第27話:解放された食糧と、ミカエルの極上直火焼きステーキ!
第26話では、全町民の目の前で悪徳商人ゴルドと代官バルガスを完全失脚させ、長年町を苦しめてきた悪党どもへの「痛快大ざまぁ」をお届けいたしました!
第27話は、待望の飯テロ全開エピソードです。
どうぞお楽しみください。
カラリと晴れ渡った秋の青空の下、宿場町ベルンの中央広場は、これまでの重苦しい静寂が嘘のように、何百人もの人々の熱気と歓声で満ちあふれていた。
「よいしょォッ! 次、小麦の麻袋を十袋、東区の炊き出し所へ運ぶぞ!」「おう! こっちは干し魚と塩漬け豚肉の樽だ! 背負子を用意しろ!」
自警団長カルロスの威勢のいい怒号が響く中、何十台もの荷車が広場と地下迷宮の入口をひっきりなしに行き交っていた。
地下の闇倉庫から運び出されてくるのは、悪徳商人ゴルドが町民たちから強引に巻き上げ、私腹を肥やすために隠し持っていた膨大な食糧の山だ。
良質な小麦粉の袋、黄金色に輝くトウモロコシ、乾燥豆の詰まった俵、山積みの燻製肉――。
それらが広場の一角へ整然と並べられ、自警団の手によって、飢えに苦しんでいた町民たちへと一軒一軒、平等に手渡されていく。
「小麦粉だ……! 本物の、白くてサラサラの小麦粉だよ……!」「これで、今日から子どもたちにお腹いっぱいパンを食べさせてやれる……!」「ありがとう……自警団のみんな、本当にありがとう……!」
袋を抱きしめた母親たちが涙を流し、老人たちが天を仰いで祈りを捧げる。
広場の片隅では、解放されたばかりのパン屋の店主が、駆け寄ってきた幼い我が子を腕いっぱいに抱きしめ、声を上げて泣き崩れていた。
町を支配していた悪夢は、完全に消え去ったのだ。
「……よかったですね、フィオナさん」
詰め所の前で、その温かな光景を見つめていたシオンが、隣に立つフィオナへ穏やかに微笑みかけた。
包帯を巻いた体はまだ少し痛むが、町民たちの笑顔を見ているだけで、胸の奥から温かな力が湧き上がってくるようだった。
「ふん、当然の結果よ」
フィオナは泥の落ちた魔導ローブの裾を払いながら、つんと澄ました顔をして見せた。
「あの悪徳商人と代官が溜め込んでいた私財も、全部ベルンの復興資金として没収手続きを完了させたわ。これで街道の補修も、自警団の装備更新も全部賄える。……でもシオン、あんたこそ大丈夫なの? あんな大怪我したんだから、部屋でお粥でも食べて寝てなきゃダメじゃない」
「大丈夫ですよ。フィオナさんの魔導と、イリスがくれた温もりのおかげで、もうほとんど痛みはありませんから」
シオンが首元を撫でると、胸ポケットから顔を出した純白の子狐イリスが、誇らしげに『きゅるんっ♪』と喉を鳴らした。紫水晶の瞳を細め、シオンの指先にすりすりと小さな頭を擦り寄せる。
「もう……シオンもイリスも、無茶ばっかりするんだから」
フィオナは呆れたように息を吐いたが、その琥珀色の瞳は優しく細められていた。
そこへ、汗を拭いながらカルロスが大きな荷車を押して駆け寄ってきた。
「シオン! フィオナのお嬢ちゃん! ちょっとこいつを見てくれ!」
荷車の上に載せられていたのは、分厚い氷の塊に包まれた、大人の胴回りほどもある巨大な骨付き肉の塊だった。
表面には美しい脂のサシが幾重にも走り、鮮やかな深紅の赤身が、冷気の中で宝石のように鈍く光を放っている。
「倉庫の最奥にある氷室から見つかったんだ。ゴルドの奴が、王都の貴族や魔族の大幹部に上納するために特注で囲い込んでいた最高級の獲物……『巨大剛角魔猪』の一本ロース肉だ! こいつをどうすべきか、あんたたちに決めてほしくてな」
「グレート・ホーンボア……!?」
フィオナが驚きに目を見張った。
「原生林の深部にしか生息しない、肉食の狂暴な巨大猪じゃない! 肉質は極上で、王都の高級レストランでも金貨数枚は下らない幻の肉よ……! でも、魔猪の肉は脂が分厚すぎて、普通の火力で焼くと外側が炭になるか、中に生臭い脂が残って素人には調理できないはずよ」
「……いえ。最高のお肉です」
シオンの左眼――『神授の聖眼』が、スッと淡い光を放った。
肉の断面を透視する。
筋肉の繊維は極めて細かく、氷温でじっくり熟成されたことで旨味成分のアミノ酸が極限まで凝縮されている。
そして何より、外側を覆う三センチもの純白の脂身は、不純物が一切なく、熱を通せば芳醇なナッツのような甘い香りを放つ極上の脂質だと看破できた。
「カルロスさん。町中のみんなは、長いあいだ飢えに苦しんで、体も心も冷え切っています。パンやスープも大切ですが……いま一番必要なのは、一口食べた瞬間に血が沸き立ち、生きる力が心の底から湧き出してくるような、圧倒的な肉の力です」
シオンは腕まくりをして、力強く微笑んだ。
「このお肉、僕に料理させてください。……町中のみんなのために、最高のステーキを焼きます!」
「お、おう……! シオンがそう言うなら、全部分頭に任せるぜ!」
カルロスが期待に満ちた笑顔で頷いた。
◇
シオンの調理が始まった。
広場の中央、町民たちが固唾を呑んで見守る中、自警団の鍛冶場から運び出された分厚い青銅の大鉄板が、石組みの竈の上にどっしりと据え付けられた。
シオンは白銀の神授太刀『聖天神刀・神威』をすらりと抜いた。
神代の業物は、悪を断罪するだけでなく、食材の命に感謝を捧げて切り分ける刃としても、寸分の狂いもない至高の切れ味を誇る。
サクッ、サクッ、サクッ――。
大気を撫でるような不可視の太刀筋が奔るたび、巨大な剛角魔猪のロース肉が、厚さ四センチメートルという規格外の極厚ステーキ肉へと、均一に切り分けられていく。
その断面から、ほのかな冷気と共に、濃厚な赤身の香りがふわりと立ち上った。
「下味をつけます」
シオンは切り分けた肉の両面に、包丁の切っ先で細かな格子状の切れ目を素早く入れていく。分厚い脂身が熱で反り返らず、火が均一に通るようにするための細やかな細工だ。
そこに、第5話の野営地で採取していた天然の岩塩と、砕いた野生の黒胡椒をたっぷりと振りかける。
さらに、郊外の原生林でイリスが見つけてくれた「清涼タイム」と「野生のローズマリー」、そして粗く叩き潰した「野蒜」を肉の表面に擦り込んだ。
塩とハーブが肉の脂と混ざり合い、それだけで周囲の空気が清々しい香気に包まれる。
「シオン、火はどうするの? 竈の薪だけじゃ、この分厚い肉の芯まで熱を通す前に、表面の脂が焦げ落ちちゃうわよ」
フィオナが心配そうに尋ねる。
「はい。だから――ミカエルの力を借ります」
シオンは静かに息を吸い、胸元の白銀の聖紋に意識を集中させた。
第8話でフィオナに教わった『体内魔力循環の呼吸法』。
荒れ狂う熾天使の莫大な神聖力を力任せに解き放つのではなく、静かに、清流のように手のひらへと導いていく。
シオンの右手のひらから、ポッと灯ったのは――かつて魔族を焼き払ったあの白銀の聖炎だった。
だが、今の炎に敵を滅ぼす殺気はない。
食材の命を尊び、食べる者を温めるための、透き通るような純白の極上熱源。
「鉄板を、一瞬で極限まで熱します!」
シオンが青銅の大鉄板の底面へ聖炎を滑り込ませた。
ジュウウゥゥゥゥッッ!!
青銅の鉄板が一瞬で赤みを帯び、蓄えられた熱気が陽炎となって立ち上る。
シオンは魔猪の削ぎ落とした純白の背脂を鉄板の上へ滑らせた。
ジューッ!とけたたましい音を立てて脂が溶け出し、透明な黄金の油となって鉄板の表面を鏡のように覆い尽くす。
そこへ――厚さ四センチの極厚ステーキ肉が、一斉に投入された!
バチバチバチッッ!! ジュワァァァァァァァァァァァァッッッ!!
広場全体を震わせるような、爆発的な焼き音が轟いた。
立ち上る、真っ白な煙。
その煙に乗って広場中へ吹き荒れたのは――脳髄を直接揺さぶるような、暴力的かつ甘美な肉と脂の焦げる芳香だった!
「ひゃあぁぁっ……!? な、何この匂い……!?」
フィオナが両手で口元を押さえ、琥珀色の瞳を大きく見開いた。
ただの肉の匂いではない。
ミカエルの聖炎による超高温の直火が、肉の表面のアミノ酸と糖を一瞬でキャラメリゼし、極限のメイラード反応を引き起こしているのだ。
香ばしく焼き上がるハーブの清涼感。
野蒜のパンチの利いた刺激的な旨味。
そして、魔猪の濃厚な肉汁がカリカリに焦げ付く、甘く芳醇な脂の香り!
「うわああああっ! たまんねぇ匂いだ!」「喉が……喉が鳴って止まらねぇぞ!」「お肉だ……本物の、すっごくいいお肉の匂いがするよぉ!」
広場にいた何百人もの町民たちが、吸い寄せられるように鉄板の周りへと集まってくる。
シオンの肩に乗ったイリスも、小さな鼻をヒクヒクと激しく動かし、口端からタラリと涎を垂らしながら『きゅぅぅ〜〜ん……♡』と甘えた鳴き声を上げていた。
「フィオナさん、今です! 微熱の風を、鉄板の表面へ!」
「えっ!? あ、はいっ! 『微風の熱渦』ッ!」
フィオナが魔導杖を一振りすると、温かな微風が鉄板の周囲を螺旋状に包み込んだ。
外側から強烈な直火で焼き固められた肉の表面を、フィオナの温風が優しく対流し、四センチもの厚みがある肉の芯へと、じんわりと均一に熱を届けていく。
シオンは鉄板の端で溶かした香草バターを、スプーンですくっては肉の表面へと何度も回しかけた――シルヴァンス流の料理技法、アロゼ(肉汁回しかけ)!
ジュワッ、パチパチッ!とバターが泡立ち、ハーブの香りが幾重にも肉へと染み込んでいく。
「……よし、今です!」
シオンが大きな鉄べらを滑り込ませ、ステーキを一気にひっくり返した。
ドサッ!
現れたその焼き面に、広場中から「おおおぉぉぉっ……!」と地鳴りのような感嘆の声が漏れた。
完璧だった。
表面は濃い琥珀色のカリカリとした香ばしいクラスト(焼き目)に覆われ、滴る肉汁が飴色に泡立っている。
聖炎の超火力によって旨味の水分が外へ逃げる隙間を完全に塞がれ、肉そのものが風船のようにぷっくりと膨らみ、内部にたっぷりと極上のジュースを閉じ込めているのが一目で分かった。
シオンは手早く特製の仕上げにかかる。
ゴルドの倉庫から押収した高級赤ワインを鉄板の縁から一気に回し入れた。
ボワッッ!!
立ち上る赤紫の炎と、芳醇な果実酒の蒸気。
アルコールが飛んだ瞬間、肉から溢れ出た旨味エキスとワイン、そしてハーブバターが鉄板の上で溶け合い、照り輝く極上のソースが完成した。
「焼き上がりです!」
シオンはまな板の上へと肉を引き上げ、数分間休ませて肉汁を落ち着かせた後、神授太刀でスッと刃を入れた。
サクッ……ジュワァァァァ……!
カリカリの表面が心地よい音を立てて割れ、その断面が露わになった瞬間――。
フィオナも、カルロスも、息を呑んで硬直した。
外側は香ばしい琥珀色。
そしてその内側は――息を呑むほど瑞々しい、淡い桜色のロゼ。
指で軽く押しただけで、透き通った琥珀色の肉汁が、まるで泉のように溢れ出してまな板を濡らしていく。
「フィオナさん、味見をお願いできますか?」
シオンは一口大に切り分けた、最も肉汁が溢れる一切れをフォークに刺し、ハーブバターソースをたっぷりと絡めて、フィオナの口元へと差し出した。
「えっ……!? わ、私からなの……!?」
フィオナは耳まで真っ赤になったが、目の前で湯気を上げる桜色の肉塊から放たれる暴力的な香りに、喉がゴクリと鳴るのを止められなかった。
意を決して、小さな桜色の唇を開き、肉を口の中へと迎え入れる。
はむっ。
シャクッ……と、まず表面のクリスピーな焼き目が軽やかな音を立てた。
そして次の瞬間――。
「んんんんっっっ……!!??」
フィオナの全身が、ビクンッと硬直した。
両手で両頬をぎゅっと押さえ、琥珀色の瞳が驚愕と歓喜に見開かれる。
噛みしめた瞬間、歯が肉の繊維をすんなりと断ち切った。
柔らかい。驚くほど柔らかい。
そして、閉じ込められていた熱々の肉汁が、口内いっぱいに津波のように大洪水を起こしたのだ。
濃厚な赤身の力強い旨味。
舌の上でサラリととろける、ナッツのように甘く香ばしい極上の脂。
そこにタイムとローズマリーの爽やかな風味が鼻へと抜け、野蒜と岩塩の塩気が肉本来の甘みを極限まで引き立てている。
重たさや生臭さは微塵もない。噛めば噛むほど、五臓六腑へと染み渡るような熱い活力が全身を駆け巡っていく。
「な……何これぇぇぇっ……!!」
フィオナは涙目になりながら、頬を真っ赤に染めて悶絶した。
「お肉が……お肉が口の中でとろけちゃう……! カリカリなのに、中から肉汁がじゅわ〜って溢れて……こんなの、王都の最高級レストランでも食べたことないわよぉぉっ……!!」
『きゅうぅぅんっ! きゅぅぅんっ!』
待ちきれなくなったイリスがシオンの腕を前足でぽかぽかと叩く。
シオンが小さく冷ました肉片を差し出すと、イリスは夢中でかぶりつき、両前足で肉を押さえながらハフハフと頬張った。
その瞬間、ふさふさの白い尻尾がプロペラのように猛烈な勢いで回転し、紫水晶の瞳をとろけさせて『ふにゃぁぁ……♡』と至福の鳴き声を漏らす。
「カルロスさんも、どうぞ!」
「お、おうっ……!」
カルロスが震える手で一切れを口へと放り込んだ。
咀嚼した瞬間――大男の目がカッと見開かれ、次の瞬間には、ボロボロと大粒の涙が顎を伝って零れ落ちていた。
「う……うめぇ……! 何だこりゃあ……! 力が出る……腹の底から、熱い力が湧き上がってきやがる……!!」
カルロスは袖で涙を拭い、広場の町民たちへ向けて、腹の底から雄叫びを上げた。
「おい野郎ども! 町中の竈に火を入れろ! 大鍋を出せ! 地下から運んだ小麦でパンを焼きまくれぇッ! 今夜は……今夜は俺たちの英雄が作ってくれた、世界一のステーキで大宴会だァァァッッ!!」
ウォオオオオオオオオオオッッッ!!
広場を埋め尽くした全町民の歓声が、秋の青空を突き抜けて木霊した。
香ばしい肉の煙と、人々の弾けるような笑顔に包まれながら、宿場町ベルンの歴史上、最も温かく熱い大宴会の幕が、高らかに切って落とされた――!
第27話を最後までお読みいただきありがとうございました!
次回、第28話では、焼き立ての丸パンと溢れるステーキを囲み、全町民とカルロス自警団を巻き込んだ最高の祝宴が幕を開けます!
どうぞお楽しみに。




