第25話:限界突破の合体技『聖風斬』! 魂の完全浄化
第24話では、『黒呪の剛力鬼』の圧倒的な暴力に対し、町民たちを庇って正面から受け止め、吹き飛ばされて吐血するシオンの壮絶な大苦戦が描かれました。
第25話では、シオンとフィオナの連携が披露します。
どうぞお楽しみください。
頭上三十メートル――地下大空洞の天井スレスレにまで跳躍した四メートルを超える巨躯。
黒紫色の筋肉を異常隆起させた『黒呪の剛力鬼』が、大木ほどもあるトゲ付き巨大鉄棍を両手で振りかぶり、落下速度と超質量をすべて乗せた必殺のダイブを仕掛けていた。
空気が軋み、激しい摩擦熱で大気が赤黒く発火する。
直撃すれば、床の石畳ごとシオンの身体は肉片すら残さず蒸発する――まさにその絶対零度の刹那。
「――燃え上がり、我が前に壁を成せェェェッッ!!」
凛烈なる絶叫と共に、シオンの前に割り込んだフィオナが、黒壇の魔導杖を両手で地面へと突き立てた。
杖の宝珠から解き放たれたのは、王立魔導学院首席の全霊を注ぎ込んだ、規格外の紅蓮魔力。
ドォォォォォォォォォォンッッッ!!
シオンと町民たちを覆うようにして、天を突く超高熱の火柱が立ち上がった。
ただの炎ではない。密度を極限まで圧縮し、固体に匹敵する強度を持たせた高位防御魔導――『紅蓮の劫火壁』!
その赤熱する炎壁の頂点へ、怪物の巨大鉄棍が真っ向から激突した。
ガガガガガギィィィィィィィィッッ!!
鼓膜を直撃する、凄まじい金属破壊音と熱風の衝撃波。
炎壁が激しく歪み、圧縮された炎の火花が四方八方へと弾け散る。
怪物の落下エネルギーは凄まじく、炎壁に何十本もの亀裂が走り、フィオナの華奢な足元がメリメリと石畳を削りながら後退していく。
「くっ……あぁぁぁぁぁっ……!」
フィオナの白い歯が、唇を噛み切って鮮血を滲ませた。
泥にまみれた魔導ローブが熱風に激しく煽られ、全身の魔力回路が焼き切れるような激痛が少女の身体を襲う。
それでも、フィオナは一歩も引かなかった。
背後にいるシオンを、そして震える町民たちを守るため、折れそうな両腕で必死に杖を支え続ける。
「誰が……あんたなんかに……通させるもんですかぁぁぁっ!!」
フィオナの瞳に、兄ルシアンを誇りに思い、シオンの優しさに救われた少女の、決して砕けぬ誇りが燃え盛っていた。
バシィィィィンッ!と、ついに炎壁の表面が耐えきれずに砕け散る。
だが、その一瞬の意地が、怪物の音速ダイブの落下エネルギーを完全に殺しきっていた。
大鉄棍を振り下ろしきったオーガの足が、ドォンと地面に着地する。
そして、わずかコンマ五秒――必殺の一撃を遮られた怪物の巨躯に、次なる攻撃へと移行するための硬直が生じた。
「……フィオナさん」
背後から、静かな声が響いた。
倒れていたはずのシオンが、岩壁から歩み出ていた。
口端の血を手の甲で無造作に拭い、その足取りに迷いは微塵もなかった。
全身の骨がきしみ、内臓の痛みが警報を鳴らしている。
だが、シオンの紫苑色の瞳は、夜明け前の湖面のようにどこまでも澄み渡り、冷徹なまでの集中を宿していた。
「シオン……! 立っちゃダメよ、あんたそんな怪我で――」
「大丈夫です。フィオナさんが、僕を繋ぎ止めてくれました」
シオンはフィオナの隣へと並び立った。
そして、震えるフィオナの小さな左手を、己の左手でそっと包み込んだ。
トクン……と、二人の鼓動が重なり合う。
フィオナから教わった『体内魔力循環の呼吸法』。
互いの体温を通じて、フィオナの張り巡らされた魔力回路と、シオンの天界より授かりし神聖回路が、滑らかな水のように同調していく。
「フィオナさん。怪物の首の後ろ――頭蓋骨の付け根に、魔族の『暴走呪印』があります」
シオンは前を見据えたまま、早口に告げた。
「あの呪印が、痛覚を麻痺させて無理やり怪力を引き出している元凶です。装甲を砕く必要はありません。あの呪印さえ断ち切れば、暴走は止まり、苦痛から魂を救えます」
「首の後ろ……!? でも、あんな巨体の背後、正面からじゃ狙えないわ! 私の魔法でも回り込めない!」
「正面から、音速を置き去りにして真っ直ぐ突き抜けます」
シオンは右手の白銀太刀『聖天神刀・神威』を、下段へと構えた。
「フィオナさん。僕の太刀に、あなたの持てるすべての『暴風』を纏わせてください」
「……私の、暴風を?」
「はい。白銀の聖炎に、フィオナさんの風を乗せるんです。風が炎を煽り、炎が風を加速させる……僕たち二人なら、絶対にできます」
フィオナは息を呑んだ。
無茶苦茶だ。異なる属性を、それも人間の魔導と天界の神聖力を無理やり融合させるなど、魔導学院の教科書には「暴発の危険がある」としか書かれていない。
だが――シオンの手のひらから伝わってくる温もりと、少年の真っ直ぐな瞳を見た瞬間、フィオナの胸からすべての迷いが消え失せた。
「……ふん、あったり前でしょ! 私の魔力制御を誰だと思ってるのよ!」
フィオナは不敵に唇を吊り上げ、握りしめたシオンの手に渾身の力を込めた。
「あんたの背中を守るって、屋根の上で約束したんだから……! 最高の風をくれてやるわ、シオンッッ!!」
『――グォォォォォォォォッッ!!』
硬直から立ち直ったオーガが、怒りの咆哮と共に巨大鉄棍を横薙ぎに振り抜かんと腕を振りかぶる。
その瞬間、二人の魔力が爆発した。
シオンの胸ポケットから、子狐イリスが小さな翼をパタパタと広げ、天界の神聖魔力を共鳴させるように『きゅいぃぃぃーーっ!!』と甲高く澄んだ咆哮を響かせた。
フィオナの杖から、碧緑の極大暴風が逆巻く竜巻となって噴き上がる。
そして、シオンの神授太刀の刀身から、熾天使ミカエルの白銀の聖炎が、太陽のような輝きを放ちながら溢れ出した。
混ざり合う、二つの力。
暴風が炎を抱き、炎が風を螺旋状に巻き上げていく。
白銀の炎を纏った刀身の外側に、音速を超えて渦巻く真空の刃が幾重にも重なり合い、神話の光の竜巻のような超巨大な光刃が顕現した。
――シルヴァンス流・秘奥 & 王立高位属性魔導。
二人の魂が限界を突破して織り成す、奇跡の合体秘奥。
「「――『合体秘奥――聖風斬』ッッッッ!!!!」」
ドォッッッ!!
二人の足元の大地が砕けた。
シオンの身体が、一筋の白銀と暴風の閃光となって前転。
音すらも置き去りにした神速の踏み込み。
オーガが横薙ぎに振るった巨大鉄棍の軌道――そのわずか数ミリの隙間を、シオンは水のように滑り抜けた。
そして、怪物の懐へと潜り込み、下段から天空へと向けて、光刃を一気に振り抜いた。
キィィィィィィィィィィィィンッッッ……!!
澄み渡る、絶対零度の切断音。
まず両断されたのは、オーガが振るっていた大木ほどもあるトゲ付き巨大鉄棍だった。
硬質な神鉄の塊が、豆腐のように斜め真っ二つに両断され、宙へと舞い上がる。
だが、シオンの太刀筋は止まらない。
暴風の加速を得た白銀の光刃は、怪物の右脇腹から首筋を舐め、そして――。
首の後ろ、頭蓋骨の付け根に脈打っていた、あの忌まわしき魔族の『紫黒の暴走呪印』を、寸分違わず真っ二つに一文字に両断した!
ズバァァァァァァァァッッ!!
切断線から、紫黒の瘴気がプツリと霧散する。
シオンは空中で反転し、オーガの背後へと音もなく着地した。
静寂が、訪れた。
『――――ッ!?』
オーガの巨躯が、完全に硬直した。
振り上げようとしていた腕が脱力し、真っ二つに切断された巨大鉄棍が、ズズゥゥン……と鈍い音を立てて床へと転がり落ちる。
首の後ろの呪印が消滅した瞬間、怪物の全身を締め付けていた紫黒の光脈が、潮が引くように消え去っていった。
血管の異常隆起が収まり、狂乱に濁っていた真紅の双眸から、毒気がフッと抜けていく。
「……あなたの罪も、苦痛も、ここで終わりです」
シオンは静かに振り返り、太刀を胸元へと掲げた。
「安らかに、眠ってください」
ボワッ……!と、オーガの傷口から、眩い白銀の聖炎がふわりと溢れ出した。
それは焼き尽くす炎ではない。
何年間も魔族の呪縛に囚われ、痛覚を麻痺させられて殺戮を強いられていた哀しい魂を、優しく抱きしめる浄化の光。
激痛も、苦悶の叫びもなかった。
『……オォ……』
オーガの巨大な口から漏れたのは、苦痛の呻きではなく、重い荷物をすべて下ろしたかのような、穏やかな吐息だった。
怪物はゆっくりと膝をつき、両手を合わせるようにして静かに瞳を閉じた。
その巨躯が、白銀の光の粒子となってほどけ、神殿の天井へと天の川のように昇華していく。
魂が完全に成仏し、天へと還っていったのだ。
チャキン……。
シオンは静かに残心を取り、白銀の太刀を鞘へと納めた。
その右手を、そっと見つめる。
微かに震える指先。命を奪った痛みを背負いながら、シオンは心の中で静かに師へ語りかけた。
(……ルシアン師匠。僕、大切な人たちを、守れました)
「シオンッ!」
駆け寄ってきたフィオナが、倒れそうになったシオンの肩を慌てて支えた。
その瞳には、安堵の涙が溢れそうになっている。
「やったわね……! 本当に、あの怪物を真っ二つにしちゃうなんて……! 無茶苦茶よ、あんたは本当に……!」
「あはは……フィオナさんの風が、完璧だったからです。……ありがとう、フィオナさん」
「べ、別に……! バディなんだから、当然でしょ!」
フィオナは顔を真っ赤にしてそっぽを向いたが、シオンを支える手は決して離さなかった。
胸ポケットから顔を出したイリスも、『きゅうぅぅん♪』と喉をゴロゴロ鳴らしながら、二人の頬にすりすりと頭を擦り寄せる。
氷壁の陰から、町民たちが堰を切ったように駆け寄ってきた。
「勝った……!」「怪物を倒してくれたぞ!」「ありがとう、本当にありがとう……!」
子どもたちが涙を流しながらシオンの服に抱きつき、大人たちが何度も深々と頭を下げる。
だが――シオンは、まだ気を緩めていなかった。
聖眼を研ぎ澄まし、倉庫の最奥――崩れた非常脱出坑道の暗闇へと視線を走らせる。
「……まだ、終わっていません」
「え……?」
シオンの視界の先。
暗い脱出用の階段を、脂汗を垂らしながら必死に這い上がろうとしている肥満体の男――商人ゴルドの背中があった。
「はぁ、はぁ……! ワシは逃げる……! 全財産を持って、魔界へ逃げ延びてやるわぁぁぁッ!」
「逃がしません」
シオンは左手を、静かにその暗闇へ向けて突き出した。
胸元の白銀の聖紋が、黄金色の神聖光を脈打たせる。
――智天使ウリエル & 熾天使ミカエルの神聖権能。
『天光の縛鎖』ッッ!!
シュルルルルルッッ!!
シオンの手のひらから放たれたのは、実体を持たぬ幾重もの純白の光の鎖。
光の鎖は暗闇を神速で駆け抜け、階段を駆け上がっていたゴルドの足首、手首、そして肥満した胴体へと、一瞬で幾重にも巻き付いた!
「なっ……!? な、何だこの光の縄はァァァッ!?」
ゴルドが悲鳴を上げて暴れるが、光の鎖は触れる悪意を完全に無力化し、魔力も筋力も一瞬で霧散させる。
「しまっ――ぐわぁぁぁぁっ!?」
ズザザザザッ!と引き戻され、ゴルドは階段から転がり落ち、倉庫の広場の石畳の上へと無様に顔面から激突した。
黄金の指輪が石畳に散らばり、泥と埃に塗れたゴルドは、光の鎖でミノムシのように完全にぐるぐる巻きに拘束されていた。
「ひ、ひぃぃぃっ! 離せ! ワシはゴルド商会の会頭だぞ! 代官様とも懇意なのだ! 金ならいくらでもやる、命だけは――!」
見苦しく喚き散らすゴルドの前へ、シオンとフィオナがゆっくりと歩み寄った。
フィオナが冷徹な眼光で見下ろし、手元の魔導金庫から押収した『裏帳簿』と『魔族との人身売買密約書』を、ゴルドの顔の前へと突きつける。
「命乞いなら、地上のすべての町民たちの前で、そして王国軍の法廷でなさることね」
フィオナの声は、氷よりも冷たかった。
「あなたの罪は、すべて白日の下に晒されたわ。……さあ、地上へ行きましょう。宿場町ベルンの、断罪裁判の始まりよ!」
シオンは静かに息を吐き、光の鎖の端をしっかりと握りしめた。
地下の暗闇に、ついに夜明けの光が差し込もうとしていた。
第25話を最後までお読みいただきありがとうございました!
次回、第26話では、いよいよ地上の中央広場へゴルドと悪徳代官を引きずり出します!
どうぞお楽しみに。




