおいしいよぉぉっ……!」
「う、うん……! 噛まなくても、お肉がとけちゃう……! パンがお肉のお汁を吸って、口の中がぜんぶ美味しいよ……!」
七歳のレオンも、涙と鼻水を袖で拭いながら、夢中で二口目、三口目と肉にかじりついていく。
周りの大人たちも同じだった。
長年、ゴルド商会に怯え、硬い干し肉一切れを家族で分け合っていた男たちが、分厚い魔猪ステーキを口いっぱいに放り込み、両手で顔を覆って声を上げて泣いていた。
「うめぇ……何なんだこの肉は……! 脂が、脂が全然しつこくねぇ……! ナッツみたいに甘くて、香ばしくて……!」
「噛むたびに、身体の芯からカッカと熱い力が湧いてきやがる! 生き返る……俺たち、本当に生き返ったんだ……!」
広場のあちこちで、歓喜と涙が交錯する。
子どもたちの笑顔が弾け、老夫婦が手を握り合ってシオンに深々と頭を下げる。
シオンはその温かな輪を見つめながら、静かに胸元へ手を当てた。
(……ルシアン師匠。あなたの教えてくれた太刀筋は、大切な誰かと笑って朝食を食べるための剣でした。……見ていてくれていますか? この町のみんなが、今、笑ってご飯を食べていますよ)
心の中で語りかけるシオンの瞳に、ほんのりと温かな光が灯る。
「……ちょっと、シオン。何をぼーっと突っ立ってるのよ」
不意に、ツンとした声が耳元に届いた。
振り返ると、そこには両手に木皿を持ったフィオナが立っていた。
その皿の上には、山盛りのステーキと、ちぎった白パン、そして彩り豊かな温野菜が綺麗に盛り付けられている。
「あんた、さっきからみんなにお肉を配ってばかりで、自分は一口も食べてないじゃない。大怪我から復帰したばかりなんだから、ちゃんと栄養を摂りなさいよね!」
「あはは……ありがとうございます、フィオナさん。みんなが美味しそうに食べてくれるのが嬉しくて、つい」
「バカ。料理を作った本人が一番美味しい思いをしなくてどうするのよ」
フィオナはぷいっと横を向いたが、その耳たぶはほんのりと赤く染まっていた。
二人が並んで長机の端に腰掛けると、シオンの膝の上にいた純白の子狐イリスが、『きゅうぅぅん♪』と甘えた声を上げ、フィオナの膝の上へと前足をちょこんと乗せた。
「あら、イリス。あんた、さっきあんなに大きなお肉を食べたのに、まだ食べたいの?」
フィオナが小さく切り分けた肉を指先で差し出すと、イリスはハフハフと幸せそうに頬張り、ふさふさの白い尻尾をパタパタとフィオナの腕に擦り寄せる。
「もう……本当に可愛いんだから」
フィオナは蕩けそうな笑顔を浮かべ、イリスのふわふわの顎の下を優しく撫でた。
そんな二人の姿を見ていた隣のテーブルの町民たちが、酒杯を傾けながらニヤニヤと笑い声を漏らし始めた。
「ヒューヒュー! 見ろよおい、シオン坊主とお嬢ちゃん、まるで新婚の若夫婦じゃねぇか!」「全くだ! 英雄の旦那と、美人の奥方様だ! お似合いだねぇ!」「坊主、この町に骨を埋めて、お嬢ちゃんと一緒に暮らしていかねぇか!?」
「なっ……!? ななな、何を言い出すのよこの酔っ払いどもはァァァッッ!!」
フィオナの顔が、一瞬で茹でダコのように真っ赤に沸騰した。
立ち上がって黒壇の魔導杖を振り回し、猛然と抗議の声を上げる。
「誰が夫婦よ誰が! 私とシオンはただのバディ! 王立魔導学院首席特待生と、義兄の弟子っていう純粋な関係なんだからね! 変な冷やかしを言ったら、頭上から氷水をぶっかけて酔いを醒ましてあげるわよバカーーーッ!!」
じたばたと地団駄を踏んで怒るフィオナの姿に、広場中からどっと温かな笑い声が巻き起こった。
「あっはっは! お嬢ちゃん、照れちゃって可愛いねぇ!」「坊主、尻に敷かれないように気をつけるんだぞ!」
「も、もう! シオンも何笑ってるのよ、助けなさいよバカシオン!」
「あはは、すみません。でも、フィオナさんが元気そうで安心しました」
シオンは穏やかに笑い、フォークで特製の一切れをすくい上げた。
それは、魔猪のロース肉の中でも最もサシが細かく入り、赤ワインとハーブバターのソースが完璧に絡みついた、奇跡のような極上部位だった。
「フィオナさん。……はい、あーんしてください」
「へ……? あ、あー……!?」
目の前に差し出された、湯気を上げる桜色の肉塊。
シオンの無自覚で真っ直ぐな瞳に見つめられ、フィオナの思考回路は完全にショートした。
「ちょ、ちょっと……人前で、あーんって……な、何考えてるのよ……!」
「あ、すみません。自分で食べた方がよかったですか?」
「〜〜〜〜っ! 食べるわよ! 食べればいいんでしょ!!」
フィオナは自暴自棄になったように目をぎゅっと閉じ、口を小さく開けて肉にかぶりついた。
はむっ。
その瞬間、フィオナの全身から力がフッと抜けた。
カリッ……と香ばしい表面が弾け、次の瞬間に溢れ出してきたのは、先ほどの試食をも遥かに凌駕する、濃厚かつ芳醇な肉汁の激流だった。
赤ワインの華やかな酸味とハーブの清涼感。
そして、舌の上でフワリと溶けて消えていくような、極上の赤身と甘い脂のハーモニー。
「ん……んんぅぅぅ……♡」
フィオナの喉から、可愛らしい吐息が漏れた。
両手で頬を押さえ、トロンと蕩けた瞳でシオンを見つめる。
怒りも、プライドも、周囲の冷やかしも、すべてが圧倒的な美味しさの前に溶けて消え去っていた。
「……ずるいわよ、シオン。こんなの……怒る気力もなくなっちゃうじゃない……」
「ふふ、良かったです。フィオナさんの風があったからこそ、このお肉は美味しく焼けたんですから。……いつもありがとう、フィオナさん」
シオンの真摯な感謝の言葉に、フィオナは小さく「……バカ」と呟き、隠すように丸パンを口元へ運んだ。
その横顔には、誰が見ても分かる、世界で一番幸せそうな笑みが浮かんでいた。
『きゅうぅぅ〜〜ん♪』
お腹いっぱい肉を平らげたイリスが、満足そうにシオンの膝の上で丸くなり、喉をゴロゴロと鳴らした。
秋の夜風が心地よく吹き抜ける中、イリスはふと思い出したように目を開け、シオンの足元に置かれていた背負い袋へと、トコトコと歩み寄っていった。
そして、小さな前足で、袋の隙間から覗いている硝子瓶を――あの第19話で地底聖樹林から採取した、黄金色に輝く奇跡の古代甘味料『幻樹の糖蜜』を、チョンチョンと突いた。
『きゅいっ! くぅぅん♡』
紫水晶の瞳をキラキラと輝かせ、シオンを見上げて「デザートはまだ?」とおねだりするように首をかしげる。
「あはは、イリス。お肉をお腹いっぱい食べたのに、甘いものは別腹かい?」
シオンは苦笑しながらイリスを抱き上げ、その小さな鼻先を指で優しく突いた。
「わかったよ。今夜はみんなでお肉をお腹いっぱい食べて……明日の朝は、この幻の糖蜜を使って、世界一とろける特製プリンを作ろう」
『きゅうぅぅぅっ♪』
約束を取り付けたイリスは、嬉しそうにシオンの腕の中で丸まり、今度こそすやすやと寝息を立て始めた。
見上げれば、澄み渡る満天の星空。
広場には、いつまでも楽しげな歌声と笑い声、そして温かな料理の湯気が漂い続けていた。
宿場町ベルンの夜は、人々の確かな明日への希望と共に、静かに、そして幸福に更けていった。
第28話を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
次回、第29話では、ついに神代のシロップを使った「極上とろけるカスタードプリン」が完成します!
そして、そのプリンを食べたイリスが、連戦で疲れたシオンを甘やかすため、【甘やかし包容力お姉さん姿】へと変身します!
膝枕でシオンを愛でるイリスと、嫉妬で顔から火を吹くフィオナの爆笑ラブコメ神回をどうぞお楽しみに!




